表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

現代物《恋愛、ヒューマンドラマ、コメディ》

ボッチな私と缶コーヒー

作者: 長岡更紗

「あの子と付き合う事になった」


 いつも利用している、学校の非常階段。

 そこでブラックの缶コーヒーを飲みながら、輝正(てるまさ)はなんでもないことのように言った。

 付き合うとの言葉に、やっぱりねという感想が私の心に舞う。


 つむぎは輝正を好きだったし。輝正もつむぎのことをかわいい子だと言っていたから、くっつくのは時間の問題だと思ってた。

 オーケーするってことは、やっぱり輝正も好きだったんだ。


「ふーん。良かったじゃん」

「いいのかなー、俺で」

「つむぎがいいって言ってるんだから、いいんでないの」

「俺、どう考えてもあの子と釣り合わねぇよな」

「ま、輝正は顔がいいだけのバカだしね」

「そうなんだよなー……ってオイ!」


 輝正が全然怖くない怒った顔で、私を睨みつけてくる。

 私は笑ってミルクと砂糖たっぷりの缶コーヒーをコクンと飲んだ。


挿絵(By みてみん)


「じゃ、まぁそういうことでさ。俺、今からつむぎんとこ行かなきゃなんねーんだわ」

「っそ。付き合いたてだしね」

「これから昼飯もお前と食えなくなる。悪いな」

「いいよいいよ。当然でしょ」

「大丈夫、だよな?」


 輝正が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

 私は中学の時、ボッチというやつだった。

 高校デビューを目指して、中学の知り合いが誰もいないところを受験した。

 でも高校の初日から、大きな病気をして二ヶ月も休んでしまったのだ。そのせいで、高校でもやっぱりボッチになった。

 クラスに溶け込めずにいる私を心配してくれたのが、この輝正。

 当時、隣の席だった輝正がすごく世話を焼いてくれて、今に至る。たった、それだけの関係。


「私がボッチだった頃から、二年も経ってるんだよ。もう友達もいるし、大丈夫!」

「そっか!」


 私が笑顔を見せると、輝正も嬉しそうに笑った。

 本当に裏表のない、真っ直ぐな男だ。


「行きなよ。つむぎが待ってるんでしょ?」

「おう」


 輝正は立ち上がり、階段を二、三段降りたところで振り返る。


桜子(さくらこ)!」


 輝正の口から私の名前が飛び出てきて、ドキンと顔を上げた。

 逆光なのに、爽やかに笑っているのがわかる。


「な、なに?」

「ありがとな! これやる!」


 差し出されたのは、飲みかけの缶コーヒー。

 思わず手を出して受け取ってしまった。


「いらないわよ、こんなの!」

「だって、今からつむぎに会いに行くのに、邪魔なんだもんよ」

「私はゴミ箱か!」

「違うって、お礼だお礼!」


 慌てている輝正に、私は首を捻らせた。

 お礼を言うなら私の方だ。ボッチ確定だった私を救ってくれたのは、輝正なんだから。


「お礼? なんの?」

「んー、なんか色々! じゃあな」

「あ、うん。い……」


 いってらっしゃいと言おうとして、私は言葉を止めた。

 ここには戻って来ない。

 輝正は、つむぎのところへ行って、もうこの非常階段(二人だけの場所)には戻ってこない。


「じゃあ、ね……」


 飛ぶようにして階段を駆け下りて行く輝正の背中に、そう言葉を送った。

 濃い色のラベルをした缶コーヒー。

 こくんと嚥下すると、口の中に強いコーヒーの香りが広がる。


「苦いんだよ、ばか……」


 温かくも苦いものが、私の体の奥に浸透していった。

 ブラックコーヒーには、甘さなんて欠けらもなくて。


「はぁ……」


 ほうっと白い息を吐いて空を眺めた。

 すっかり冬の装いになった透き通るような空は、果てしなく遠く感じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i000000
― 新着の感想 ―
[一言] 空虚さを感じる作品でした。 こういう時なんて言ったら良いのだろう。 そういう虚しさが心に残りました。 青春ですねぇ。
2022/09/25 18:25 退会済み
管理
[良い点] あー、切ないですね。 うんうん。友達と言うには近すぎた二人の関係。恋にするのも簡単だっただろうに。でも、恋に終わりはあるけど友情には終わりがないなんて言い訳して、関係を壊すことに臆病になっ…
[良い点] 青春の切ない一ページが丁寧に描かれていると思います。 味の違うコーヒーも、ヒロインの気持ちにマッチしていて素敵ですね。 [一言] 桜子さんの「大丈夫!」は、全然平気ではないけれども、優しい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ