979 大きいだけ
「リスリスさん、食材とって来たけど、どこに持って行く? 解体とかしてないよ、とりたてそのまま!」
ひとまず森人郷まで戻ったオレたちは、渋るヌヌゥさんを追い払って、プレリィさんのお店までやってきた。だって、魔力ってそんなすぐ回復しないよ。
まあ……明日会う約束を取り付けられてしまったけども。
「え? お前たち、あの後また行ったのか?!」
「だって、途中で帰る羽目になっちゃったし……」
今回も途中で帰る羽目にはなったけど、そして同じ原因のせいだけど、結構狩りと採取はできたからね! そして、あの三樹『外』の光景も見ることができたから。
「だからって、君らだけで……まあ、大丈夫か」
「大丈夫だぜ!」
なんとなく疲れた顔をしたリスリスさんに案内されるまま、厨房から離れた倉庫風の建物に入った。
「何がどのくらいある? 解体に人手が必要なくらいか?」
「多分、ね~」
オレたちは、ちょっと視線を交わして笑った。
「じゃあ、ここに出してくれ」
「頼まれたものだけ? 他にも色々入ってるけど」
だって、襲ってくるんだもの……無駄に狩っているわけじゃないってことは、強調しておきたい。
「ああ、使えそうなものは買い取らせてもらう。ちなみにギルドはないから、素材屋に持って行くか、自分で店に売りに行くしかないぞ」
「そうなんだ?!」
「ああ、さすがにこの奥地に人のギルドは出せないだろうよ」
それはそう。だけど、似たような組織がないと不便じゃないんだろうか。
ひとまず倉庫の真ん中までトコトコやってくると、今回の獲物を一気に取り出した。
わあ、思ったよりたくさんだ。
四樹内に近かった場所の魔物もいるから、結構なボリューム感がある。
「おー、結構狩ってたんだな」
「ユータ、僕の獲物はしまっておいて~! あげないよ~!」
「そんなこと言われても、分かんないよ?!」
採取・植物系はそんなに場所をとらないから、入口付近にまとめておく。
ええと、このキノコだか魔物だか分かんないものは……お肉なの? 植物なの?
悩みながらそっと採取系の山に添えたところで、リスリスさんが声を上げた。
「これ……これ、どうやって?! は……ダドエイスまでいる?!」
どう、とは。そしてダドエイスってどれ?
ひとまず、いい方向に驚かせられたみたいなので――
「だってオレたち……」
「Cランクだからな!」
「プレリィさんの護衛、だしね~?」
ふふん、と胸を張り、得意満面の笑みを浮かべたのだった。
「――嘘だろ、ダドエイスだぞ」
「こっち見ろ、ミームーが一撃だ……」
突如解体場となってしまった倉庫で、オレたちも一応手伝っている。主に運搬係のタクトと、洗浄係のオレ。そして自分用の解体しかしていないラキ。
ひそひそ聞こえる声と、ちらちら向けられる視線に、少しばかり鼻高々になってもいいだろうか。なんか静かなのはちょっと気になるけれど。
「ここまでとはなあ……」
さっきよりますます疲れた顔のリスリスさんに、ちょっとばかりサービスの回復魔法をかけてあげると、なんだかかえって遠い目をされた。
「そうだ、教えてもらった五樹結界に沿って探索してたんだけど、三樹より外があんなにすごいところって知らなくて……びっくりしたよ」
「ああ、俺も足を踏み入れたことはないが、別世界なんだとか。まさか、三樹内まで入ってたのか……どうりで、手強いのを狩っているわけだ」
「えっ? だって三樹内ならいいよって言われて……」
「まあな、実際大丈夫なんだから間違っちゃいないんだろうけどな。普通、森人も三樹まで行かないぞ」
あの……キルフェさんにプレリィさん? 当たり前の顔で、この魔物は三樹内にいるから~って言ってなかった? 結構な食材が、三樹内での採取と狩りだったよ?!
「やっぱ三樹内も危なかったんだな! あんなでけえ蛇にがぶっとやられたら終わりだもんな!」
タクトがしみじみ思い返しているよう。だけど、その言葉のわりに口角が上がっているのがアヤシイ。次出くわしたら、絶対狩ろうって言うよね。
「でかい蛇? どれのことだ? ガジュボアなら、溶解液が使えるんだが……」
「討伐してないし、ガジュボアじゃないよ。確か名前は……」
オレとタクトがちら、とラキを見る。
「ヨルムスケイル~」
熱心に素材をより分けながら、おざなりな返事が返ってきた。そう、それだ。
途端、しん……と周囲が静まり返った。
「……今、なんて?」
カタタタタ、と妙な音だけがリスリスさんから響いている。
見ると、解体に使っていた刃物が小刻みに揺れていた。
そして、リスリスさんの手も。
「ヨルムスケイルっていう……大きい蛇なんだけど……」
ひゅ、とそこここで息を呑む音がする。
もしかして、結構よくないことだったんだろうか。
「い、いや、もし本当にヨルムスケイルを見たんなら、大きい、っていうレベルじゃないはずだ……」
「そうだね~、5mくらいの魔物をひとのみだったし~?」
不自然な周囲の様子に、ようやく手を止めたラキが首を傾げた。
「それが、どうかした~?」
「それ、それは……どこで? まさか、三樹内に?」
ああそうか、あんな大きな魔物が三樹内にいたら、大問題だ。
安心させるようににっこり笑って、首を振った。
「ううん! 大丈夫、四樹内だったよ! オレたちうっかり境目にいたみたいで!」
目に見えて安堵した彼らに申し訳ないと思いつつ、そんなに有名な魔物だったのかと驚いた。四樹内はああいう魔物がたくさんいるのだと思ったけれど、それなりに脅威の大物クラスだったらしい。
「うっかり……? うっかり迷い込めるような場所じゃ……」
「ヨルムスケイルを見て、よく無事で……?」
「つうか、さらっと流れたけど5m級の魔物??」
あっ……オレたちの不手際がバレてしまった。
怒られるかと思ったけど、ドン引きですんでいるらしい。
「あのなあ、四樹内は別世界って言っただろ? 命があったからよかったようなものの……! ちょっと、こっち来い」
あ……やっぱり怒られるみたい。
据わった目のリスリスさんが、プレリィさんたちのいる厨房までオレたちを引っ張っていく。もしや二人にも怒られる? いやいや、二人に言われて行ったんだから、二人が怒られるのかもしれない。
一応しおらしい顔でついていったものの、厨房についた途端、リスリスさんが真剣な顔をした。
「店長、彼らが森でヨルムスケイルを見たと……! 聞きましたか?!」
「え、そうなの? どこで? 四樹内に入っちゃった?」
目を丸くしたプレリィさんと、駆け寄って来たキルフェさん。
「うーん、入ってはいないというか、片足くらい入っていたというか……」
「あはは、気付かないはずがないと思ったけど、もっと詳しく言えばよかったね」
いやそれは本当にそう……!! もう少し、四樹内の怖さとか言っておいてほしかったよ?!
「店長、そこじゃないです! ヨルムスケイルが、境界まで出て来てるって危険でしょう?! 俺、ひとまず知らせてきます」
「ああ、うん。その方がいいね。それでも四樹内なら、たまたまってこともあるけどね」
駆けて行ったリスリスさんを見送り、変わらぬ穏やかな顔を見上げた。
「ヨルムスケイルって、もっと奥にいるはずだったの?」
「そりゃそうさね! あんなのがホイホイ近くにいたら、たまったもんじゃないだろ」
キルフェさんが呆れた顔でオレたちの頭を撫で、無事でよかったと息を吐く。
「ヨルムスケイルはねえ、森人郷を襲うことがあるから。だから、動向には気を付けなきゃいけないのさ」
そうなのか……! さすがに、あの巨体で森人郷まで来られたら、討伐できても被害は甚大。もはや洪水や土砂崩れ的な災害クラスだ。
なるほど、いかに近づけないかが重要なのかもしれない。
巨体、というのはそれだけで脅威なんだな……。
『当たり前にそうよね』
『主はロクサレンに冒されてるんだぜ』
……確かに、カロルス様なら一撃だな、とか思ったけども!!