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未遂

こんこん。


ノックの音で、パッとエドワードの唇は離れていく。

「はい」

「カエラです。ガーゼと食事をお持ちしました」

「入れ」


――あと少しだった。

エドワードは、思わずむくれてしまったアデールの肩を引き寄せながら、なだめるように数回叩く。

室内に入ってきたカエラは、主二人の近すぎる距離を見て笑みをこぼす。

「ガーゼと……もう少し氷もお持ちしましょうか」

軽食をテーブルに並べながら、カエラが言う。

アデールの目から涙はもう出ていないが、熱を持っている。すぐに泣いた後だと分かる状態だろう。

「いや、軽く食べたら、もう帰るから、このままでいい」

「えっ?お義兄様。私、目の赤さが引いてから帰りたいです」

泣いたとすぐに分かる状態で幾人にも見られるのは恥ずかしい。貴族令嬢的に、人前で泣いたり取り乱すのはよろしくない。

この部屋から出るのは、冷やして、顔の赤さを取ってからにしたい。

「殿下を叩いたのだろう?本当に反省させるために、修道院はなくとも、謹慎にはなるかもしれない。それをさせないためだ」

王太子に手をあげて、謹慎で済むのならいい。エドワードに存分に甘えてもいいと分かった今では、修道院に行くのはきついが。

謹慎にさえさせないなんてできるのか?

「男が、あろうことか、か弱い女性に手をあげたのだ。しかも、目を泣きはらすほど強く。頬は、ガーゼで少々大げさに治療するよ」

言いながら、手際よくアデールの頬にガーゼをあてる。

「これを見せるだけで、殿下の評判は下がる。そして――カエラ。殿下は、アデールに叩かれたと大げさに吹聴してなかったか?」

カエラは悔しそうな表情をして、頷く。

「はい。アデール様を罰すると、厨房でも話題になっていたほどですので、会場中が知っているのではないかと」

罰する。

思い込みからの行動とはいえ、王族を叩くのはやりすぎた。

それだけの噂になったのならば、謝って許してもらうだけでは済まない。エドワードから離れなければならないだろう。

自業自得と分かっているけれど、悲しくて、彼の胸に顔をうずめる。

「それが嫌なら、謝りに来いとでも言って探しているのだろう」

また、頭を撫でられて、口の中にクッキーが放り込まれる。

おいしい。

エドワードから『あーん』をされてしまった。嬉しい。

あっという間に機嫌を直したアデールは、もう一度エドワードの胸にすり寄る。

「それだけ、謝れと騒いでいる殿下の前に、真っ赤な目で頬にガーゼをした女性が現れるのだ。どちらが同情され、どちらが責められるかは、考えるまでもない」

「で、でも……私、失礼なことを言ったという前提が……」

「殿下は、主催の舞踏会を抜け出して男爵令嬢とご休憩していたようだね。そこを責められて手をあげたということになれば、さらにこちらが有利だ。心配ない」

にっこり笑ったエドワードは、いつもの優しいだけの彼ではなく、ちょっと黒くて……やっぱり格好良かった。


その後、もう少し噂が駆け回ってからが良いと、カエラが持ってきてくれた軽食を食べた。

号泣したせいで、赤い目元のまま、ガーゼを頬に張り付けて部屋を出た。

「アデール……。私に隠れるようにしてついて来てくれ」

ごく自然にエドワードと腕を組んでいたアデールは、言われて初めて気が付いた。

今から、アデールは傷ついた令嬢だ。嬉しそうにエドワードと腕を組んでいる場合ではない。

「すみません……」

考えなしだったことを恥じながら、腕を放し、一歩下がる。

エドワードは、アデールの頭を撫でて微笑む。

「また、次の時に」

その時は、舞踏会にいる間中、腕を組んでもらって構わないと、エドワードは甘く囁く。

エドワードにくっつけずに残念に思っていたことを表情に出したつもりはないのだが、見通されたようで恥ずかしい。

休憩室から、わざと人通りが多い廊下を歩く。

会場には戻らず、馬車に向かう途中、幾人かの貴族とすれ違った。

アデールは終始悲しそうな顔でエドワードの後ろに控える。

エドワードは、時折心配そうにアデールに話しかけ、すれ違う人には早めに場を辞すことを謝罪した。

アデールが現れる前に流れていた噂。

『公爵令嬢が王太子を叩いて謝りもせずに無視している』

それは、あっという間に切り替わった。

『王太子の行動を諌めたことで、彼にに思い切りぶたれて、一人泣いていた令嬢』



ほんの数分で、アデールは悲劇のヒロインに祭り上げられたのだった。



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