計画
そうして立てた計画は、アデール的には完璧だった。……が、杜撰以外の何物でもなかった。
1、色々な人に嫌われるように振る舞う。
2、さらに、偉い人に嫌われる。
3、怒られて、反省のため修道院送りになる。
4、修道院から脱走して、どこかの街で生きていく。
――完璧だ。
満足げに頷く公爵令嬢は、やはり公爵令嬢で、世間一般常識にうとかった。
「まずいわ。こんなまずい紅茶、飲めると思っていて?」
アデールは、カップに三分の一くらい残って、冷めきった紅茶を、目の前の侍女のエプロンを狙ってかけた。
しずくが飛ぶ程度の紅茶がエプロンにかかっても、侍女は顔色を変えずに深々と頭を下げる。
「申し訳ありません。取り替えてまいります」
「もういいわ。本当にのろまなのだから」
そう言いながら、椅子から立ち上がってソファーへと移った。
幼いころからずっと仕えてくれているカリナの表情の変化はない。
酷い態度をとりつつ、アデールはカリナが泣いてしまわないかとチラチラと彼女の様子を窺っていた。
最初始めた時は、「何のつもりですか」といぶかしがられたけれど、さすがに一年もしていると板についてくる。
彼女は淡々とカップを片付けていく。アデールのことはもう、諦めてしまったのかもしれない。
今や、アデールはトリティティ公爵家の我がまま令嬢だ。父や義母には困惑され、エドワードには無視をされるようになった。
第2段階の『偉い人に嫌われる』も、順調だ。なにかにつけては王太子にまとわりついて、我がまま言い放題で嫌われている。
これで、何か大きな失礼なことをすれば成功だ。
舞踏会に参加して、偉い人に迷惑をかける。
公爵家には迷惑をかけないように、やりすぎないように、アデール一人を反省させればいいような、些細なことが望ましい。
これがまた、なかなかに難しい。
アデールが舞踏会に参加するときは、いつもエドワードがエスコートをしてくれる。
お互いに婚約者がいない立場なので当然だが、彼の婚活を邪魔してしまう。アデールは気を遣って、毎回、会場に到着して早々に離れるようにしている。
エドワードは心配そうにするが、アデールはデビューもした大人なのだ。一人で交友関係だって広げられる。
しかも、偉い人に失礼なことをしようと画策しているので、彼がいると不都合もある。
会場にいると、優しいエドワードは何かとアデールを気にかけてしまう。
アデールが廊下に出ると、何も言わなくてもカエラがついてくる。
後からこっそり料理を運んでおいてもらって、お腹がいっぱいで食べられないからと言いながら無理矢理カエラに食べさせよう。
嫌がらせにもならないような嫌がらせを考えながら、アデールは目的もなく歩き回る。
そんな、ちょうどいいところに、人目もはばからずイチャイチャする王太子と男爵令嬢を見つけた。
公爵令嬢的に、王太子はちょっと偉い人だ。
ここで王太子に苦言を呈して、公爵令嬢ごときが出しゃばった真似を!となるくらいが、ちょうど修道院送りにされるには良い塩梅ではないだろうか。
だから、アデールは顎をくいっとあげて、傲慢な表情で言い放ったのだ。
「見苦しい」
王太子は、何を言われたか分からないようにきょとんとしていた。
「公の場での行動は、見られている自覚をお持ちになった方がいいのではないですか?あまりにご自覚がない行動で、目に余ります」
さらに言い募られたことで、王太子は、その顔に怒りの表情を浮かべる。
「アデール、いきなり何のつもりだ。お前に言われるようなことではない」
今まで言い寄ってきた女が、傲慢に言い放ったのだ。それは怒るだろう。
アデールはチラリと一緒にいる女性に視線を流す。
「身の程を知ってらして?」
ふっと優しく微笑みながら言うと、彼女はびくりと体を揺らす。
けれど、目はアデールに向けられたままだ。見た目とは違い、気の強さを感じさせる視線に、アデールは笑みを深める。
そうならば、もう少しイジメても大丈夫そうだ。
「その程度の容姿で、殿下をたぶらかしたのですの?」
王太子のお相手の足先から頭まで、じろじろと不躾に眺める。
そうして、ため息を吐いて、わざわざ胸の前で腕組みをして胸を強調させる。
アデールの好みとしては、目の前の女性の方が可愛らしくて好きだ。本当ならば、あんな風に小柄に生まれたかった。
「知ってまして?今日も殿下は、私に会いに来られて、それはそれはもう、熱心に胸をご覧になっていかれるのよ」
会いに来た……と言っても、偶然だ。
先ほど、バルコニーで涼んでいるところにたまたま王太子が現れただけ。
王太子から来たのだから、会いに来たと表しても間違ってないことはない。
そして、大抵の男性は、まずアデールの胸に視線を向ける。
目を丸くする二人に、アデールは艶やかな笑みを見せる。
「まあ……相手をしてもらえず欲求不満な犬は、誰でもいいと……」
パシンッ
「何がしたいのだ、貴様は……!」
絞り出すような、怒りの声。
怒らせることが目的で、最低なことを言った。
ただ――叩かれるとまでは予想していなかった。
「何か、間違ったことを申しましたか?」
痛みよりも、熱を持った頬に驚きながらも、アデールは毅然と王太子を睨み付けた。
無礼な言葉は、王太子が手をあげたことと相殺されるかもしれない。
もうひと段階、無礼なことをしなければ。
アデールは思い付いたままに、やり返した。
ぱちん。
先ほどよりも可愛らしい音が、王太子の頬から響く。
目を丸くする王太子目が合った途端――やりすぎたことに気が付く。
王族に手をあげるって、何事!?
しかし、ここで慌てて謝るわけにもいかない。
廊下の隅に立っている衛兵が、こちらを驚いて見ている。驚きすぎて、アデールを拘束しようと動いていないことが幸いか。
アデールは一度、「ふん」とあごを上げて王太子を見てから、踵を返す。
そして、可及的速やかに、休憩用にと準備されている部屋へと逃げ込んだ。