帰りの馬車(エド視点)
……エドワードは、ここ一年の辛さを思い、ため息を吐いた。
馬車は舞踏会会場を去り、トリティティ公爵家邸宅へと向かっている。
そして、腕の中では、愛おしいアデールが彼の胸に頬を摺り寄せている。エドワードは貴族にしては体が大きすぎると思っていたが、アデールにとっては好ましいらしい。
「アデール」
耳元で囁くように呼ぶと、アデールはくすくす笑う。
「お義兄様」
胸元から見上げてくるアデールは、デビュー前の甘えてきていた彼女と同じ。
いや……それに、恋情が見える。
それを許容されると分かったからか、馬車に乗り人目がなくなった途端、さらに甘えてきている。
「もうすぐ着くよ」
そう言うと、笑っていた顔は、悲しそうな表情に変わる。
王太子を叩いたことをまだ気にしているのだ。先ほど、帰る前に会場を回った評判は上々だ。カエラを残してきて、さらに噂を作り上げるように申し付けてきた。
大丈夫だと言っても、離れたくないと抱き付いてくる。
アデールは、どれだけエドワードを骨抜きにしたら気が済むのだろうか。
「私は先に、義父に話をしている。アデールは、楽な格好に着替えておいで」
女性の舞踏会用衣装はきらびやかだ。コルセットの下に幾重にもパニエを重ねてスカートを広げているせいで、座ることもままならない。
普段着に着替えてくるように言って、エドワードは義父の元に向かった。
両親はそろってリビングにいた。
エドワードの帰りを待っていたようだ。
城から連絡が来ていたのか、義父は渋い表情でため息を吐いている。
「あいつは、何がしたいんだ」
それは、アデールの気持ちを聞く前には、エドワードも考えていたことだ。
エドワードは苦笑しながら、義父の前に座る。
「どうやら、修道院に行く計画を立てていたようですね」
「……は?」
目を見開く両親に、エドワードはアデールの計画を語った。
この一年の、人が変わったような態度も、その全ての理由を。
そして、語るほどに、母は目を丸くして、義父は、納得したように顔をしかめていた。
「……つまり、アデールは、エドワードが好きだったということで、いいのか?」
「あー……と、はい。そう言われました」
両親の前で肯定することは少々気恥ずかしかったが、首肯する。
そうでなければ、この後の話が進まない。
アデールもエドワードと同じ気持ちだと分かったからには、絶対に結婚に向けて動きたい。
義父も、もちろんそのつもりなようで、うんざりした顔をしながらも、エドワードの提案には頷いてくれた。
「エドワード。悪いな……妙な苦労を掛ける」
「いえ」
エドワードは微笑みながら、言葉少なに返す。
エドワードは、アデールがしていたことに対し、その理由が判明した後は苦労だなんて思っていなかった。
彼女がしていたことは全て、エドワードの幸せを考えていたことだった。
その中にアデール自身が入っていなかったことは残念だが、自分が守ってやればいい。アデールを守ることなど、幸福であっても、苦労では絶対にない。
「アデールは、母を早くに亡くしてね。私も忙しいものだから、アデールの世話を乳母に任せきりになってしまった。しかし、それではいけないと、会えるときは目いっぱい可愛がった。……甘やかしたともいうか」
なるほど。甘えたがりなところは納得した。
では、あの厳しすぎるほど自分を律するのは、乳母の考えか……と思っていると、義父が続ける。
「だが、貴族の義務については、公爵家という大きな力を持つ家にいることもあって、厳しく教えた。この権力は、贅沢をするためのものではない。自分たちが存在する意味は、領民が幸せであるためにいるのだと。……行きすぎだったような気がするな」
ああ……だからか。
公爵令嬢が一人で生きていく決心を、そんなに簡単にしてしまうことへ疑問を持っていた。貴族の義務を厳格に守ろうとしながらも、世間に対しての認識が甘い。
甘やかされながら、一定の場所で厳しくしつけられ、変な感じに融合してしまったのか。
バランスって難しいなと呟く義父に頭を抱えてしまう。
思い込んだら一直線なところがそっくりすぎる。




