望んだ結婚
しっかりとエドワードを見返したアデールに、エドワードは微妙な表情を向ける。
視線をうろつかせて、カエラと目を合わせる。
二人とも、何と言ったら良いか分からないというような、渋いものを食べたような表情だ。
数秒の逡巡の後、エドワードはおずおずとアデールに話しかける。
「アデール……私の幸せを考えてくれるのは嬉しいのだけど……その、私が、アデールと結婚を望んでいる場合……」
いつも穏やかだけど、自信を持った話し方をするエドワードに珍しく、たどたどしい。
アデールは不思議に思いつつも、首を横に振る。
「ありえません!だって……私、どうにも太ってますし、意地悪な顔をしてます。あまり、好まれる容姿ではなくて……」
「は……?」
アデールは、派手な見た目がコンプレックスだった。
小柄でほっそりとした令嬢が恥ずかし気に頬を染める姿が、可憐で可愛らしくて、いつも羨ましいと思っていた。アデールが恥ずかしがっても、わざとらしくなっているのではないかと思う。
胸だって、大きくなりすぎて、自己主張が激しい。どうにか痩せようと思っても、腰ばかりが細くなって、お尻と胸は大きいまま。胸を大きくする運動はあっても、小さくする運動は無かった。
エドワードは、驚いて目を見開いている。
それはそうだ。見た目に対してのコンプレックスなんて、感じさせないように振る舞っていた。いつも自信満々で胸を張り、高笑いをするような女性を演じてきた。
その態度が、アデールには一番似合う。
「それに比べて、お義兄様は凛々しくて逞しくて、とっても素敵なのですもの」
エドワードは怖そうに見えるが、話すときは穏やかで、そのギャップ。絶対にモテる。
格好良くて、仕事が出来て、優しいなんて、アデールにはもったいなさすぎるのだ。
「……うん?」
エドワードは少し笑顔になろうとした顔のまま固まって動かなくなる。
アデールも首を傾げて彼を見上げたまま、どうしようと考え込む。
「あの……エドワード様のことが、アデール様の好みど真ん中ということを、分かり辛くおっしゃっておいでです」
カエラが見かねて声をかけてくる。
分かり辛く言っただろうか。しっかりと言っていたと思うが。
「はあ……?私のこの姿が?アデールの?」
信じられないと言わんばかりの声に、アデール目を瞬かせる。
エドワードは、自分の容姿が好まれるものだと思っていなかったのだろうか。
「私は、体が大きいし、あまり貴族らしくない見た目だろう?」
「そうですか?」
貴族らしい見た目ってどんなだろう。
王太子を思い出してみる。背は高いが、細くキラキラした服がよく似合う姿だ。ああいう感じだろうか。
カエラを見ると、無言で頷いてくれた。
「それで?王太子殿下と仲良くしていたのは……?」
「うっとおしがられて、修道院行きになるかなと」
「……変に傲慢にふるまっていたのは」
「反省を促すために修道院送りにされるのは、大体傲慢な令嬢ですので」
「…………家族に冷たい態度をとっていたのは?」
「修道院送りにするときに、罪悪感が少ないかなと」
「………………なるほど」
話をする度に返事がゆっくりになっていく。そして、エドワードが両手で顔を覆って俯いてしまった。
「大丈夫です。安心して送り込んでいただいて!」
優しいエドワードに罪悪感を感じさせてしまったかと、アデールは慌てる。
けれど、エドワードは首を振ってアデールを黙らせる。
「カエラ。悪いが、ガーゼや治療道具を持ってきてくれ。ついでに、軽食も持ってきてくれると助かる」
治療道具が必要なほどの怪我ではない。
ずっと冷やしていたし、そろそろ痛みも引いてきた。
「私は大丈夫よ」
声をかけたが、カエラはさっさとエドワードに命令されたとおりに部屋から出て行ってしまう。
手をかけさせてしまったなとドアを見ていると、そっと手を取られた。
エドワードに視線を移すと、彼はソファから滑り降りるように床に膝をついた。
驚いたアデールが声を発するよりも早く、エドワードは彼女の手の甲へ口づけを送る。
「アデール。私は、浮かれすぎていたようだ。君がそんな風に考えていたとは、全く考えていなかった」
話しの方向が見えなくて、アデールは首を傾げる。
エドワードが話す内容よりも、手の甲にキスをされて、その後もずっと手を握られていることが気になっているともいう。
「アデール。私と結婚して欲しい」
さっきまで話していた内容と真逆のことを言われ、アデールは息をのむ。
アデールに気を遣わないで欲しいと伝えたつもりだったのに――
「本心だ。義父に、アデールを妻にと打診された時、この上ない幸運だと思った。普通なら、手が届かない女神を手に入れられるのだと思ったよ」
父から、打診を受けていた?命令ではなく?そして、エドワードがアデールとの結婚を幸運だと言ったことに驚く。
目を見開くアデールの前で、エドワードは苦く笑う。
「私は、アデールの幸せを考えたりする前に、君と結婚できるということだけで頭がいっぱいになってしまった愚か者だ。君を妻にできると、私の中で決定事項だった」