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4. キモいことを言ってみた

 翌日、痛む頭でベッドで身を起こした。

 頭を抑えながらひりつく喉に水を流し込んでいく。

 

 テーブルと四脚の椅子、広くはない台所。

 ぼんやりと室内を見渡す。

 

 古くて小さいながらもようやく手に入れた我が家だった。冒険者なんてやっているのに変わり者だといわれたが、自分の家がほしかった。

 なぜかと言われても明確な答えは用意できていない。

 もしかしたら、メリッサがパーティーを抜けようとしない理由も似たようなものなのかもしれない。

 

「はぁ……」

 

 オレだって、あいつを無理にやめさせたいなんて思っていない。しかし、ただの冒険者が貴族になんて反抗できるはずもない。

 もやもやする気持ちを抱えきれず外に出ることにした。

 

 ぶらぶらと街を歩き露天商などを冷やかす。

 

 次にパーティーで集まる日は3日後だった。

 その間に個人で必要な物資などをそろえたりもするが、今度の依頼はそこまで遠出することもなく買い足すものもなかった。

 

「―――おーい」

 

 オレの名前を呼ぶ声がした。

 

「ねえ、ちょっと待っててば」

 

 人ごみに混じって聞こえるが、声の主が見当たらない。

 

 右手を上げながらぴょんぴょんと跳ねる赤い髪が目に入る。人のすきまをすりぬけて小柄な少女が姿を見せた。

 いつもの黒く染め抜かれたローブ姿ではなく、街娘らしいスカート姿のせいで走りずらそうだった。

 

「メリッサか、元気がありあまってるみたいだな」

 

「この人ごみだからしょうがないでしょ。それに、身長だったらまだまだ伸びるはずよ」

 

「三年前から何か変わったか?」

 

 人形のような少女を見下ろしていると不機嫌そうににらまれた。

 

「そういうあんたはおっさんになったわね。この前まではぎりぎりだったけど、いまはもう完全なおっさんね」

 

 メリッサがオレの無精ひげを指差して、からかう笑みを浮かべる。

 初めて会ったころは緊張し丁寧な言葉で話しかけてきた。いまでは、距離感などないような軽口の応酬が交わされる。

 

「ところで、暇だったら付き合いなさいよ」

 

 そういうと、返事をする暇もなく手を取るとぐいぐいと引っ張っていく。

 道具を見て回ったり、いいにおいを立てる屋台で買い食いをした。

 

「本当に元気がありあまってるな。だけど、そろそろ喉も乾いただろ」

 

 道沿いの喫茶店の一つを指差す。

 

 日差しも暖かくテラスに並べられた席を選んだ。

 疲れた体で体重をかけると椅子が抗議の声を上げた。

 注文をとりにきた店員に飲み物を注文し、向かい合わせに座ったメリッサを見る。

 行儀よく浅く椅子に腰掛けている。こういった何気ない仕草で育ちのよさがうかがえる。

 

「今日はどうしたんだ? 前だったら休みの日でもローブ着てただろ」

 

「だって、あんたがからかうから……。この格好だって今日が初めてで」

 

 不安そうにメリッサは自分の服装を見直している。年頃の娘らしい格好で、整った顔のせいか誰かとすれ違うたびにその視線が追いかけていた。

 

「いや、珍しいと思っただけだ。別に変だとは思ってないからな。まあまあ似合ってるぞ」

 

「~~~~っ!? そ、そう思ったなら、一番最初に言いなさいよ。何も言ってこないから色々考えちゃったじゃない」

 

 かたん、と店員が注文した飲み物の入ったグラスを置く音がした。

 俯いて髪をいじっていたメリッサは誤魔化すようにグラスを手にとってストローを口にくわえる。

 こくりと白い喉をならして、冷やしたジュースをおいしそうに吸い上げていく。

 

 普段なら一人で過ごすが、メリッサとの時間は楽しいものだった。

 

 ……あー、ダメだ、こんな気持ちは振り払わないといけない。それに今がチャンスだった。

 

「ずいぶんとうまそうに飲んでるな。少し分けてくれよ」

 

「いいけど……、ほら」

 

 普段言い出さないことに戸惑いながらオレの方にグラスを押し出す。

 目の前にはさっきまでメリッサが口をつけていたストローがある。

 

 ためらったり、妙に照れたりしたら逆効果である。

 なるべく自然に口に含んだ。

 

「うまかった。ありがとよ」

 

 グラスを返すと目の前のストローとオレの顔を交互に見ている。世間では恥ずかしい行動なのはわかっている。嫌悪よりも羞恥の方が強いのか、わずかに頬と耳が朱に染まっている。

 

「そういえば、恋人とかいないのか? 休みの日に一人なんて」

 

「さ、さっきからなんなのよ。そんなの、いないわよ。あんただっていないじゃない」

 

 えー、オレはー、などとすっとぼけた反応をしてやろうかとも思った。今は怒らせたいのではなく、こちらを嫌わせたいので別の答えを選んだ。

 

「じゃあ、オレと付き合ってみないか?」

 

「え……? はぁ……?」

 

「今日もデートみたいだったしな。いいだろ?」

 

「か、からかわないでよ」

 

「本気だ。おまえのこと前から気になってたんだ。はじめは子供だと思ってたけど、好きになっていた」

 

 メリッサのまぶたと口がぱくぱくと開閉している。片方ではなく同時に行うとは器用である。

 がたりと乱暴な音を立ててメリッサが立ち上がった。大きく息を吸い込んで吐き出し、酸欠になったように何度もそれを繰り返していた。

 

「……帰る」

 

 ふらふらとした足取りで遠ざかっていく背中を見送った。


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