977 三樹内
音もなく、レーザーのように伸びてくる舌は、方向さえ分かっていれば直線的で避けやすい。
……少なくとも、俺たちには。
「僕、そのうち当たるよ~?」
忘れてた! ラキ!
泡を食って、ラキの前に立つタクトとオレ。
……信頼は嬉しいけど、そう思うならせめて、伏せるなりなんなりしてもいいと思うんだけど?!
舌の角度が随分変わったのは、樹上から落とされたままだからだろう。
近付きつつあるだろう本体を探して、目を凝らす。
「よっ!」
再び襲い来た舌を、タクトの剣が余裕をもって弾いた。
「……そこだね~」
ああ、だからラキは隠れていなかったのか。
目を細めて撃ったのは、水鉄砲。
ばしゃっと水球が弾けた先、何があるわけでもなかったそこに、魔物が現れた。
「カメレオン……かな?」
「でっか! 変な色だけど、割と食えそうか?!」
怒っているのだろう、せっかくの光学迷彩のごとき保護色を派手に明滅させながら、片目の巨大カメレオンモドキがこちらを見据えていた。
ただ、本来のカメレオンよりは大分素早そう。舌を伸ばすより、直接襲いに行った方が早くない?
「シャメレオンティス……の、でっかいやつか?」
「だいぶでっかいけどね~」
それって、確か猫くらいのサイズだったはず。これ、5メートルはあると思う。
ひとまず、魔物の方にも遠距離が得意という自覚はあるらしく、怒ってはいるけどそれ以上近寄って来ない。ただ、もう姿が見えた時点で、優位性は大幅減だと思うけど。
よし、遠距離なら、ラキに任せよう。
カメレオンの前肢にぐっと力が入ったのが見える。迎撃すべく、オレたちもぐっと身構え――
「「!!」」
視線を交わす間もなく、オレとタクトは思い切り足場を蹴った。
ザザア、と激しく鳴った草の音と、視界を横切った壁のような何か。
なぎ倒される巨大な草から飛び退き、飛び降り、素早く根元へ身を隠す。
『何か』は、ひと噛みで仕留めたらしいそれを、ゆっくり喉の奥へ飲み込んでいく。
さっきまで、オレたちを捕食する気満々だった、巨大カメレオンを。
僅かに膨らませた喉元を晒しながら、顎を閉じた魔物。
硬質な鱗、まぶたのない目……顔の一部しか見えないけれど、多分、蛇だろうか。
巨大な草木が、途端に普通サイズに見えてくる。
カメレオンを吞み込んだ蛇は、満足げに細い舌を出し入れした。
ぐるり、ゆっくり踵を返す瞬間。
巨大な目が、ちらり、とこちらを見た気がした。
そして、小さい、いらない――と、判断された気がした。
草の鳴る音が悠々と離れて、ふいに消える。
近付く音だって、聞こえなかったもの。恐らく、樹上などから襲いかかったのだろう。
「で…………っか?!」
「あれはちょっと、大きすぎない~? ワームよりでっかいよ~?」
「だ、だってあのカメレオン一飲みだったよ?!」
しばらく息を潜めていたオレたちは、安全を確認して一気に額を寄せ合った。
勝てないとは言わない。
だけど、さすがにちょっと素材狩りに行くノリで、冒したいリスクの程度じゃないよ?!
小脇に抱えられたままのラキが、首を捻った。
「三樹内がこんなに危険なの~? あれ、明らかに中小魔物じゃないよね~」
「中小なわけねえよな?! でかい系は三樹外から、強い系はもっと外、って言ってたよな?!」
こくり、と喉を鳴らしたオレたちに『ピッ』と軽やかな鳴き声がした。
「ティア……え? あ、ホントだ」
やれやれと言いたげな様子で示された場所。
「あっ、そんなところにリリビア~? そっか、ここギリギリ地点か~」
巨大な草木に隠れるように、確かにひっそり佇む華奢な樹木があった。
「ええ~こんなところにあったって、全然わかんないよ?! 森人、これ見つけられるの?」
つまり、あの蛇は四樹内にいる魔物のよう。
確かに、五樹結界と言ったってシールドじゃないもんね、普通にエサがあれば越えてくる。
「も、もうちょっと戻ろっか」
力なく笑うオレに、二人は神妙な顔をして頷いたのだった。
「やっぱ、こんだけ深い森だと、魔物はすげえランクのがいるんだな」
「ちょっと、想像よりも桁違いだったね~。さすがに無理かな~」
素材狂のラキにそう言わせるなんて、相当だ。
キルフェさんも、そう言っておいてくれればいいのに……と思ったけれど。
これは、ちょっとオレたちが悪かったかもしれない。
「三樹内とそれより外じゃ、森の雰囲気が全然違うね」
さっきいた場所は、ほぼ四樹内。あんな巨大な草木が密集しだした時点で、おかしいと明らかに分かるはずだったんだ。つい、ズルしてシロですっ飛ばしてきちゃったもので。
ちなみに、魔物図鑑によると、さっきの蛇はBランクになるらしい。
だけど、魔物はCを越えてくると、中々正確に判定は難しいのだとか。
そりゃ難しいよね、残りAかBしかないんだもの。あれがBでカロルス様が相手したヒュドラがAというのは、微妙な気がする。圧倒的にヒュドラの方が上だと思うから。
「なあ、ここにいる間に、あいつ討伐できたらいいな!」
「別に、わざわざ討伐する必要はないんじゃない?」
相性や条件の問題があるとはいえ、ラキとタクトもBランクの魔物は倒している。不可能ではないかもしれないけれど……。
「せっかくBランクを狙うなら、もっと素材的に価値があるものがいいよね~」
図鑑を眺めるラキの目が、異様な輝きに満ちている。図鑑、ラキに渡すんじゃなかった……。
ひとまず、オレたちは予定通り三樹内に戻ってお目当ての食材狩りと素材狩りをしている。
さっきの巨大草木を見ちゃうと、ここらの巨大さがかわいく見えてくるから不思議だ。
ふいに、シロが首を上げて三角耳をぴこりとさせた。
「どうしたの?」
『うーん、人がいるんだけど……ぼく、危ないのかそうじゃないのか、分かんない』
困った顔で首を傾げているけれど、つまりどういうことだろう。
「誰かが襲われてる~?」
「でも、朝みたいに隊組んで行くんだろ? 大丈夫なんじゃねえ?」
不吉なことを言うラキに顔を引きつらせ、水色の瞳を見つめる。それなら、シロはすぐさま駆けつけると思うんだけど。
『う~ん? やっぱり分かんない』
「えっと、とりあえず……行ってみる?」
――行けば分かるだろう、と駆け付けたはいいものの。
「これ、助けがいるのか……?」
「いらないんじゃない~?」
うん、来てみても分からなかった。
「うーぬぬぬぬ……ヤッバいそろそろ限界、限界来ちゃう?! ちょっとそろそろ誰か来る頃合いじゃない?! もういいんじゃない?! けど今これって結構貴重な、筋肉伸ばし状態の鍛錬になっている気がするっ! まだ、いけるかも――あ、やっぱ無理無理!」
……何やってるんだろう。
そっとしておいていいやつだろうか。いいような気がする。