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王太子

王太子たるラニエロ・ジョパンニは、最初は彼女の美しさに見惚れた。

あの見目は、王になる自分の横に立つのにふさわしいと思った。しかし、政治情勢はそれを許さなかった。

正妃にできないのなら、側妃ならばと、ありがたくも声をかけてやった事もあるほどだ。

それを、アデールは鼻で嗤いとばした。

美しい顔を傲慢に上げて見せて、唇をゆがめる。

「それで?では、どれだけ私に尽くせます?」

アデールの形の良い唇を強引にこじ開けてしまいたい衝動にも駆られる。

彼女の綺麗なピンク色の唇から発せられる言葉は、いつも高飛車で自分勝手だ。

ラニエロは、当初は熱に浮かされていたのだ。

彼女の美しさをこの手にして、あの髪をつかみ、あの体をぐちゃぐちゃにかき混ぜてやりたいと、歪んだ欲望を抱いていた。

アデールが欲しがる宝石を与え、彼女の都合が良いように動いた。

なのに。

「こんな宝石、すでに持っているわ。ダサいわね」

「ぴーちくぱーちく周囲を飛び回らないで。うるさいわ」

彼女は、見目は極上だったが、立ち居振る舞いは最悪だった。

我儘で自分勝手で傲慢で……そんな態度をとりつつ、自分の傍に来るので、王太子たるラニエロを手に入れたくて仕方がないのだ。

いつかは、あれはラニエロのものになる。そう信じて疑っていなかった。

それでも、アデールに触れることさえできない状態では、欲求不満はたまる。そんな時に出会ったのは、エルス・ビノヴァ男爵令嬢。

エルスは小柄で良く笑う優しそうな女性だ。

美しさこそ、アデールに敵わないが、それなりに胸も豊かで、なによりラニエロに好意を向けてくる。

ラニエロは、すぐに彼女に夢中になった。

ラニエロが望めば、いつでもキスをしてくれるし、それ以上のことも恥ずかしがりながらしてくれる。

エルスは、ラニエロに体を預けてくれる。

アデールにかまけていた時間を、全てエルスに使い、エルスに貢ぐようになった。彼女は、アデールと違って、宝石の見返りをしっかりとくれる。素晴らしい女性だ。

そんな時だ。

嬉しい誤算が。

アデールの嫉妬だ。

王主催の舞踏会でエルスをエスコートした。その見返りとして、休憩室で戯れた。そろそろ会場に戻らなければと廊下に出たところで、アデールが不快さを隠しもせずに立っていた。

彼女は、逃した魚の大きさにようやく気が付いたのだ。

ラニエロは、将来王になる人間だ。

すべからく、全ての国民を愛さねばならない。

アデールが愛して欲しいというのならば、ラニエロにはその義務がある。

本当は会場に戻らないといけないところだったが、仕方がない。

「アデール。あなたが私と二人の時間を取りたいというのなら、こちらへ」

今出てきたばかりの部屋を示す。

エルスの驚いた顔が見えたが、些末なことだ。

今は、目の前の極上のエサに食いつきたい。

しかし、アデールは不快気に眉を寄せただけで、わざとらしいため息まで吐いて見せる。まるで、ラニエロの言葉など聞こえていないかのように蔑んだ表情をして見せる。

「見苦しい。公の場での行動は、見られている自覚をお持ちになった方がいいのではないですか?あまりにご自覚がない行動で、目に余ります」

ただの一貴族の令嬢ごときが、王太子に意見するなど。怒りで我を失いそうだ。

「アデール、いきなり何のつもりだ。お前に言われるようなことではない」

ラニエロが言えば、アデールはすぐに矛を収める。そして、攻撃の先をエルスへ向けた。

「身の程を知ってらして?」

明らかに、嫉妬して発した台詞。

やはり、アデールはラニエロに構って欲しくてたまらなかったのだ。

にやつきそうになりながら、アデールを背後の部屋へ連れ込む算段をする。

どうせ、この女も望んでいることだ。ただ、素直には来ないだろうから、来ずにいられないような理由付けをしてやろう。

ラニエロが怒り、その怒りを鎮めようとして二人きりになるのだ。

アデールの暴言はどんどんとひどくなっていく。

「まあ……相手をしてもらえず欲求不満な犬は、誰でもいいと……」

最後に、王太子を犬と評した時に、手を出した。

手を出すほどのことをしなくてもよかったのかもしれないが、王太子であるラニエロを、さかった犬と比喩してみせたのだ。反射的に出てしまった。

だが、決して頭に血が上った結果ではない。

アデールは言いすぎたのだ。

これくらいされても仕方がないことだったと諦めてもらうしかない。


――さあ、謝れ。


膝まづいて、何でもするから許して欲しいと乞うのだ。

ラニエロが、アデールの床に這いつくばって泣く姿を想像している間に、彼女は表情も変えずに


ぱちん。


ラニエロの頬を打ち付けて、何も言わないまま去って行ってしまった。

嘘、だろう……?

今起こったことが信じられなくて、ラニエロはしばしその場に立ちすくんだ。

誰からも叩かれた記憶など、全く無い。

王族に、許しを得ずに触れる事さえできないというのに。

驚きが去ると、ふつふつと怒りがわいてくる。

「アデールを連れてこい!」

すぐそばにいたはずのエルスのことなど、頭から消えていた。

いつまでもったいつけるつもりだ。あんなに分かりやすく嫉妬していたくせに。

さっさと体を許しさえすれば、手をあげたことも許してやろう。

無条件にとはいかないが、ラニエロは慈悲深き王太子だ。心が広いところも見せなくては。


ラニエロは、すぐに手に入るおもちゃを想像して、一人、微笑んだ。


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