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第十三話 恋と嫉妬

ミコが悪霊の中に見た記憶のお話です

 ミコは記憶を()()いた。





清花(さやか)? どこにいるの? 」


 朝一番、自分を呼ぶ主人、柚葉(ゆずは)の声が聞こえる。


「今参ります」


 庭の草花に水をやる手を止め、自分を呼ぶ柚葉の元へと駆けつける。

 それは清花の日常ではあるが、今日は少し違っていた。

 

「清花、どの着物が似合うのか、選んで欲しいの」

「柚葉様はどのお着物でもお似合いですよ」


 柚葉の問いに、答える清花。

 柚葉は武家のとても美しい娘で、周りの大人達が決めた許嫁が今日やってくるのだ。


「そんな事言わないで! 清花が選んでくれた着物がいつも一番なのよ」


 清花は小さい頃から柚葉に仕えており、いつも側にいた。

 美しい柚葉は、本当に何を着ていても似合うのだが、いつもこう言って清花に選ばせてくれるのだ。


「そうですね…今日はお庭の牡丹の花がきれいに咲いておりますので、赤いお着物はいかがでしょうか? お庭に出た際にも、牡丹の花に負けないくらいの良い印象を与えることが出来るかと」

「さすが清花ね! では、今日は赤にしましょう」


 清花は主人が喜んでくれた事に、安堵の笑みを浮かべる。

 

 幼い頃、孤児だった清花を拾ってくれたのは柚葉だった。

 食べるものもなく、飢えて、たまたま忍び込んだ屋敷が柚葉の屋敷だったのだ。

 死罪にされてもおかしく無い自分の身の上を考えると、柚葉の側仕えに使ってもらった事は、幸運としか言いようが無いのだ。

 清花という名も、昔の自分を捨てて、新しく生まれ変わる為にと、柚葉が付けてくれた名前なのだ。


「柚の葉なんて、可愛く無い名前よね! あなたの名は今日から『さやか』にしましょう! 清らかな花と書いて清花(さやか)。可愛らしいあなたにとても良く似合っているわ! 」


 そんな柚葉は、(いくさ)の後に名を上げた将軍の部下の元へ嫁ぐと決まったのだ。

 まだ十六歳の娘だが、家同士の発展の為にも、この結婚は成立させるしか無いのだ。


(良い方であって欲しい…)


 清花は優しく、美しい主人の幸せを心から願っていた。


「清花、私が嫁いでも、ずっと私の側で仕えていてね」


 そう言って、柚葉は少し不安げな目をしながら、顔合わせの席へと向かうのだった。


 清花が庭の掃き掃除をしていると、正装に身を包んだ、まだ若い青年の姿が見えた。

 男らしい強い眼差しに、日に焼けた肌、遠目から見ても分かるくらいの、たくましい体つき。


(ああ、彼の方が柚葉様の…)


 その時の清花は、それくらいの印象しかなく、ただ、全てが上手くいくと思っていた。






 清花が初めてその青年と言葉を交わしたのは、牡丹の花が散る少し前だった。

 いつもの様に庭で水を撒く清花に、青年は声をかけてきた。


「今年もとても寒いですね」


 ビックリして、清花は固まってしまった。

 青年は、(いくさ)での功績を認められ、将軍から位を与えられた方。

 未分不相応な清花が、気軽に口を聞いていい相手では無かった。

 それに加え、青年は柚葉の婚約相手、話す事さえおこがましいと、清花はどう答えて良いのか分からなくなっていた。


「すみません、急に話しかけてしまって…信之介と言います。牡丹の花を見ていると、自分の田舎が恋しくなってしまって…つい話しかけてしまいました。あと…」


 青年は少し間を空け、恥ずかしそうに…


「厠はどこでしょうか? 」


 クスっ。


 清花は笑ってから、しまったと思い口を抑えた。

 自分の様な身分のものが、将軍に地位を与えられた方を笑ってしまうなんて、打首にされても文句は言えない。

 しかも、柚葉の伴侶となる方なのだ。

 

「あ、も、申し訳ございません」


 青ざめた顔で謝る清花。


「いえ、良いんです。あまりに広いお屋敷で、迷ってしまったもので」


 何となく、安心感のある優しそうな青年、信之介は、清花を攻める事なく、許してくれた。


「ええ、ご案内いたします」


 そんな他愛も無い会話だったが、信之介の人柄の良さが、清花には十分伝わってきた。


(この方ならきっと、柚葉様を幸せにして下さる…)


 そう感じていたのだった。




 顔合わせ以来、信之介は足繁く屋敷に通い、柚葉と話をする姿を度々見るようになっていた。

 柚葉は清花が見たこともないような笑顔を信之介に見せ、元々美しい顔が一層輝いて見えていた。

 

 信之介も、緊張していたのは最初だけで、柚葉の明るく人懐っこい性格に、すぐに打ち解けたようだった。

 美しい柚葉と、たくましく凛々しい信之介は、誰が見てもとてもお似合いな二人だった。


 信之介はよく庭先に遊びに来た。

 清花が庭で水やりをしていると、必ず話しかけてくれるようになっていた。

 身分の差など感じさせぬ程に気さくに、また、面白おかしく信之介の身の上を話してくれた。


 地方の武家出身の信之介にとって、この大きな屋敷の娘と結婚出来る事は、恐れ多い事なのだという。

 また、信之介は田舎に残してきた家族の事をとても気にかけていた。


「清花殿と同じ位の妹を田舎に残してきた。せめて結婚の支度金くらいは、兄である私が稼いでやらないと」


 『清花を見ると、田舎の妹を思い出す』、そう言われるたびに、胸がチクリと痛くなっていた。


(嬉しいはずなのに…)


 清花にはその気持ちが何なのか良くわかない。

 しかし、少しの戸惑いが、清花の心に影を落としていく。

 



 

 牡丹の花が散る頃、柚葉の様子がおかしくなった。

 誰をも部屋に近づけようとせず、明るく快活だった柚葉は閉じ籠るようになっていた。

 清花は献身的に柚葉の世話をしようとするものの、拒絶され、部屋から追い出される日々が続いていた。


「柚葉殿は、私の事が嫌いになったのだろうか? 」


 信之介が屋敷に来ても、会おうともせず、部屋に行っても追い出されてしまう。

 不安そうな顔をしながら、庭先で清花と話すことが増えていた。


「そんな事はございません。柚葉様は今ご体調が優れないだけで、時期に良くなれば信之介様ともお会いになられると思います」

「そうだと良いのだが…」


 そんな話をしつつも、信之介が清花に愚痴をこぼしに来てくれる事が、堪らなく嬉しく、しかし、柚葉への罪悪感から、申し訳ない気持ちにもなっていた。

 信之介が、柚葉を心から愛おしく思っている事は分かっていた。

 

 その時には清花のその気持ちも恋なのだと、理解するようになっていた。


(私が相いる事など許されない…せめて今だけは…)


 苦しくて苦しくて堪らない。

 でも、信之助と一緒に居る時は嬉しくて、楽しくて仕方がない。

 とても幸せな時間。

 柚葉の事とを思うと、自分がこんな気持になる事が恥ずかしく、申し訳なく、押しつぶされそうな思いをしていた。





 とある三月の暖かい日、柚葉の父は、娘の為に霊媒師を連れてきた。

 あまりにも変わり果てた娘の性格に、悪霊の仕業だと考えたのだ。


(ああ、これで柚葉様は信之助様と幸せになられるのね…)


 それは同時に、清花の些細な幸せに終止符を打つ事になるのだ。

 そう思った時、清花の目からは自然と涙が溢れていた。

 恩ある主人と、大好きな人が幸せになれる、それを祝えない自分ではいたくなかった。

 涙を拭い、笑顔で祝ってあげようと、心に決めた。


 その夜ーー

 清花は、屋敷の騒がしい様子に気が付き、目を覚ました。

 周りを見渡すと、至る所で火の手が上がっており、逃げ惑う者たちで、混乱していた。


「柚葉様! 」


 清花はすぐに立ち上がり、柚葉の部屋に向かう。

 柚葉の部屋に着くと、そこはもう一面の火の海で、その真ん中に立っていたのは信之助だった。


「信之助様、柚葉様は…」


 そう言いかけた時に気がついた。右手には抜き身の刀を携え、左腕で柚葉を抱えている信之介の姿に。


「ひっ…」


 清花はその異様な光景に、声にならない声をあげ、その場から動けなくなってしまった。

 信之介はそんな清花に気がつく事もなく、柚葉を寝所に横たえると、部屋の窓をあけ、そこから階下の屋根伝いに下に降りていった。


 清花はしばらく呆然としていたのだが、ハッとなり、柚葉の元へと向かう。


「ゆ…ずは、さま」


 柚葉はグッタリとしていたが、辛うじて、顔を清花の方に向けた。


「さ…やか。ごめんね。ずっと…側にいろって…私が言ったのに」

「柚葉様! いいえ、私が…私がお側に居なかったばかりに…お守り出来なくて」

「あ…のね、清花の気持ち、気がついていた…信之介様のこと…」


 柚葉の言葉に、清花は罪悪感でいっぱいになっていた。

 清花はどんな顔をして良いのか分からず、目を逸らしてしまう。


「辛かった…よね。私も苦しくて、どうして良いか分からなくて…心に迷いが…そこを悪霊に…利用されて…ゴホっ」


 柚葉の口から血が溢れ出す。


「柚葉様…いいえ…いいえ、違うのです」


 清花は目にいっぱい涙を溜めながら言う。


「私はお二人をお祝い出来ると…嫌です! 柚葉様…生きてください…」


 柚葉は震える手を清花の頬に当て、清花の涙を拭う。

 

「私は、信之介様も…清花も同じくらい…好きよ」


 柚葉は少し唇の端を上げる。


「だから、もしも…もしも、遅く無いのなら…さや…かは、信之介…様と…」


 清花はその先を聞くことが出来なかった。

 柚葉美しい唇はもう動くことは無かった。

 小さな手は清花の頬から離れ、力無く地面に落ちる。


「ああ…、あああ…。柚葉様…柚葉様! 申し訳ございません! 私が柚葉様の心に影を落としてしまったのですね! 私が見分不相応に、あの方を想ってしまったから…私が…柚葉様の幸せを醜く妬んでしまったから! 」


 許せない。

 何が?

 気が付かなかった自分が。

 自分の事でいっぱいだった自分が。

 恋に浮かれていた自分が。

 醜く妬んでいた自分が。

 柚葉を守れなかった自分が。


「憎い…憎い…憎い…憎い。自分も、柚葉様を殺した、あの愛おしい男も…」


 清花の心にも、悪霊は巣食っていたのかもしれない。


「あああああああああ! 」


 死んで柚葉様にお詫びをする。

 清花は火に焼かれながら声を上げる。


「あああああああああ!」


 怒り、苦しみ、悲しみ、嘆きそして愛、その全てを集めて憎しみを作り出す。

 憎み死に、そしてその瞬間悪霊に変わる。


「信之介様…さぁ、私と一緒に地獄に堕ちましょう…柚葉様の為に!! 」


 牡丹の花はもう二度と咲苦事はない。憎しみにその身を焼いたのだ。

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