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2. 移籍してみることにした

 次の日もどうすればいいか悩んでいるとギルドマスターに呼び出された。

 ため息をつきたい気分で廊下の突き当たりにある部屋の扉を開く。

 

「ケヴィン君、まだなのかね?」

 

 開口一番、それがギルドマスターの言葉である。

 用件はわかっていたが、かなり焦った口調で詰め寄られた。

 

「わかってるって、ちゃんとやってるからよ」

 

 顔にふきかけられる荒い鼻息に顔をしかめながら距離をとる。ギルドマスターに落ち着くようにいってテーブルを挟んで腰を下ろした。見栄えにこだわったソファはどこまでも体が沈んでいく。

 

「そうはいうけどね、キミに頼んでからもう二週間なんだよ。そろそろまずいんだよ」

 

 ギルドマスターの頭の中で最悪の光景が広がっているのだろう。生え際が後退した額が汗でてらてらと光っている。

 

「それなら、ギルマスの権限を使ってあいつをクビにすればいいだろ」

 

「……彼女はうちの連中に頼られてるし、他のギルドからも人気がある。もしも、そんなことをしたと知られたら間違いなく白い目で見られてしまうよ」

 

 あいつがこのギルドに入ったのが三年前。

 通常であれば一番したのFランクの新米として下積みを重ね、早くて一年で昇格の機会を得る。

 それが何の冗談か、あっというまにオレと同じCランクに並び、一ヶ月前に追い抜かれた。

 

 聞いた話では、休みの間も他のパーティーにも混じって活動していたらしい。あいつの努力を知ってるからか、他の連中もメリッサの活躍を手放しで応援していた。

 

「じゃあ、しょうがねえじゃねえか。もういいだろ。がんばりましたって、手紙の送り主に返事してやれよ」

 

 肩をひょいとすくめてみせるが、テーブルを挟んでこちらをにらむ目つきは変わらない。

 

「……だれかがワイバーンの卵を街に持ち帰ったせいで、街にワイバーンの群れが襲ってきたことがあったよね」

 

「おい、ふざけんなよ。何年前のことをもちだしてんだ。大体あれは無理だっていったのにごり押してきたのはあんただろ」

 

 身を乗り出して抗議するが、ギルドマスターは死刑執行人のように淡々と言葉を続ける。

 

「結局、犯人はうやむやになったけど、色々もみ消すのが大変だったね。今でもあのときのことは時々夢に見るんだ」

 

「……わかったよ。やってやるよ」

 

「よかった。キミならそういってくれると思っていたよ。それじゃあなるべく早めに頼むよ」

 

 ギルドマスターの執務室を出ると、大きなため息がでた。本当にめんどうなことになった。

 

 

 メリッサ。あいつと出会ったときのこと、あの日のことは後悔と共に覚えている。

 いつものようにギルドに来ると待ち合わせしていたガンツとリーファを探した。二人の姿はなかったが、慣れない様子で入口付近できょろきょろとしている少女を見つけた。燃えるような赤い髪が最初に目に付いた。

 妙に小奇麗な格好をしていたので、ギルドに依頼をしに来たお嬢様かと思いながら受付に案内した。

 

 ―――冒険者になりたい

 

 だから、その言葉を聞いたときは耳を疑った。

 すらりと伸びた手足は力仕事などしたこともないようなきれいなもので、白い肌には日焼けの跡なんてなかった。ドレスを着て貴族の社交界にでもいるほうが似合ってそうな少女であった。

 

 『冒険者なんてやめておけ。おまえには無理だ』

 

 脅してなだめすかして何度も説得したが、このときから既に頑固さを見せていた。

 受付カウンターに向かうと一人で冒険者登録してしまった。

 もしも、すれ違っただけなら放置してもよかった。しかし、こうして言葉を交わしたせいか、この危なっかしいお嬢様を放っておくこともできなそうだった。

 

 どうせ、どこぞの商家の娘の家出だろう。ちょっとつらければすぐに根を上げるだろうと思っていた。

 

 最初は少し遠出するだけでぐったりと疲れ果てていた。魔物を前にするとおびえて縮こまっていた。

 それがいつのまにか率先して動き回るようになり、戦いの最中も他のメンバーの様子を見ながら立ち回れるようになっていた。

 

 薄かった皮膚は泥や擦り傷によって外の環境に耐えられるものになり、手の平は重いものを持つ手になっていた。

 

 結局、最近まで彼女の正体は知らないままだった。冒険者なら傷にすねを持つ者なんてめずらしくない。だから、詮索するつもりもなかった。

 

 しかし、その正体を聞かされた。

 メリッサ。本名はメリッサ・バートランド。北に位置する魔術都市の領主の娘である。

 現在、家出中。

 父親であるバートランド公からの手紙には彼女のことが書かれていたそうだ。

 


 いいアイデアというのはふとした瞬間に思いつく。

 

 どうして今まで思いつかなかったのだろうか。

 起きた瞬間、その考えが閃いた。一気にテンションが上り、すぐにベッドから体を起こすと外へと向かった。

 

 うちのギルド“コカトリスの嘴”は貴族の後ろ盾もない弱小ギルドである。

 来るもの拒まずの姿勢でいろんな人間を受け入れて、他のギルドが受けないようなこまごまとした依頼を拾っている。

 

 一方で、貴族の支援を受けている大規模ギルドは、街の移動などにおける身分証明もスムーズである。彼らはボスである貴族の名を落とさないように仕事に励み、代わりに庇護を得ている。

 

 ギルドマスターがあれだけ焦っているのは大貴族ににらまれることを畏れてだ。別の貴族に守ってもらえば、メリッサを説得する必要もなくなる。

 そう思ったオレはパーティーごと移籍するために、他のギルドに売り込みをかけた。

 

「悪いが、無理だ」

 

 まずは知り合いのギルド“ベヒーモスの牙”に話を持っていった。最初は雑談から入り、移籍の話を持ち出したとたん渋い顔をされた。

 

「待ってくれよ。オレ達のパーティーはCランクだ。そりゃあ目だった活躍はできないかもしれないが、堅実な仕事はできるって自負してる」

 

「そうじゃなくてだな、おまえのとこのメリッサだ。北の魔術都市のとこの娘なんだろ」

 

「な……」

 

 何で知ってるのと口に出しかける。オレ自身、ギルドマスターから聞かされるまで知らなかったはずである。

 

「おまえのとこのギルマスが会合で愚痴ってたんだよ。というわけで、そんな爆弾を入れたらうちのボスから睨まれる。ギルド間を通じて協力する分にはいいが、こっちに引き入れるのだけは勘弁してくれ」

 

 結局、他のギルドも似たような反応だった。

 

 夕暮れの中、朝の解放感は沈み込み、足取りはどこまでも重かった。

 

 

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