ボッチな私と缶コーヒー
「あの子と付き合う事になった」
いつも利用している、学校の非常階段。
そこでブラックの缶コーヒーを飲みながら、輝正はなんでもないことのように言った。
付き合うとの言葉に、やっぱりねという感想が私の心に舞う。
つむぎは輝正を好きだったし。輝正もつむぎのことをかわいい子だと言っていたから、くっつくのは時間の問題だと思ってた。
オーケーするってことは、やっぱり輝正も好きだったんだ。
「ふーん。良かったじゃん」
「いいのかなー、俺で」
「つむぎがいいって言ってるんだから、いいんでないの」
「俺、どう考えてもあの子と釣り合わねぇよな」
「ま、輝正は顔がいいだけのバカだしね」
「そうなんだよなー……ってオイ!」
輝正が全然怖くない怒った顔で、私を睨みつけてくる。
私は笑ってミルクと砂糖たっぷりの缶コーヒーをコクンと飲んだ。
「じゃ、まぁそういうことでさ。俺、今からつむぎんとこ行かなきゃなんねーんだわ」
「っそ。付き合いたてだしね」
「これから昼飯もお前と食えなくなる。悪いな」
「いいよいいよ。当然でしょ」
「大丈夫、だよな?」
輝正が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
私は中学の時、ボッチというやつだった。
高校デビューを目指して、中学の知り合いが誰もいないところを受験した。
でも高校の初日から、大きな病気をして二ヶ月も休んでしまったのだ。そのせいで、高校でもやっぱりボッチになった。
クラスに溶け込めずにいる私を心配してくれたのが、この輝正。
当時、隣の席だった輝正がすごく世話を焼いてくれて、今に至る。たった、それだけの関係。
「私がボッチだった頃から、二年も経ってるんだよ。もう友達もいるし、大丈夫!」
「そっか!」
私が笑顔を見せると、輝正も嬉しそうに笑った。
本当に裏表のない、真っ直ぐな男だ。
「行きなよ。つむぎが待ってるんでしょ?」
「おう」
輝正は立ち上がり、階段を二、三段降りたところで振り返る。
「桜子!」
輝正の口から私の名前が飛び出てきて、ドキンと顔を上げた。
逆光なのに、爽やかに笑っているのがわかる。
「な、なに?」
「ありがとな! これやる!」
差し出されたのは、飲みかけの缶コーヒー。
思わず手を出して受け取ってしまった。
「いらないわよ、こんなの!」
「だって、今からつむぎに会いに行くのに、邪魔なんだもんよ」
「私はゴミ箱か!」
「違うって、お礼だお礼!」
慌てている輝正に、私は首を捻らせた。
お礼を言うなら私の方だ。ボッチ確定だった私を救ってくれたのは、輝正なんだから。
「お礼? なんの?」
「んー、なんか色々! じゃあな」
「あ、うん。い……」
いってらっしゃいと言おうとして、私は言葉を止めた。
ここには戻って来ない。
輝正は、つむぎのところへ行って、もうこの非常階段には戻ってこない。
「じゃあ、ね……」
飛ぶようにして階段を駆け下りて行く輝正の背中に、そう言葉を送った。
濃い色のラベルをした缶コーヒー。
こくんと嚥下すると、口の中に強いコーヒーの香りが広がる。
「苦いんだよ、ばか……」
温かくも苦いものが、私の体の奥に浸透していった。
ブラックコーヒーには、甘さなんて欠けらもなくて。
「はぁ……」
ほうっと白い息を吐いて空を眺めた。
すっかり冬の装いになった透き通るような空は、果てしなく遠く感じた。