5. 嫌われてみた
二日後、ガンツやリーファと集まっていた。待ち合わせの時間に少し遅れてメリッサは現れた。
どことなく様子のおかしい彼女のことを他の二人は気にしていたが、早く依頼を済ませようと出発する。
依頼の最中、メリッサは終始黙ったきりでこちらと視線を合わせようとしなかった。
完璧だ。
そして、依頼が終わるといつもの酒場でいつもの言葉を繰り返す。
「メリッサ、おまえにはこのパーティーを抜けてもらう」
うつむくメリッサは垂れた髪をしきりにいじっている。
「…………うん、いいよ」
小声でつぶやくと小さく頷くのを確かに見た。
どうだ、と仲間のガンツとリーファの方を見る。
二人は意外そうな顔でメリッサを見ていた。
それで終わりだと思っていた。
次の日の朝、ノックの音で玄関を開ける。
「……メリッサ?」
うつむく彼女の足元には荷物が置かれている。それこそ、すぐにでもどこかに引っ越していけそうである。
「えっと、その、こういうときってなんていえばいいかわからないけど……」
「ああ、わかってる」
別れの挨拶に来たのだろう。こういうところは律儀である。
「……不束者ですがよろしくおねがいします」
ぺこりと頭を下げた首筋は朱色に染め上げられている。
「は? どういうことだ?」
説明を求めてメリッサを見ると、不満を多量にまぶした声と態度で口を開いた。
「あんなにパーティーからぬけさせようとしたのは、冒険者をやめてあんたと一緒になれってことでしょ」
「え、なんで……?」
「だって、好きだっていったじゃない」
頭の中で思考を記憶をかき回して、ようやく理解する。
「……すまん、あれはだな。ウソだ」
ピシリと空間に亀裂が入ったような気がした。
彼女の全てが停止していた。
瞳は石のようだった。
無言で腕が振り上げられ握りこぶしが向かってくる。
殴られた。顔を殴るつもりだったようだが、届いたのは胸までだった。
「……うそつき」
静かになった部屋で一人ため息をつく。
今度こそ、本当に嫌われたらしい。
最後にみた泣き顔。
少ないがならも蓄えられていた良心が自傷行為に走る。それはもうガリガリと。
胸に手を当てると、殴られた跡がずきずきと痛んだ。
「よくやった!」
ギルドマスターに報告するとえらい喜び様だった。
「特別に私の財布から臨時ボーナスをだしてやろう」
「……いや、いい」
「ん? そうか。まあいい、これでようやく解放されたんだ。キミもうれしいだろ」
思い出すのはリーファの表情。これまでも色々な表情をみてきた。からかったりするとすぐに反応するのが楽しかった。
オレはというと、年をとると素直な気持ちなんて表に出せなくなる。うそばっかりが上手くなっていた。
三日後、オレは嘘つきなので何食わぬ顔でギルドに出向いた。
いつものようにガンツとリーファに挨拶する。
「今日からまた三人になるが、前もできてたんだから問題ないだろ」
「三人?」
「そうだろ、だってメリッサは―――」
ガンツの疑問に答えようとしたとき、その巨体のうしろから赤い色が見え隠れしていることに気がつく。
言葉を止めていると、ひょこりと小柄な少女が姿を見せた。
「……えっと、なんで?」
こちらをにらみつける彼女の格好はまだ冒険者のままであった。
「うっさい! あんたも嘘ついたから、パーティー辞めるってのもなしだからね!」
それだけを言うと、そっぽを向いてむっつりと黙り込む。仲間の二人はオレたちを見ながら曖昧な笑みを浮かべていた。
その後すぐに、ギルドマスターの部屋に呼び出された。
「どうするの! キミが大丈夫だっていうから、バートランド公に手紙の返事かいちゃったじゃないか!」
涙目のギルドマスターに襟首をつかまれ、頭をガクガクとシェイクされる。
いろんなものがかき回されて、結局行き着いた答えを口にする。
「すまん、あいつはオレの手には負えないわ。さすがB級冒険者」
「開き直るんじゃないよ! うちにはまだ子供が三人いるんだから、ほんとになんとかしてよ~」
もうしらん。
視線は窓ガラスを突き抜けて青い空に向く。
空を見上げて
開き直って
自分の立っている場所を見下ろして
ひとやすみ。
ひとやすみ。
―――とはいかないことを後日知ることになった。