エドワード1
エドワードが18歳の頃、母が「再婚したい」と言い出した。
父がなくなって、8年。もう再婚してもいいころだ。
ただの再婚ならば、別に構わなかった。
父から継いだ男爵という名目だけの爵位はあるものの、実際に貴族社会とは関わっておらず、領地もない。農家と都をつなぐ卸問屋のような家業をしていたこともあり、商人と変わらない生活を送っていた。
有難いことに、父のもとで働いてくれていた人間はみな優秀で、幼いエドワードにも、丁寧に仕事を教えてくれた。
母を助け、必死に仕事をして8年。
まだまだ若造だが、ようやく自分の地位を確立しつつあったというのに。
「公爵って……無理だろう」
「でも……求めてくださったの」
どこまで大物を釣り上げてくる気だ。
小柄で可愛らしい外見をした母がモテるのは知っていたが、もう少し自重して欲しかった。
求められたからと言って、身分の差はそう簡単に埋められるようなものではない。
「苦労するよ」
「大丈夫」
エドワードの言葉に、母は力強く拳を作って見せる。
「若いころの苦労は、押し付けてでもさせろって言うわ」
「言わねーな」
母の言葉に、間髪入れずに突っ込むと、にっこりと笑われた。
「獅子は我が子を崖に突き落とすらしいわ」
「俺にさせる気満々じゃないか」
これから公爵家に行って……苦労するのはエドワードだ。
母は愛されて望まれているのだろうが、連れ子のエドワードはそうはいかないだろう。継承問題や遺産問題がある。金など要らないとを放棄しても、継承しても、風当たりは強くなるはずだ。
今のままで充分なんだがなあ……と思いながらも、か弱い外見で全くか弱くない母に諦めて頷きを返した。
顔合わせの日、初めてアデールに会った。
13歳だったアデールは、豪華な衣装を身に着け、つんと横を向いてしまっている。
顔はきれいだが、黙って睨み付けられていると、意地悪そうな顔だなとも思う。大きな少々釣り目がちな瞳が子猫を思い出させる。
明らかに自分たちを歓迎していない様子の少女に、エドワードはどうやってい近づこうかと思う。
本来ならば、何の障害もなく婿を迎え、公爵家を盛り上げていくはずだっただろう。
「初めまして」
彼女が公爵家を継ぎたいのならば、自分は邪魔をするつもりはないとどうやって伝えたらいいだろう。
アデールは公爵令嬢として様々なことを学んできたはずだ。
そこに、ポッと出のエドワードが近づいていく。
逆の立場だったなら、口もききたくないだろうなと考えて宙を仰ぎたくなる。
初対面では、何をどう言おうが信じてはもらえないと思う。
きっと、言葉の裏を探って、疑心暗鬼にかられ、さらに遠巻きにされてしまうのではないだろうか。
「アデール。お前の義兄になる方だよ。これから、お前をたくさん助けてくれるだろう」
義父となる公爵がアデールに声をかける。
アデールはそれを聞いて、悔しそうに唇を噛んでエドワードを見る。
新緑のような色をしたきれいな色に涙を浮かべて、アデールがエドワードを真っ直ぐに見る。
「初めまして。アデールです。……仲良く、してくれますか?」
自信なさげに見上げられて、驚いてしまう。
さっきまでの不機嫌な様子は、不安の現れか。
エドワードは慌ててアデールの前に膝まづいて、自分にできる最大限の優しい声を出す。
「もちろん。本当の兄のように慕ってくれると嬉しい」
言い過ぎただろうか。
なんて……と冗談にする前に、アデールがふわりと微笑む。
13歳にしては、無邪気すぎる警戒心のない笑みに、しばし固まってしまった。
「良かった。よろしくお願いします。お義兄様」
後々聞くと、アデールは、公爵家の跡継ぎという重荷に潰されないように必死で勉強をしているところだったという。しかし、それが辛くて、逃げたいと思っていたところに、エドワードが現れた。
――エドワードが公爵家を背負ってくれる。
ホッとすると同時に、ひどい罪悪感を抱いたらしい。
公爵家の歴史も領民の生活も、突然背負わされてしまったエドワードに、申し訳ないと感じていたという。
エドワードは、公爵家の跡継ぎの座を手に入れることは、きっと誰もが望むことだと考えていた。
アデールは、公爵家の跡継ぎという重荷を背負うことは、ひどい負担だと考えていた。
これが、最初のすれ違い。
アデールは、とても素直な可愛い少女だった。
「お義兄様は素晴らしいのですね」
なかなか覚えられないという歴史を、物語のようにして語っただけで、尊敬の目で見上げられた。
アデールにそういわれることが嬉しくて、それまで以上に努力して、彼女に知らないことはないと思わせるようなまでになった。
ただ、ダンスや貴族風の話し方は苦手で、苦労した。
元々、体格がいいこともあるが、農家の手伝いをしていたこともあるから、労働者階級の筋肉の付き方をしている。立ち居振る舞いも美しいとは言えない。
疲れてソファーにごろりと横になった姿をアデールに見られてしまったとき、
「ふふ。ようやく自然な姿を見せてくれて嬉しいです」
無理矢理にでも頑張っていたことを見破られていたようだ。
五つも年下なのに、アデールは、自分がなさねばならないことをいつも考えているような子だった。
そして、エドワードをよく慕い、甘えてもくる。
アデールは、日々美しくなっていく。
始めて会ったときは、まだ少女のあどけなさを残していた体は、どんどんと女性として成熟していく。
人によっては、アデールを妖艶と表現するまでになった。
エドワードがお土産で買ってきたケーキを食べながら「太っちゃう」とため息を吐く。
大きな胸とお尻を強調する細い腰は、もう少し太くなってもいいと思う。
「アデールは、太っても可愛いはずだよ」
素直なのに意地っ張りで、頑張り屋の可愛い義妹。
家族愛など抱く前に、女性として愛してしまった。
アデールが向けてくる愛情が、恋としてのものであればいいのにと願っていた。