975 きらきらする人は
「消化不良なんですけど~~」
不服をありありと顔に浮かべ、ラキが不貞腐れている。
「俺だってそうだわ! どうする? もう俺らだけで行く?」
ひとまず森人郷に戻って来たオレたちは、危険物のごとく素早く隔離されていくヌヌゥさんを見送り、何となく部屋まで戻って来た。
戻っては来たものの……加工馬鹿という変人奇人の1人がここにもいるので、今にも素材狩りに戻りそうだ。
「リスリスさんたちに声をかけたら、ちょっとメンドクサイから、プレリィさんに声かけて行く? 本当に危ない場所とか、魔物とか、立ち入り禁止とかあったら困るし」
彼なら、正しくオレたちの実力が分かるだろう。本当に危険かどうか、そこを知りたい。
「いいけど、プレリィさんに言ったら絶対、色んな用事言いつけられるぞ」
「そこはまあ、一応護衛なんだし~? いいんじゃない~?」
「護衛ってそういうものだっけ……?」
それはむしろ雑用係……? オレの中のカッコイイ護衛像が崩れていく。
ただ、プレリィさんの注文は食材だろうから、オレも知りたいし採りたい。
それにオレだって、期待していただけに森の散策がこれで終わりは物足りない!
頷き合ったオレたちは、さっそく部屋を出て昨日の店へ向かった。多分、プレリィさんなら早朝からここにいるに違いない。
「や~いいねいいね! 森人郷サイコーッ!」
「朝からこの贅沢を味わえるなんて、私一生ここに住んじゃおうかなー!」
「おかわり!」
……朝っぱらから空の皿を積み上げているのは、とても見覚えのある人たち。
「あんたらねえ、確かに朝食は出してやるって言ったけど、そこまでサービスするとは言ってないよ?! 働いてもらうからねっ?! 食材でも採って……いや、それが無理なら皿洗いと掃除でもしな!!」
「キルフェちゃん、舐めてもらっちゃ困る。俺らを誰だと思ってんの? そんないい働きができると思うか?」
「そーそー、掃いた後は見事にゴミが主張し、皿は急に自己否定に走って自害する……そういう星の元に生まれてるのよ!」
「つまり、我らの働きはマイナスを生み出す」
「「その通り!」」
ぴしり、とキルフェさんの額に青筋が浮かんだのが見えた気がする。
あの、違うんです。人間ってみんなこんな感じってわけじゃなくて……! これはこの人たちが特殊なんです!!
誰にともなく言い訳をしたくなる場をそそくさと離れ、厨房の方へ避難した。
フロアの方から響いてくるのは、怒号か悲鳴か。朝早い時間で良かったね。
「プレリィさん、おはよう!」
思った通りそこにいたプレリィさんは、既に忙しそうに動き回っていた。
「それは料理? それとも保存分?」
「これは保存分だね。まったく、時間がいくらあっても足りないよ」
木枠の窓から入り込む日差しが、嬉しそうに微笑むプレリィさんを柔らかく照らしている。キッチンツールまでほとんどが木製の厨房で、淡い緑の瞳がきらきら朝露のよう。
好きなことを、している人の顔だ。
まるで、内から光が溢れるみたい。
ふふっと笑みが漏れた。
プレリィさんのわくわくと楽しさが伝わってきて、オレまでそわそわする。
何か、したいとうずうずする。まるで、シロみたい。
それはきっと、シロがいつだって楽しくて、大好きが溢れているから。
シロは、いつも好きなことをしているんだな。
それ以上声をかけるのも憚られて、出されたホットティーをひとくち。
手に温かな木のカップと椅子、カウンター。
穏やかな朝の光、鼻に抜けるいい香り。……なんだか、贅沢だ。
テキパキと動き回るプレリィさんを見物しながら、しみじみ呟いた。
「好きなことをしている人って、本当に素敵だね。そばにいるだけで、気持ちが持ち上がる気がする」
もうひとくち、ホットティーを含んだところで脇腹を肘で突かれ、吹き出しそうになってタクトを睨み上げる。
だけど、返されたのは『余計なことを言うな』と言わんばかりのボディランゲージ。首を傾げた時、反対側から嬉し気な声が聞こえた。
「僕も、好きなことをしてる時は素敵かな~? もっとそばで付き合ってくれてもいいんだよ~? いくらでも気分上げてくれていいよ~」
そろ、と見上げたラキが、とってもご機嫌に微笑んでいる。
「あの、うん、それは、そう……なんだけど」
「そうだよね~。気付かなくってごめんね、次から素材買いにいくときも、加工するときも声をかけるね~」
ち、違……いや、何も違いはしないんだけど。でも、ラキのは……ほら、奇人変人枠なので……。
藪蛇発言に項垂れていると、足音も荒くキルフェさんがやってきた。
どうやら、お説教は終わったんだろうか。
「ちょっと、あんたらあのへっぽこどもを何とかしてくれないかい?! あいつら、本当にランクアップする気あるんだろうね?!」
どかっと椅子に掛けたキルフェさんが、エプロンを外した。そう言えば、どうして当然のようにここで働いてるんだろう。
「どうなのかな? だけど、無理にランクアップして危険な目にあってほしくないし……」
ちょっと肩を竦めると、少し力を抜いたキルフェさんが苦笑した。
「いやいや、こんなちびちゃんにそんなこと言われてどうするんだい。そりゃ、あたしもそうは思うがね、ランクアップしたいって言うなら、協力しようって思うじゃないか」
それはそう。オレたちも、『草原の牙』が本当にランクアップを望むなら協力は惜しまない。
「別に、いいんじゃね? だってニースの兄ちゃんたちってさ、Cランクが目標で、それ以上は考えてなさそうだし」
「そりゃ考えてないっていうか、考えられないの間違いじゃないかい?」
笑うキルフェさんが、少し目を細めた。
「まあね、確かにね。目標に向かっている間が、一番楽しいもんさ。あいつらは、それが分かってんのかもしれないねえ。腰抜けには違いないけども」
それは……オレにだって覚えがある。
だって、先日のランクアップの件だって。目標がランクアップなら、さっさと上げてしまえばよかったんだ。だけど、そうはしなかった。もっと、楽しみたかったから。
確かに目標は達成するためのものだけど、『草原の牙』面々は、それを苦行じゃなく楽しみに使っているのかも……。
早々に達成するだけが、素晴らしいことなのじゃないのかもしれない。
料理だって、お手軽に作れるものを手間暇かけることで、得られる楽しみもある。時短料理も素晴らしいし、結果は同じ料理かもしれないけれど。
「そんなとこまで、考えてるかな~?」
そんな深い想いが隠されていたのか、と半ば感動するオレに、水を差すセリフが聞こえる。
「ええ……だって、あの3人を見てよ! この時間をしっかり楽しもうって感じがするじゃない? あの仲間だからこその時間を大事に、みたいな」
「しないよ~? 楽な方に流れてリスクを避けているように見える~」
身も蓋もない?!
なぜかオレが、辛辣な言葉の流れ弾を食らって意気消沈した。
「けど、俺らは? しっかり今を楽しんでるって感じ?」
ちょっとはにかんだタクトが、にっと笑みを浮かべてオレたちに向き直る。
「「もちろん!!」」
視線を交わす間もなく、揃った声。
自然と、零れ落ちる笑い声が、店内にころころ広がった。
「うん、あんたらは、ちっこい身体でめいっぱい楽しんでるさ。眩しいくらいに」
珍しく花の開くような満面の笑みを浮かべて、キルフェさんはオレたちの頭を撫でてくれたのだった。
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だからその日発売日にしたのに!また忘れてた!!