03 専属メイドの誓い
ニコニコとしているリズベットはとても可愛らしいけれど、先ほどまで考えていた重苦しさとのギャップで思考がまとまらない。
あと単純にダメージが……。
私が黙り込んだままなので、リズベットの表情が少しずつ曇ってきた。
「アリシア? またおねつかしら、やだ、たおれちゃいやよ」
今にもこぼれそうなほど潤む瞳を見て我に帰る。
ひとまずはリズベットを落ち着かせなくては。
「もう大丈夫です。少し驚いただけなので」
言葉と合わせて引っ付いたままのリズベットを抱きしめる。
安心してくれたようで、涙はすぐに引っ込んでよかったわ、と笑ってくれた。
「ええと、お嬢様はどうしてここへ?」
空気が穏やかになったところで問いかけてみる。
この辺りは使用人部屋しかないはずだから、リズベットの部屋が近いとは思えない。
「アリシアとあそびたいの。おんなのことあそぶの、わたしはじめてなのよ」
そういえば、私が屋敷に呼ばれた理由はリズベットの話し相手になるためだったか。
合点がいったところで、今度は開きっぱなしの扉の向こうからバタバタと足音が聞こえてくる。
「あ、やっぱりアリシアの部屋の方ですね」
遠くから聞こえた声は、義兄のクライスのものだ。
その言葉にもう一つの足音が早まって、突っ込むように扉の前までやってきた。
「リズ! 勝手に離れたらダメだと言っただろ!」
「キース様……?」
現れたのはリズベットの兄であるキースだった。
リズベットと同じ緩くウェーブした金髪とチェリーピンクの瞳。
ついでにどこかに突っ込んでいく勢いも兄妹そっくりだ。
「キース様、アリシアも病み上がりなのでもう少しお静かにしてください」
後ろからトコトコ続いて、柔らかい声ながらもはっきりとものを言ったのは、既にキースのお付きとして働いているクライスだった。
注意されたキースはバツが悪そうに目を逸らしてすまない、と小声で言った。
確かアリシアの次の年生まれだから、今のキースは7歳だ。
つり目がちの瞳は強気そうに見えるが、素直な男の子なのだろう。
「ほら、今日は兄様と遊ぼう」
「いやよ、アリシアとおんなのこのあそびをするの!」
「アリシアは病み上がりなんだ。リズ、兄様の言うことが聞けないのか」
渦中のはずなのに置いてきぼりぎみのまま、キースとリズベットの言い合いが続いている。
これはどっちに加勢すべきだろう……とクライスに目線を送ると、ごめん、と言うように眉を下げたので多分リズベットを帰すべきだ。
「お嬢様、申し訳ありません。今日はキース様と一緒に過ごしてください」
「どうして? アリシアはわたしといっしょじゃいやなの?」
「嫌なんて思いませんよ。今日お休みをいただいたら、明日は一緒にいますから」
「……あしたはいっしょ、ずっといっしょよ」
リズベットは不満そうに頬を膨らませていたが、ずっと一緒ですと抱きつかれた手に自分の手を重ねてあやすと、ようやく納得したようで身体を離した。
キースに手を引かれ部屋を出る時も、リズベットは名残惜しそうにこちらを見ていた。
「アリシア。あしたはぜったいあそぶのよ」
「はい、絶対です」
何度も同じことばかり繰り返しているけれど、それでリズベットが少しでも満足するなら良い。
そうだ、まだ言っていないことがあった。
「それと、お嬢様。心配してくださってありがとうございます」
安心させようとか余計なことを考えなくても、彼女の優しさに触れて自然と笑顔になった。
「お付きって言っても、しばらくは多分遊び相手だから。アリシアも頑張ってね」
3つ年上の義兄はそう言って部屋の扉を閉めていった。
賑やかだった部屋には、今は時計の針が進む音だけが残っている。
椅子に座りなおしてノートを開いた。
書かれているのはまだ『青マジ』というタイトルだけだ。
何から書こうか迷っていると、ふと先ほどのリズベットやキースの様子を思い出す。
二人はゲームの登場キャラクターだ。クライスは覚えていないので、おそらく目立つ活躍は無かったのだろう。
容姿は確かにそれぞれの幼少期で間違いないけれど、二人の性格はゲーム本編と大きく異なっている。
リズベットは弱気で兄にべったり。
キースは冷静で、他人に興味を持たない性格だった。
成長する中で変わることはたくさんあるだろうから、本編と同じ性格でなくてもおかしいことはない。
だけど、それはアリシアにとっては重要なことだった。
前世の記憶だけで決めつけることはない。
怒り狂ったゲームのリズベットと、幼くも優しい主人は同じじゃない。
キースだって今は素直な少年だ。
ずっと側にいるなら、ゲームの事が現実にならないようにすることもできるんじゃないか。
「そうだ、ゲームの世界でも、私にとってはこれが現実……」
専属メイドとして産まれたからには、主人を幸せにするために力を尽くしたいと、改めて心に決めた。
投稿後に少し修正が入ることがありそうです。