6. まだ続けてみた
指名依頼というものがある。
特定の個人やパーティーを名指しで依頼するというものだった。
多くは特殊な依頼で、その冒険者でしか成しえないという特別な意味を持つ。
「えーと、オレたちに指名依頼ってこと?」
ギルドマスターに呼び出されてパーティー全員で執務室のソファに座っていた。
「そう、キミたちのパーティーをご指名だ」
気になる依頼内容はただのお使いだった。指定した品物を届けるというもの。それも市場にいけば手に入るようなものだった。
「……依頼人は?」
「バートランド公だ。北の魔術都市まで指定の物を届けてほしいというのが依頼内容だ」
内容だけ見れば誰もが飛びつく依頼だった。
簡単で危険もなく、依頼主も信頼の置ける人物。
「ねえ、これってそういうことだよね」
リーファが小声で耳打ちしてくるが、この場にいる誰もがこの依頼の本当の意味をわかっていた。
『メリッサを家に送り届けろ』
事情を知っている人間なら依頼主の意図は容易に汲み取れる。
「いやよ、この依頼はキャンセルしましょう」
一番最初に声を上げたのはメリッサだった。
もちろんこうなることはわかりきった上で、ギルドマスターは話を持ってきたのだろう。おそらくはこの依頼を受けさせなければ、間違いなく彼の首が飛ぶ。
「どうしてだ? こんなに依頼ならわけないだろ。しかも移動には転送陣の使用許可までついている」
街と街をつなぐ大規模魔法陣によって、長距離を一瞬で移動を可能にする。
しかし、その利便さの裏には危険もあるため、使用には領主の許可が必要となる。それを一冒険者に使わせるということは異常でしかない。
「おかしいでしょ! たかだか果物ひとつを届けるのに転送陣を使うなんて、絶対に罠よ! 跳んでいった先で兵士に囲まれるかもしれないわ!」
「でも、ほら、依頼主は領主様だ。間違いなんておきるわけはないはず」
ギルドマスターが必死にメリッサの説得を試みる。しかし、オレは傍観しているだけだった。こんな見え見えの罠にかかるやつなんているわけがない。説得は無理だろう。
「メリッサ」
息巻いていたメリッサに声をかけたのはリーファだった。
「ギルマスはあなたに冒険者をやめるようにいっているわけじゃないのよ。わたしたちだって、同じよ。あなたも胸を張って自分がなりたかったものを口にすればいい」
「でも……うちの親はわたしの言うことなんて聞くわけないし……」
「バートランド公の力なら無理やり連れ戻すことだってできた。でも、それをしないってことはあなたと会ってちゃんと話がしたいってことだと思うの」
「う~~~、そうかなぁ」
さっきまでまるで聞く耳をもたなかったメリッサが考え始める素振りを見せた。
感心しながら見ていると、リーファはメリッサを手招きしてその耳元に口を寄せた。
小声なので会話の内容は聞こえないが、二人の視線はオレの方を向いていた。そして、メリッサは顔を赤くしたり青くしたりとくるくると表情が変えている。
「……わかった、じゃあ、行く」
「おぉ! 本当かね!」
ギルドマスターがぱんと膝をたたいて心からの笑顔を浮かべる。
「ただし、転送陣は使わないからね。用意された旅費も使わないで自分の力で行ってやるんだから!」
「わかったわかった、なんでもいい。とにかくそれでバートランド公には返事をしておこう」
メリッサの気が変わらないうちにと、ギルドマスターはすぐさま手紙を書き上げてそれを片手に部屋を出て行った。
あんなに素早く動く姿を見たのは初めてだった。
「ねえ、二人とも、たまには遠出もしてみない。北の方とかがいいと思うんだけど、どう?」
それはリーファからの提案だった。メリッサは意識しないようにしているようだが、ちらちらとこちらに視線を送ってきている。
「行こう」
ガンツの短い返事にメリッサはぱっと表情を明るくさせる。そのままこちらに向けられる期待のまなざし。
「オレは、この街に残るからな」
「えっ……」
とたんに顔を暗くさせるメリッサ。
「それだけ遠出するんだからすぐには出発できないだろ。寒冷地用の装備だって必要だ」
メリッサはすぐに反応しなかった。ギギギと油がきれた蝶番のようにゆっくりとこちらに顔をむける。
「どうして、あんたはいつもそうやって……」
「おかしなことなんていってないだろ?」
からかわれたことがわかると途端に顔を真っ赤にしてつかみかかってくるメリッサから逃げる。
「それじゃ、二日後の朝に出発だ。各自、準備しておいてくれ」
それだけ言い残すと部屋から出る。
ギルドマスターの部屋から飛び出すと、何事かと視線が集まる。つづいて追いかけてくる足音が聞こえたのでギルドからも飛び出した。
「おまえ、足早くなったな~~~」
「うるさい、うるさい!」
街の往来を走りぬける間もメリッサは追いかけてくる。まだバテる様子もない。
「あんたに絶対追いついてやるんだから!」
冒険者ランクでいえばとっくにおいつき追い抜いている。
彼女が何を目指しているのか知らないが、もう少しこの時間は続きそうだった。