982 服役
服役の終了を決めたのは、意外にもキルフェさんだった。
草原の牙は最初から音を上げっぱなしなので、信用に値しないと耳を貸さないことにしていたし。
「――魔力、切れっ! もう撃てないよっ!! あと3発! それでキメなよ?!」
苦し気にそう宣言したキルフェさんが、有言実行、3発の魔法を魔物に命中させた。
ニースたちがすかさず追撃を加え、見事、1体を討ち取った。そう、一体。
イノシシとクマを混ぜて立ち上がらせたような、黒々とした大きな魔物が、まだあと……3体かな。
「チビたち、責任もってあたしを守りな!」
へたり込んだキルフェさんが、足を投げ出して完全無防備に脱力する。
「うん! 任せて!」
飛び出したオレたちが、キルフェさんを囲んで構えた。
さすがの、森人。
一般魔法使いと格の違いを見せつけた魔力量だった。だって、草原の牙攻撃の要は、キルフェさんだもの。あれだけ派手に魔法を使って、ここまでもつとは。
「これで終わり、か?」
「じゃあキルフェさんの代わりに、僕とタクトが入るよ~」
今そこにいる魔物を何とかしないと、終わるに終われないもんね。
キルフェさんに回復と点滴を施しながら、オレが護衛を担当する。
目をきらきらさせたタクトが、彼らの前へ躍り出た。
「選手交代! ニースの兄ちゃん、行くぜ! 俺が弾く!」
「は、え、お、おう?!」
睨みあっていた魔物との均衡を破って、ノンストップでその鼻先まで。
タクトが、瞬きの間に一気に間合いを詰めた。
「おらぁっ!」
泡を食って振り下ろされた、タクトの胴ほどもある太い腕と、ずらり揃ったかぎ爪。
抜かずの剣で真正面から受け止めた、小さな身体。圧倒的な体格差をものともせずに、気合一発、巨体が後ろへよろめく勢いではじき返した。
「あれ、はじき返すって言うのかな。完全なる力任せじゃない」
ちょっと頬を膨らませる。だって、オレにはどう逆立ちしたってできない。
ぽかん、としたニースが、慌ててがら空きの胴へ斬りかかったのが見える。
「ちょ、ちょちょちょ、こっちも忘れてもらっちゃ困るんですけどぉ?!」
「同感ーっ!!」
旗色の悪い同族を横目に、怒り心頭のイノクマが咆哮を上げ、呼応するように女子組が悲鳴を上げた。
なんか、まだ元気そうだ。
「僕、援護するから~。どうぞ、戦って~」
「「えええ?!」」
にっこり、微笑んだラキがぱららっと砲撃を放ち、今にも飛び掛からんとしたイノクマが、もんどりうって転がった。
ああ……多分足指を狙ったんだろうな。痛そうだ……。
「はい、どうぞ~」
「「ええええーー?!」」
半泣きの二人が、もがくイノクマに一斉攻撃を仕掛ける。
うん、この分だと大丈夫そう。
ちなみにもう一頭はどうしているのかと言うと……。
『待ってね。動かないで』
多分、一番かわいそうな目にあっている。
目の前に立ちはだかるシロが、じ……っとイノクマの目を見つめて、巨体をその場に縫い留めていた。
イノクマは『ちょっと美味しいお肉』らしいので……フェンリルは時折無意識にぺろり、ぺろりと溢れそうなよだれを拭っている。
金縛りにあったように動けないイノクマが、まるで電気仕掛けのようにカタカタ振動していた。
懲役はもう終了だから……この一頭はもう逃がしてしまおうか。さすがに気の毒だ。
「とんでもないねえ。だけどあいつらも、ちょっと見られるようになったじゃないか。……まあ、荒療治も荒療治だったけどねえ?」
ふう、と息を吐いたキルフェさんが、ちょうど討伐を終えた2組を見て目を細めた。
「だ、だけど効果は最高だったでしょう? 良薬口に苦しってやつだよ!」
「あの世に行きそうな苦みは、薬って言えるのかねえ……むしろ毒……」
「えっと、毒をもって毒を制すとか、ね!」
「蛇毒もロック鳥の滋養、ってやつかね……いや、違う気がするけど――こ、こら、なんだい?!」
遠い目をしたキルフェさんに、滂沱の涙を流す3人が突進してきた。
「ごわがった~~~!」
「じぬかど思っだ~~!」
「以下同文~~!!」
「あたしは、あんたらのお母さんじゃないんだけどねえ……」
苦笑したキルフェさんが、ぽんぽんと3人の背中を撫でている。本当に、お母さんみたいだ。
その、いつだって受け止めてくれる存在感が。
「この特訓方法、案外『草原の牙』向きかもね~」
「俺もそう思う!」
戻って来た二人のセリフが届いたらしい。大泣きしていた彼らの声がぴたりと止まった。
「そうなの? どういう所が?」
「逃げられないし、逃げ腰だと永遠に終わらないから、嫌でも向き合うでしょ~?」
「だな! 戦うしかねえ! って崖っぷち感がいいと思うぜ!」
物凄い勢いで3人が首を振っているけれど、どうなんだろうね……。キルフェさんが苦笑して肩を竦めているのを見るに、彼女も同意見の気がする。
「そっか! じゃあ滞在期間中、なるべく協力するから、一緒に――」
「いやあぁ! 俺、毎日討伐に行く! 採取も行く! だから、だからぁ!!」
「私も! ちゃんと毎日森に入るからぁ!! サボったりしないから!」
「誠心誠意! 粉骨砕身!」
……そうなの? 一緒に行けるの、結構楽しみだったのに。森、怖かったんじゃないの?
『もっと怖いものがあったのよねえ』
まふっと揺れたモモが、しみじみと呟いた。
……ええと。
そ、その怖いものが何かはさっぱり分からないけど! だけど、じゃあその『怖いもの』よりもっと魅力的なものがあればいいってことだ!
帰路へ着く準備をしながら、オレはにんまり笑った。
「――ぐ、ぐはぁああ?!」
「こ、これは……っ、こ、これはぁっ!」
「これがあの『かれー』なんだね……?! 噂に違わぬ……!」
リリアナは、もはや声もないらしい。
あれだけ動いた後だから、なおさら、でしょう? 気のせいだろうか、キルフェさんは魔力さえ回復している気がする。
「うんまっ! もっと狩ればよかったな?!」
「ホント、美味しい~! こんなでっかいお肉なのに柔らかい~!」
森人郷に戻って来たオレたち一同は、腹がねじれそうな空腹感を訴える胃に、わき目もふらずにイノクマカレーを詰め込んでいる。
お肉はたっぷりあったから、塊肉のカレー煮込みって感じの巨大肉入りだ。がっつり煮込んで柔らかくしたイノクマ肉は、それでも溶け崩れることなく、噛み応えと柔らかさが共存している。ワイルドな風味も、カレーに使えば気にならない。
噛みしめるお肉の食べ応えと、ガツンと空腹にダイレクトアタックするカレー。
最強、これぞ最強だ。
一心不乱に貪るみんなを眺め、ふふっと笑みを浮かべた。
「美味しいでしょう? オレと討伐に行くと、こういうものがタダで食べられるんだよねえ!」
さりげなく呟くと、ニースたちの手がピタリと、一瞬止まった。
「け、けど……プレリィのとこ行けば……」
「でも無料じゃないのよねえ~!」
「節約、しつつ美味い物……」
今回で多分最も武器を消耗したリリアナが、ぶつぶつ呟いている。
普通の矢を使い切ったあと、魔道具タイプの弓を使っていたけれど、あれはあれで魔石が必要で財布に大ダメージらしい。とっておきなのだとか。
「え、えーと、たまには……いい、んじゃね?」
「そう、ね? だってこんな美味し……じゃなくて! 成長できたんだし!」
「美味さとタダに勝るものなし……」
天秤が、一気に傾いた。
うん、さすがニースたちだ。喉元過ぎた瞬間に忘却の彼方だし、後先考えない。
「あんたら…………さすがに、どうなんだい……」
キルフェさんだけが、大きなため息を吐いていた。
皆様、ロクサレンの日コメントありがとうございます!!
とても嬉しい……(´;ω;`) そして忘れた事実が切ない……
〇蛇毒もロック鳥の滋養:誰にとっても害でしかないようなものでも、力や益となることがある、という教え。一見して危険や悪とされるものでも、視点や立場によって価値が変わるというたとえ。