プロポーズ
「お義兄様は……」
しゃべりだして、声が震えてしまうことに気が付いた。
まだ聞きたいことがたくさんあるのに、こんなところで泣きたくない。
一度口を閉じて、涙をのみ込む。
エドワードは、アデールを見上げて微笑む。
大好きな、優しい笑み。
「アデールに、結婚の申し込みをすることを失念していたなんて。――改めて、申し込みたい。アデール。私と、結婚して欲しい」
折角、のみ込んだのに。
涙を、我慢したのに。
そんなに嬉しいことを言わないで。
「――はいっ……!」
たったそれだけの返事さえ、涙ににじんでしまった。
アデールは床に膝をつくエドワードに倒れ込むように抱き付く。
エドワードはアデールをしっかりと抱きとめ、ソファーへと座りなおした。
アデールは、エドワードの広い胸に頬を摺り寄せる。
エドワードの背中に腕を回すと、頬を冷やす氷は、彼が持ってくれた。
結婚の申し込みをされた途端、目いっぱい甘えてくるアデールの髪を撫でながら、エドワードはため息交じりに語る。
そもそも、アデールとエドワードの結婚の話が正式に持ち上がったのは、去年の、アデールのデビューの時だ。
それまでも、なんとなくアデールとエドワードを結婚させるのだろうというようなことを、まるで真実のように語る者はいた。しかし、公爵たる父は明言していなかった。
そして、ついにアデールがデビューすることが決まった時、父はエドワードに聞いたそうだ。
アデールを娶るつもりはあるかと。
「義父は、アデールはそれを望んでいるって言ってくれていたんだが。聞いてないか?」
思っても見ないことを言われ、アデールは思い返してみる。
父からエドワルドとの結婚をするように言われたら、絶対に覚えている。
「ない……と思うのだけど」
しかし、エドワードは好きか?とか、そんな軽い聞き方だったら、覚えていない可能性はある。勉強はしているか?程度の、ごくごく日常的な当たり前の問いかけだからだ。
エドワードは、アデールとの結婚を喜んで了承し、正式な婚約へと移行するはずだったらしい。
――デビュー直後から、アデールが王太子に狙いを定めなければ。
デビューが決まった途端、アデールは家族に冷たく当たるようになった。
侍女のカエラは、「何か妙なことを考えていらっしゃるような気がします」などと言っていたが、エドワードには心当たりがあった。
エドワードとの結婚だ。
アデールは、デビューして、周りの美しい男性を見て、エドワードを結婚相手として認めたくなくなったのだろう。
王太子を追いかけまわし、どうにかエドワードと結婚を回避しようと動いているように見えた。
父は、無理矢理アデールをエドワードと結婚させる気はなかった。
王太子がいいならば、王太子を。他の貴族がいいならば、他の貴族で縁談をまとめてもいいと言っていた。
それでも、エドワードには公爵家を継いでほしいと伝えられていたそうだ。
「アデールが自分で幸せを探すのなら、私は邪魔をしてはいけないと思っていたよ。……とても残念で、アデールに話しかけるのが辛くて避けてしまったけれど」
エドワードに聞いたとき、アデールはショックで言葉が出なかった。
大好きなエドワードを不幸にしないための行動が、逆に彼を傷つけていたなんて。
目を見開いたまま、ぼたぼたと涙を流すアデールを見て、エドワードは苦笑を漏らす。
「アデール。そんなに泣かないで欲しい」
頬を冷やしていた氷を、目元にも持って行く。ひんやりして気持ちいい。
カエラは、氷ももう少し持ってきてくれるだろうか。これでは、頬よりも目元の方が腫れあがってしまう。
「諦める前に、もっと頑張ればよかった。アデールを悲しませているなんて思っても見なかったんだ」
それは、アデールだって同じことが言える。
エドワードに幸せな結婚をして欲しいならば、その相手に名乗り出ればよかった。
だけど、自分では釣り合わないと、勝手に決めてしまったから。
「結婚……幸運……お義兄様は、私を望んでくれますか?」
「ああ。君が王太子殿下に興味を持っていた時は、胸が張り裂けそうだったよ」
氷がそっと退けられて、彼の胸に摺り寄せている方とは逆の頬に、唇が落される。
こんなそばに、ずっといることができるなんて。
アデールは少しだけ顔を上げて、エドワードを見る。
彼は、それだけで頬に落としていた唇を、そっと――