983 味見は食事じゃない
せっかくだからプレリィさんにもカレーを持って行くと、店にはいないと言われた。
おや、絶対日がな一日厨房に籠もっていると思ったのに。
……なんて見直したオレが馬鹿でした。
「あの、プレリィさん寝てる?」
元プレリィさんの館に戻ってみると、そこの厨房がプレリィさん専用になっていた。
そっか、お店は営業中だと自由に使えないもんね。
「大丈夫、寝てると思うよ」
にっこり、全然大丈夫じゃなさそうな返事が返って来て、オレたちの視線が胡乱なものになる。
「プレリィさん? 滞在はまだ長いんでしょう、体調管理しっかりしなきゃ! 睡眠は何より大事だよ?!」
「お前が言うと説得力があるような、ないような……」
隣で余計なことを言うタクトを睨み、簡素なテーブルにカトラリーを準備する。
「ちなみに、ごはんは食べてるよね?」
「うん、味見してるから」
「それはごはんって言わないような~?」
間違いなく言わないよ! そもそもプレリィさんが今作ってるのって、保存食だよね?!
「ここ、座ってください!」
「え……っと。でも、これがまだ……乾燥させるまで、火加減が……」
ちらちらとオーブンを覗いているのは、そのためか。
「乾燥させるだけでいい? カラカラに?」
「そうなんだけど……」
ならば、任せなさい。この、ラキに!
きりっと顔を引き締め、苦笑するラキに頷いてみせる。
「あれ、結構大変なんだけど~?」
「え、どうやって……。もしや、そんな魔法、持ってるの?!」
「そう! プレリィさん、一旦それ取り出して! すぐにカラカラにしてあげるから!」
プレリィさんの目が、爛々と輝き出した気がする。
オーブンからいそいそと何か分からない黒い物体を取り出し、こちらへ差し出した。
あの、これ乾燥具合とか分かるの?
「できそう? 僕、見ていていいかな?!」
「むしろ、見ていてくれないと頃合いが分からないかも~」
一転、加工師の顔になったラキが、穏やかな笑みを消して黒い物体に手をかざした。
「――滴る汗のように、煙のように、水は出でて散る。マキドラーイ!」
すうう、とまるで早回しのように、黒い物体が徐々に縮んでいく。この、絶妙な加減が難しい。
一気に乾燥、とかだとそう難しくないんだけど、食材に使うと食材じゃなくなるくらいカラカラになっちゃう時があって。
『あなたの加減が下手すぎるのよ。あとネーミングセンスが絶望』
『主の場合、出たばっかの芽に、バケツの水ぶっかけるみたいな感じなんだぜ!』
ネーミングセンスは、今関係なくない?!
そんな声に気を逸らされつつ、『ストップ!』の声に再び目をやると、黒い物体は大分縮んで見るからに軽そうだ。
「すごい……すごいよ! ねえ、この魔法はどうやったら教えてもらえる?! 僕、どうしても知りたい!! 金貨100枚でも500枚でも!!」
「それだと僕も、ユータに支払わなきゃいけないね~」
汗を拭ったラキが、眉尻を下げてオレを見る。
「パーティメンバー強化するのに、お金もらわないでしょう?! それだとオレも魔法使ってもらうのに支払いが必要ってことに……。プレリィさんもめちゃくちゃ言わないで?!」
真剣な目をしているのが怖い。じゃあ500枚で、って言ったら問答無用で支払われそうだ。
「だって……! 僕にはそのくらい魅力的な魔法だよ?! むしろ、お金で代えられるのなら何も惜しくない!」
プレリィさん、あんまりお金に執着なさそうだもんね……。
「じゃ、とりあえずごはん食べて寝てください」
タクトのごとき素早さで席についたプレリィさんの前に、収納から熱々イノクマカレーを差し出した。
「これは……もしや、ロクサレンカレー?!」
「うーん、その派生みたいな感じだけど、カレーはカレーだよ!」
そう言えば、話はしていたけど、プレリィさんに振舞ったことはなかったかな。
軽くそう思ったオレは、カレーを、プレリィさんを甘く見ていたことをしっかりと体に刻まれたのだった。
「――た、だいま……」
へろへろしながらベッドに突っ伏すと、二人が『おかえり』と苦笑した。
「おー、まあ、思ったより早かったな」
「あの調子じゃ、朝までかなと思ったけど~」
うん、多分、戻って来たキルフェさんに怒られなかったら、多分朝までコースだったかもしれない。
「オレよりジフに聞いてって言ってるのに!」
オレも開発に関わっているけれど、スパイスの配合なんかはジフ任せだもの。
なのに、今、聞けることを聞きたい! なんてさ……
「もう記憶の隅々まで絞って、頭がスカスカのスポンジになっちゃうよ……」
代わりに、キルフェさんにプレリィさんの現状を伝えてお世話を頼んできたから、明日からはそう無茶はできないだろう。
「そうだ、どうしてラキまで先に戻っちゃうの! マキドラーイについて、ラキに教えてもらおうと思ったのに!」
何もかもオレに振って、二人は部屋で寛ぐなんて!
「どうして僕~? 僕に教えたのはユータだけど~」
そ、それはそうなんだけども。
そして、そういえばヌヌゥさんとも、魔法を教え合う約束だったことを思い出した。
多分、魔力がしっかり回復するまで自宅待機しているはずだけど。
多分、かなり高齢の森人だと思うんだよね。だから、魔力量もすごく多いはず。
それが空になるまで使いきるって相当だよ。
ぱふっと寝返りを打って、まだ鼻先に漂っている気がする、カレーの香りに目を閉じた。
オレにとって、カレーはもうロクサレンを象徴するものになったかもしれない。だって、こうして思い出すのは、前の世界じゃない。
「…………」
ぼうっと高い天井を見上げ、もう一度寝返りを打って枕に頬をつける。
「ユータは家が好きだよね~」
「朝にいねえと変だけどさ、夜の間ちょっと行って帰ってくるくらい、大丈夫だろ」
……オレ、何も言ってませんけど。
少しむくれて、枕を抱えた。
「別に、ちょっと思い出してただけなんだけど!」
「けどさあ、結構帰ってねえだろ? そろそろマリーさんたちがさあ……」
「思い出したなら、帰ればいいんじゃない~? 簡単なんだから~」
そう、かもしれないけど。
そんな風に頻繁に旅の途中で家に帰るとか、全然冒険者らしくないじゃない。
『間違いない』
あの、そこは『そんなことないよ』とか言ってくれる場面じゃないかな?! いつも通りのツッコミを入れるチャトをじろりと睨む。
布団の上で扁平になっていたモモが、やれやれと言いたげに揺れた。
『今日分からなかったことを、ジフに聞いておけばいいんじゃないかしら』
「あっ……そうか! なるほど!」
ぱっと表情を変え、弾むように起き上がった。
「オレ、ジフに色々聞いてくるよ! そんなに遅くならないと思うんだけど」
「まあ、朝いなくても、なんとなく誤魔化しておくからいいよ~」
「マリーさんとカロルス様によろしくな! あ、俺らが帰れって言ったって、伝えといてくれな! また特訓頼みたいから!」
それと特訓がどう関係するのかサッパリだけど、まあいい。
カロルス様たちに会うついでもできたし、話したいこともいっぱいある。
オレは、にっこり笑って二人に手を振ったのだった。