1. 代わりを用意してみた
「メリッサ、おまえにはこのパーティーから抜けてもらう」
場所はギルド内に開かれている酒場。依頼の完了報告を終えて、いつものようにそれぞれの取り分を渡し終えたタイミングで告げた。
メリッサは特に驚いた様子もなくパーティーリーダーであるオレを見返してくる。燃えるような赤髪の下の瞳はあくまでも冷静なままだった。
「いやよ」
短い返事だけで全く取り合う様子はない。
同じテーブルに座る他の二人にも目配せをする。仲間であるガンツ、リーファも、まったく助け舟を出してくれそうもない。
二人には事情を話していたが、あまり乗り気ではないようだった。
「何度もいったはずよね。辞めるつもりはないって」
こうしたやり取りは何度も交わしてきた。はじめは気を使うように言葉を選んで、次第に直接的な言葉を使った。しかし、彼女の返事は決まっていた。
「だいたい、あたしが抜けたら困るのはあんたでしょ。どうすんのよ、代わりの魔術師は見つかってるの? いないんでしょ」
言い返す言葉を考えていると、勝者の余裕を見せながらメリッサはさっさと帰っていった。
「これで四連敗だね。もういい加減諦めたら?」
さっきまで傍観を決め込んでいたリーファがからからう口調で笑みを向けてくる。
「それがいいかも」と口に出しかけるが、奥から視線を感じた。その方向にはギルドマスターの部屋がある。
ちらりと横目で見れば、でっぷりと太った腹は物陰に入りきらずその存在感を見せつけていた。
彼こそがギルド“コカトリスの嘴”のギルドマスターである。定年を間近に控えて事なかれ主義を通し、普段からギルドメンバーとはあまり関わろうとしていない。
しかし、今回のことで本当の意味で首が胴体から離れるかもしれなかった。とある大貴族から送られた手紙を見せながら、何度も念押ししてきた。
そこで、驚きと共にメリッサの正体を聞かされた。
別の日、今度こそはと思いながらメリッサに向き合う。
「メリッサ、おまえにはこのパーティーから抜けてもらう」
「そのセリフ、いい加減聞き飽きたんだけど」
メリッサはうんざりした顔をしながら、子供のわがままを相手にするような態度をとる。
「おまえに紹介したいやつがいる。魔術師のヴォルフだ」
ちょいちょいと手招きすると、灰色のローブに背の高さほどあるスタッフを握る初老の男がメリッサの前に立つ。
頭一つ分ほど身長が違うが、メリッサは勝気な瞳で目の前の男を見上げる。
「攻撃魔術と幻影魔術が得意で冒険者歴二十年のベテランだ。どうだ、これで文句ないだろ」
この間まで別の町で活動していたので、間違いなくメリッサとは面識がない。昔のつてをたどって協力してもらっている。とりあえず、フリでいいからと一週間ほどパーティーの演技をしてもらう予定だった。
「…………」
睨みつけたまま何も話そうとしないメリッサに、ヴォルフがこれでいいのかとアイコンタクトを送ってくる。
いいからおまえはベテランっぽい貫禄を見せつけろと視線で返事をする。
「……ふんっ」
鼻息を鳴らすとメリッサは無言で立ち上がる。
勝った。
何も言い返せず出て行くメリッサの背中を見送る。今までで一番の手ごたえだった。
次の日、約束通りヴォルフはギルドにいた。
ふりとはいえちゃんとヴォルフと活動してるところ見せつける必要がある。だから、一週間ほどパーティーとして一緒にいるつもりだった。
「……どうしたんだ、ヴォルフ?」
暗い顔をしたヴォルフからはプライドや自信といったものが根こそぎなくなっていた。まるで敗残兵のように杖にすがりついて立っていた。
「……すまないが、俺は一から魔術を勉強してくることにする」
「お、おい、ちょっと待てよ」
何があったか聞くこともできないまま、ふらつく背中が行ってしまった。
彼の変わりように困惑していると、入れ替わりにメリッサが現れた。
「大したことなかったわね。やっぱり代わりの魔術師なんていないじゃない」
メリッサは昨日とは打って変わってすっきりした顔をしている。
隣ではリーファがやれやれと肩をすくめていた。
「じゃあ、クエストにいきましょうか」
さっさと先にすすもうとするメリッサの肩をつかむ。
「待て……、何をした」
「ちょっとだけお話をしただけよ」
口の端を持ち上げながらこちらを見る表情は勝ち誇ったものだった。