974 奇人変人
「ちがっ……違う! 俺は何も……違う、信じてくれ!! そうじゃないんだ!」
大汗をかいたリスリスさんが、もはや何を言ってるか分からない。
まるで浮気現場を見つかった人みたい。
「え、リスリス覚えてないの? 私、そんなに印象薄かった?! やだ、そりゃ確かに昇る曙と共に儚く消えゆく朝露のように可憐かもしれないけど! 忘れちゃうなんて」
ワンブレスで言い切ったね……なんだかマリーさんを彷彿とさせるけど、ベクトルが自分に向いている分、他所に迷惑は――かけまくってたね?! 全然ダメだね?!
「リスリス、ちゃんと向き合った方がいいぞ。後々禍根を残さないよう、そういうのはきっちり話し合いを重ねて――」
「そんな親しくした覚えないからな?! つうかお前らだって見たことあるはずだろ!!」
言った途端、さっと皆が視線を逸らした。
「いや……見たことは……そっちを見てはいけませんと言われてたし」
「俺も、噂に聞いていたくらいで……なんせまだ20歳くらいの頃だったし」
「俺だって客としてしか知らんわ!! 俺に全てを押し付けるな!」
揉めている……互いに押し付け合っている。そして、どうやら全員この破天荒な人物に心当たりがありそうだ。
「あ、あの、大丈夫なの? 服が溶けるくらいって、かなり危ない状態だったよね? しかも培養液に浸かって意識もなかったんだよ? 体調は?」
どこからどう見ても元気そうなので聞きそびれていたけど、間違いなく危ない状態だったはずではある。
「そうなのよねえ、おっかしいな。私の計算では、一番上の服で止まっているはずだったんだけど……。んん? でも今めちゃくちゃ明るくない?! そこがまずおかしい!」
「な、なにがおかしいの……?」
あの、みんなそうっと離れていくのをやめて?!
回って来たタスキが、そっとオレにかけられた気がしてならない。
「今、何時よ?! ひとまず早朝じゃないよね! ちょっとリスリスぅ、なんでこんな時間なわけ?! 危うく一皮むけちゃうところじゃない! 待てよ……それはそれで、ピーリング効果が……」
「は? お前……まさか、自分で捕食されたのか?! なんて馬鹿な真似を! 他にも実はあるんだぞ、お前の入った実を収穫するとは限らないだろうが!」
「何言ってんの、このあたりで私サイズの魔物はここに近づかないでしょ? つまり私が入った実が一番大きいってこと! なら、リスリスは効率的に私入りの実を収穫するに決まってるわ!」
びし、と指をつきつけられ、リスリスさんが額を押さえた。
「馬鹿か……予定は変更されることもあるし、途中で魔物の襲撃があって撤退することもある。現に、今日は培養液採取を断念するつもりだったんだからな!」
「でも、来たでしょ? 私には美の女神がついているから。結果が全てよ! 死を恐れる者が美を極められると思う?!」
美って……そんな命がけのものだっけ。確かに、そういう人もいるのかもしれないけど……ちょっと、レベルが違う気がする。
「あ、あの、つまり美のために食べられたの?」
「なんで食われたら綺麗になるんだ?」
あっ。あんまり聞かないでおこうかと思ったのに。タクトのピュアな瞳を、貪欲に光る淡緑の瞳が捕らえた。ビクっとしたタクトは、野生の本能で何かを感じ取ったらしい。
「そこな少年! 見込みがあるわ。そういう疑問こそ、美の探求へのあくなき好奇心となるのよ! いい、この植物の培養液は、非常に浸軟作用が強いの。だってほら、漬け込まれた獲物がぶよって脆くなるでしょ? でも、採取された後の培養液では、その効果は限定的。だって循環しないから。マナナ自身が老廃物すら栄養として吸収するからこそ――」
ずるびちゃり、と段々近づきながら立て板に水の説明をする彼女。
ほら、やっぱり。
そういう系統の人だと思った。
タクトが振ったから、タクトが聞くといいよ。そんな捨てられた子犬みたいな顔してもダメ。
無事にタスキがタクトに渡ったので、オレはすすっと離れた。
しかし、そこへ救世主が現れた。
「それで~? この人はどうするの~?」
言外に『捨てて行く?』と匂わせたラキが、油断なくオレを盾にしながら間合いをはかっている。
自らこんな厄介を体現している人に関わるなんて、珍しいなと思ったけど……アレでしょ、素材採りに行きたいからでしょう。
「……さすがに、ひとり残しては行けないか……」
苦渋の決断を下したリスリスさんが、項垂れた。
「そ、そうだよね。ひとまずそのどろどろを流すね!」
「あっ、もうちょっと待って、皮膚の薄いところはともかく、厚いところはもう少し……」
「置いて行くぞ」
さすがに、ひとりで森の中に置いて行かれるのは困るらしい。そりゃあそうだろう、だってこの人、今マナナの木に吸収されて、魔力がほとんどないはずだもの。
渋々応じた彼女に洗浄魔法をかけると、目をつむったまま服を差し出した。だ、だってこの人、すっごく布面積少なくなってるもの。どろどろで覆われていたから、気にならなかっただけで!
「これイイわ~なんか、毛穴の奥まで清められている気がする……。これが魔法なら、私にだってできるんじゃないかしら。そこのベビちゃん、私に教えてくれない?! このヌヌゥ、全身全霊で習得してみせるわ!」
ちび助からベビちゃんに格下げされてしまった……。
いいから、早く服を受け取って!
そして、聞いてないのに名前まで知ってしまった……ヌヌゥさんというらしい。残念ながら、一度聞いたら忘れられそうにない名前と人柄だ。
『お前にはトラブルと変人奇人が寄ってくるな』
『スオーも、そう思う』
ちょっと?! 運担当、諦めた顔をしないで?! もっと頑張って!
「おりこうさん! みんな、ちゃんと後ろ向いてるのね。ちょっとくらい……なんて、それはもうちょっとだけ、仲良くなってから、ね?」
なんだろう、魔力がないはずのヌヌゥさんが一番元気だ。みんな、マナナに生気まで吸われたように萎れた顔している。
『とっても綺麗なのに、ここまで残念なのも珍しいわね』
まふっと肩で弾んだモモが、心からの溜息を吐き出した。
綺麗……そっか、確かに。
正直、きれいな人がまわりに多いから、あまり気にしていなかった。
だけど、お肌はピチピチ、髪はツヤツヤ、とても手入れの行き届いたコンテスト用の犬を彷彿とさせる美しさだ。
『それ、絶対言っちゃダメよ……』
『主には、デリカシーってものがないんだぜ!』
左右からツッコミをいれられ、頬を膨らませた。
どうして。コンテスト用の犬をみんながどのくらい手間暇かけて、大切にお手入れするか知らないから、そんなことを言うんだ。輝く毛並みと瞳、背筋の伸びた姿勢、隅々まで美しい形。
『あうじ、あえはは分かってるかやね。でも、よその人に言っただめよ』
分かってくれたらしいアゲハが、優しくオレの頬を撫でてくれた。
「とりあえず、帰るか……。その恰好については、もうツッコまないぞ」
うん……気にはなりつつ、皆が目を逸らしている。
せっかくラキサイズの服を渡したのに、なぜか勝手に方々をまくり上げて結び、肌面積が多くなっている。
「なぜって? そりゃあ磨いた美は披露することに価値があるからよ! 人類の宝よ? 崇めてもいいのよ? ちなみに供物は現金でいただくわ」
なんだろうな……、こんなに弾けんばかりにほとばしるエネルギーを感じるのに、なぜかオレたちのエネルギーは減っていく。
シロだと、回復していくような気がするのに……。
一応、護衛しながら村に着いた頃には、オレたちはすっかり萎びていたのだった。
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正式タイトル:
『りゅうはきっと、役に立つ。ピュアクール幼児は転生AI?!
最強知識と無垢な心を武器に、異世界で魂を灯すためにばんがります!1
――デジタル・ドラゴン花鳥風月――』