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00 プロローグ

 名前を聞いた時に何か胸が騒ついた。

 そして初めてその姿を見た瞬間に、私は薄れる意識の中でひとつだけ確信した。

「ここは乙女ゲームの世界だ」



 ✳︎✳︎✳︎


 私ことアリシアは、代々カーライン伯爵家に仕えるメラルーカ家の長女だ。

 両親は現カーライン伯爵とその夫人にそれぞれ専属で仕えていて、カーライン第1子であるキース様には、私の義兄のクライス兄さんが仕えている。

 本当は私がキース様のお付きになる予定だったのだけれど、私がまだ幼い上に女の子だったので、キース様に仕えるため養子としてクライス兄さんがメラルーカ家に迎えられたのだ。

 その後、私が3歳になる時。カーライン家に新しく女の子が産まれ、私はその子のお付きになることが決まった。



 物心が着いた頃から、専属メイドになるために、料理や家事などのことを母からたくさん教えられた。

 そして8歳の誕生日に、遂に生涯お仕えする事になるお嬢様と面会する事になったのだった。


「わ、私、まだ母さまみたいに全部はできないよ?」

「それは旦那様達もご理解してくださっているわ。ただ、カーライン家の親戚には女の子がいなくて、お嬢様が年の近い女の子にお会いしたいと言っているの」


 まずは話相手から、できる範囲の家事も含めてお嬢様と交流するようにとの事だった。


「これから長い間お仕えする事になるんだから、今のうちから信頼関係を作ることは大切よ」


 それは全くその通りで、お嬢様が求めるならなおさらだと思う。



「わかった。お嬢様のために、頑張る」

「アリシアはしっかりものだから大丈夫よ。それに、リズベットお嬢様はとても愛らしい方だから、きっと」


 バチッ。

 何かが爆発したような音がして、目の前の母の姿が揺らいだ。


「ん、?」

「アリシア? 急にどうしたの」

「ごめん、母さま。今何か……」


 視界はすぐに元どおりになり、気分が悪いわけでもない。今のは一体なんだろう。


「緊張しているのかもね。今日は早く休んで、明日の面会に備えましょう」



 翌日。母と同じデザインのメイド服に着替えて、髪を一つに括りあげる。

 家の大きな鏡の前で、何度もおかしなところが無いか確かめた。

 母が身なりを確かめに来て、しっかりできてると褒めてくれる。結構親ばかなのだ。


「お嬢様は奥様と庭園にいらっしゃるから、ティーセットを持って行くわよ。私も一緒だけど、ご挨拶をして紅茶を淹れてさしあげるのはアリシアが一人でしてね」


 初めての奉仕にやっぱり緊張して、胸がドキドキしてしまう。



「ただ仕事をすれば良いわけじゃない。主人に安らぎを与えられる存在になることが、メラルーカ家の在り方だ」


 家で両親から何度も言われた。

 私の主人となる方に、会いたいと言ってくれたお嬢様に、完璧にできるかはわからないけど、笑顔でご挨拶をするんだ。



 可愛らしいピンク色の茶器と、母と作ったクッキーを乗せたワゴンを押して屋敷の廊下を歩く。

 お嬢様にお会いしたら、まずは奥様とお嬢様に頭を下げて、それから名前を言って、お嬢様にお仕えすることを伝えて、お茶とお菓子をお出しして……

  頭の中で自分のする事を繰り返す。


「アリシア、怖い顔してるわよ」

「あっ、ごめん。母さま」


 何より絶対に笑顔で。それは忘れちゃいけない。

 意識を切り替えたところで、庭園に出る扉の前に着いた。

 この先にお嬢様がいる。



「奥様、お嬢様。お茶をお持ちしました」


 少し離れた場所に置かれたガーデンテーブルに向かって呼びかける。

 声は震えなかったし、小さくもなかった。隣の母が頷いてくれて、自信が出てきた。


「あっ、あなたがアリシアね!」


 笛の音のような愛らしい声が返ってきた。頭を下げようとした時、駆け寄ってきたお嬢様の姿が目に入る。

 柔らかくウェーブした金髪が風に揺れ、チェリーピンクの瞳は活き活きとこちらを見つめている。


 バチッ!


 殴られたような衝撃がしたかと思うと、怒った少女の姿が目の前の小さな女の子に重なった。

 お嬢様と同じ髪と瞳の色をしているが、年齢は多分15歳くらい。

 瞳と同じ色の炎に囲まれている。


「リズ! やめないか!」


 続けて聞こえたのは男の声だった。私はこの声を知っている。大好きな声優の……声優?

 頭がズキズキと痛み、思考が止まる。



「……シア! アリシア!!」


 その後に感じたのは聞き慣れた母の声と土の匂いで、自分が倒れている事に気がついた。

 ひんやりとした地面。やけにリアルな感覚だ。

 だって今目の前にあるのは、乙女ゲームの世界。

 ゲームタイトルを思い出そうとして、私の意識は途切れた。

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