980 昔取った杵柄?
「けど、あの蛇は図体が大きいだけであんまり賢くないからね。追い払うだけなら、そう難しくないんだよ。脅威と言えば、僕はあのラッタラットの方が……」
「ああ~~、あれは参ったね! 確かに、それならヨルムスケイルの方がいいさね」
森人二人が、森人あるあるみたいな話をしている。
ラッタラット……名前からしてネズミ系? 響きは楽しそうなのに。
「それ、強い魔物なのか?」
案の定食いついたタクトに、二人が微妙な顔で笑った。
「強いかって言うと……強くはないかなあ? 君の頭くらいのサイズだし」
「ゴブリン程度の厄介度かねえ? いや、素早い分ラッタラットの方が厄介かも?」
「ええーじゃあ、なんで脅威なんだ?」
なんとなく察したオレは、確かにヨルムスケイルの方がいいなと思う。まあ、オレの場合はシールドがあるけれど……。
「大群なんだよ、それも辺りが真っ黒に覆いつくされるくらいのね。人だけを襲うなら、逃げるなりなんなりすればいいんだけど……」
「あいつら、根こそぎさ! 食材や畑だけじゃない、何なら家のカーペットから服まで何もかも餌食さ! もう少し、気付くのが早ければ……シールドさえ間に合えばねえ」
「あれは、参ったね」
うわあ……通った後には何も残らない、ってやつだ。
以来、各ご家庭にシールドの魔道具が完備されるようになったのだとか。
「そう言えば、ギルドがないって言ってたけど、そんな風に魔物が襲って来た場合はどうするの?」
森人の王様って聞かないし、『森人郷』って国じゃないよね。兵なんかもいないはず……。
「冒険者なんじゃね? ギルドはなくても、冒険者はいるんだろ?」
「ギルドがなかったら、活動できないよ~?」
自警団か警察みたいな組織があるだろう、とプレリィさんを見上げる。
「そうだね、そういう時は主に『リリビア守護団』が指揮をとるんだけど、戦闘員は実質全員だからねえ」
ああ……そうか、森人はほぼ全員魔法を使える種族。
だからこそ、こんな深い森の中で生活できるんだろうな。
「『リリビア守護団』が強い人の集団ってことか?」
「んー強い人っていうか、賢者ともども、有事に駆り出される人って感じかね?」
「「「賢者?!」」」
オレたちの瞳が、一気に輝いた。
それ、勇者の話に出てくる! だけど、今は勇者しかり、存在していないはずの名称……!
だけど、キルフェさんが慌てて手を振った。
「いやいや、そういう役目っていうのかね、役職、かねえ」
「そうだね、何もメリットのない……」
「メリットはあるだろさ、高給取りじゃないか」
遠い目をするプレリィさんを見て、顔を見合わせた。
もしかして……
「あの、プレリィさんが『賢者』なの?」
おずおず尋ねたオレたちに、彼は苦笑して人さし指を唇に当てた。
「しいっ、今はもう知らない人も多いんだから、内緒でね。また引っ張り出されたらたまらないよ」
「ほ、本当に……?!」
きらきらする3対の瞳に見上げられ、プレリィさんは眉尻を下げて困った顔をする。
「ええと、そんな顔をするようなものじゃないんだけど……。本当、厄介ごとを押し付けられる係なんだよ」
どうやら、魔力の多い人の中から勝手に数人選出されるらしく、一時期プレリィさんも賢者職にあたっていたのだとか。
プレリィさん、そんなに魔力量多かったんだ……! 料理の腕前以外にそんな稼ぎ口があったから、随分お金持ちなんだね。
「まあね、あの頃は棚茸も低かったし、魔物は今より多かったからねえ」
「五樹結界が完成した今は、『賢者』だって本当に稀に活動するのみだって聞くよ。僕は貧乏くじだね」
「でも、今より賢者はたくさんいたじゃないか」
なんだか、本当に残念な役職という雰囲気で、オレたちの中の『賢者』が無残にも崩れていく。なんとなく、いつも嫌々書類仕事をしているギルドマスターやカロルス様が思い浮かんだ。あと、バルケリオス様。
大人って大変だな……やりたくなくても、しなきゃいけないんだな。
そしてプレリィさん、賢者職にまた就かされるのが嫌で、森人郷を出たわけじゃないよね?!
「――プレリィさんが賢者かあ……」
当時を思い出し、影を背負ってしまったプレリィさんを思い出し、苦笑した。
「俺の思ってた賢者じゃねえ……! もっと、こう……!!」
「確かに~。あんな死んだ魚の目をした賢者は嫌だね~」
きっと、プレリィさんたちが賢者をしていた頃は、相当ブラックだったんだろう。多分、だからこその『魔力量の多い人』だったんだろうな。酷使できるように。
「プレリィさん、戦闘好きじゃないもんね!」
「俺だったら、喜んで賢者するのにな」
「賢者なんだから、勉強もいるんじゃない~? 賢くないとさすがにね~?」
「じゃあいらね!!」
速攻で意見を翻したタクトに、パンを齧りながら笑う。
あの後、『リリビア守護団』に報告して戻って来たリスリスさんには、『安全確認までは三樹内に入っちゃダメ』と言われてしまった。誰より不服そうだったのは、プレリィさんかもしれない。
本当に休む間もなく何かしら作っているから、素材はいくらあっても足りないのかも。それにしたって、今日とった分は相当あるけれど。
高台の棚茸に腰かけて眼下の家並みを眺めながら、オレたちはもらったパンを食べている。
保存食やら何やらを作った残りから生まれた、総菜パンみたいなもの。
色んなものが練り込まれた生地は、齧るたびに味が変わる。
ついでのように挟み込まれた具材は、なんだろうこれ。素材ごちゃまぜハンバーグみたい。
「何食ってるか分かんねえけど、美味いな」
「言えてる~」
「色んな味がするね!」
頬張った口の中に、ふわりと森の香りが広がった。ハーブだろうか? こうして食べると、森の恵みを全部まとめてパンにしちゃったみたい。森丸かじりパンだね。
「あっ……! お前ら何食ってんの?!」
ふいに下から声がして、下げた視線の先には、案の定ニースたちがいた。
「プレリィさんからもらったよ。まだあるんじゃないかな?」
「よしっ! あ……けど」
「そう、でも、なのよ!!」
「無念……」
がくりと項垂れた3人が、ちらちらとこちらを見ている。これは、気付かないふりをしたらダメなやつ……?
「えっと、どう……したの?」
仕方なく尋ねたのに、ラキとタクトがぬるい視線を寄越してくる。だって、聞かないわけにいかないじゃない!
「よくぞ聞いてくれました! 俺らもこれで悩んでんのよ!」
「そうそう、聞いてよ! キルフェったらさあ~!」
「森に出ろなどと……!」
勢い込んで告げられたセリフに、それはまあ……そうだろうと思う。
だって、一応冒険者だし。一樹内なら、行けるんじゃないかな?
一緒に行ってくれ、ということなんだろうなという気配がすごくする。それはもう、ひしひしと。
「えっと、でもオレたちまだ一応プレリィさんの護衛なんじゃない?」
「どうなんだ? 帰りまでは自由じゃねえの?」
「今のところ、素材狩り係として活動してるね~?」
ぽん、とニースたちのいる棚茸に飛び降りると、3つの視線が期待を込めて見つめてくる。
「じゃ、じゃあさ、キルフェちゃんたちの許可をもらったら……?」
「それは、もちろんいいよ!」
言った途端、喜び勇んで駆け出して行った草原の牙を見送り、許可はきっと出るだろうなと思う。むしろ、そうなるように仕向けたんじゃないかとさえ思う。
「一樹内、いけるか?」
複雑そうなタクトの顔に、笑うしかない。
最初は、引率してもらっていたのにね。
「あの頃の恩返しみたいだね!」
「恩は相当返してると思うけどね~?」
そうかもしれない。だけど、今、オレたちが返すことと、あの頃ニースたちがしてくれたことって果たして同じ価値になるだろうか。
見ず知らずのごく小さな幼児を、わざわざ村まで送ってくれたこと。
お金がないと言っていた、Dランクではあったけど、ギリギリラインの彼ら。
今なら、それがどのくらい大変な決断だったのか分かる。
きっと、ニースたちはそこまで考えてはいなかったのだろうけど。
今、オレが返せる価値よりも、それはずっとずっと重かったと、そんな風に思った。
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