973 中身
「ひと……? え、マジか……人?」
タクトが引きつった顔でそろりと巨大ウリから離れた。
「どういう意味だ? 人? まさか、嘘だろう?!」
リスリスさんも気が付いたか、顔色を変えて口元を押さえた。
「嘘じゃない! その中から、人の気配がする……!」
「そんな……だって、ここにマナナの木があるのは皆知っているはず! 採取に来るのは万全の準備をして、複数人と決まっているんだぞ?!」
そうは言っても、今、ここに、人の気配があることは変わらない。
それも、この実だけ。他にはいないようで、少なくともそこはホッとした。
「……生きてる、って言ったか?」
信じたくない、と言っているリスリスさんの視線に、頷くしかない。
すぐさま巨大ウリを解体するつもりだったけど、ふと躊躇った。
「うん……生きてる、って思う。でも、液体に浸かってるのに本当に生きているの? もしかして、感知が間違ってる?」
だって、培養液が満ちているらしいのに、本当に? オレたちがここへ来てからだけでも、それなりの時間が経っている。人間、液体の中でそんなに生きられない。
「あ、ああ……いや、間違ってると思いたいが……これは『消化液』じゃない。『培養液』なんだ。魔力が切れるまでは、生きている……その方が、効率的だからな」
「それって、本当に『生きてる』んだよね……?」
もし、もしだよ? 心臓の代わりに魔物の一部が入り込んで働きを代替しているような……そんな状態だとか、ないよね?!
『あああああ主ぃ! そんな怖いこと言わないで?!』
『おやぶ、大丈夫よ、あえはが守ったえるから』
だって……だってオレ現代日本から来てるんだもの! 人工的な装置とか、こう……SF的な培養液に浸かった脳だとか、思い浮かべちゃうじゃない!!
「それは……。原型をとどめている魔物はいくらか見たが、そもそも意識はないしすぐに処理するから……」
原型を留めて? ……やっぱり、中身って『そういう』感じになったりする……?
「あ、ちょっと僕離れてるね~」
「俺も……」
そそくさと離れていった二人を恨めしく睨んで、きゅっと唇を結んだ。
どっちにしたって、このまま放置するって選択肢はないんだから。だったら、魔力が切れる前に早く! 少しでも、可能性があるうちに……。
「リスリスさん、これ、どうやって開ければいい? どうなっていたって、やるしかないよね?! だったら、早くしよう!」
「君は、回復ができるんだったか……。いや、しかし、さすがにこれは」
渋るリスリスさんに、他の森人がそっと耳打ちした。
「リスリスさん、一旦この子らを離して開けましょう。もしまだ消化されていない状態なら、遺族のこともありますし」
「もし本当に生きているっていうなら、回復薬でなんとかなれば……」
聞こえてる、聞こえてるよ。そして遺族って言っちゃってるよ。
「いいから、遠慮しないでひとまず確認しよう!」
「分かった。しかし、ひとまず――」
オレの方へ向いた視線と同時、ふいに視界が遮られ、オレ担当の森人に目隠しされたのだと気が付いた。
そういう場合じゃないと思いつつ、でもやっぱりあんまりにも衝撃的な姿だったら、一呼吸あった方がいい。大きな手に甘えることにして、そのまま頷いた。
「よし……いいか、開けるぞ」
意を決したリスリスさんの声とともに、数人が動く気配がする。ミチッ、ミチッ、と聞こえる音は、多分巨大ウリを割っているのだろう。
「布の準備はいいか? すぐに被せるんだ、いくぞ、1、2、さんっ――!」
バシャァ、と想像より大きな水音がした。
同時に漂う、濃厚な甘い香り。
きっと、本来いい香りなのかもしれない。けれど、今は……思わず鼻を押さえた。
「うわぁあ?! リスリスさん、ほ、本当に人っ、人がっ?!」
「嘘だろ?! 人が食われるなんて今まで……!!」
深呼吸すると、緩んでいた大きな手を振り切って目を開けた。
「生きてる、よね?! オレ、回復するよ!!」
周囲にオレンジ色のどろどろした液体が飛び散り、ちょうど、人ひとり分くらいのサイズで膨らんだ布。オレンジ色が方々に沁み込んで、特に中央の膨らみは染まっている。
培養液が赤色じゃなくて心から良かったと思う。
「大丈夫、『ちゃんと』生きてる!」
布に近づいても、今度は止められなかった。
ひとまず緊急措置として布越しに手を入れて、回復を施した。
ぬるりと手に伝わるのは、培養液だと思いたい。
だけど……ちょっと首を傾げた。
もしかして、魔力がまだ残っているから? 思ったのと違うかもしれない。
このまま回復できたらいいんだけど……重症ならなおさら、視覚による損傷の確認もした方が確実。
布地を取ろうと手を伸ばした、その時。
「「「うわああああ?!」」」
『ぎぃやあああ?!』
『おやぶ、大丈夫よ、怖くないのよ』
『スオー、割とこれは怖いと思う』
森人とチュー助の絶叫が響く中、ハロウィンのお化けのように、むくりと起き上がった布地を見つめた。
みんなの声にビックリしたけど、大丈夫、これはお化けじゃない。
悲鳴と同時に、逆に飛んできたタクトが、俺の横で首を傾げている。
「え、そんなすぐ起き上がれる程度だったのか?」
「大丈夫~? 布をめくったらグールだったりしない~?」
「いや、グールだったら怖くねえわ」
落ち着いた二人が凄いと思いつつ、オレはもそもそ蠢く布を振り返る。
ちょうど、引っ張られた布がでろでろべちゃりとその役目を終えて。
……オレンジ色のどろどろが、森の中に姿を現した。
2本の突起……腕、だろうな。それがぐっと真上に伸ばされて、次いで顔らしき部分を覆った。
その隙間から、確かに覗いた目。それが、ひたとオレたちに向けられる。
こくり、生唾をのんで口を開いた。
「……あ、あの。大丈夫? 話は、できる?」
小さく声をかけた途端、顔部分を覆っていた手が下がって、ぱかっと大きな口が開いた。オレンジ色のどろどろの中、その赤と、白だけが異質に見え――
「――ねえ、私、きれい??」
……なんて?
オレは思わず周囲を見回した。
うん、ファンタジー。森。決して都市じゃないし、黒髪でもなければマスクもそもそもつけてない。
「え、ちょっと無視?! せめて頷くくらいできるじゃない?! なんなの?! てゆーかよく見たらめっちゃちび助! なんでこんなところにちび助がいるの?! 危ないよ?!」
ちょっと現実を確認しようとしていただけなのに、非現実の方がぐいぐい来る。
オレンジのどろどろを撫で落としていくと、五体満足なようで、ひとまずほっとした。これで半分溶けてるなんてことになったら、完全なるホラー……いや、そうでもないか。
「んっふふぅ~お肌はきっとピッチピチぃ~、あ、やだ何、ちょっとこれ私セクシーすぎない?! やだ、目の毒ね、どう? うふふ、ラッキーさんめ!」
誰も何も言わないけど、オレンジのどろどろもとい、森人らしき女性だけがしゃべり倒している。そして確かに、衣服はその手が撫でるにつれて結構もろく崩れていく。やはり、間一髪だったのではないだろうか。なんで嬉しげにポーズをとっているのかだけが分からない。
「あ、リスリス久しぶりぃ! 私、どう? きれい?」
そして、知り合いだったの……? の視線に、リスリスさんの首は高速で振られていたのだった。
もふしら19巻、予約開始されたようですよ!!
表紙イラストがとんでもなくかわいいので必見!!必見!!!