970 震撼の森人
「わあ、本当に建物は貴族用だね」
「本当にそれ用だったからなあ。ま、今来られたらちょっと困ることになるが」
それはそう。だって――
「えっ?! リスリス、それ誰だ?」
「どこの子ー? 可愛い!」
「もしかして、こんなちっちゃいのに料理人を志すとか?」
わらわら集まって来た、たくさんの森人たち。
元々は貴族やお偉方が泊まるための場所、兼料理人の卵たちが修行と生活する場所だったらしいけれど、今はこの通り、もう後者としてしか使っていないらしい。それはそれでもったいないけれど、なぜかあのお店以外の料理人たちも集まって、料理人の館と化しているらしい。
「この子らは……店長の連れだ。丁重にな」
低い声で言ったリスリスさんに、周囲の森人たちが訝し気な顔をする。
「店長って、あんたじゃないの」
「どういう意味? どこの店長?」
ああ、リスリスさんって現店長さんなのか。森人は年齢が外見から想像できないから、もしかして見た目通りの若者じゃないのかもしれない。
ふと、リスリスさんが悪い顔をした。
「俺が店長と言えば、1人だろう? 後でここにやってくるからな……?」
意味深なその顔、その口ぶり。
『?』を浮かべていた森人たちが、徐々に顔色を変えて行く。
あ、これはオレでも分かる。
そっと両耳を塞いだその後、館は盛大な絶叫が響いたのだった。
「――ど、どどう、どどいう、どういうこと? あ痛っ! 俺、腹が痛くて明日は飯担当できねえって――」
「嘘だろ?! いつ? いつ来るんだ?!」
「た、滞在は?! 俺、昨日当番だったし……イケるよな?!」
……うん、ここでもプレリィさんは魔王扱いだ。本当、どんな店長さんだったんだろう。
ちなみにプレリィさんとキルフェさん、そしてまだ食べてたリリアナ+草原の牙はお店に残っている。積もる話もあるだろうしね! 決してお料理の指導ではない……はずだ。
「まだ詳しいところは聞いてないが、滅多に来ないんだ、きっと素材収集と保存食作りまくるに決まってる。結構な時間滞在するんじゃないか? 飯当番は、必ず当たると思え」
当たってる。さすがリスリスさん……プレリィさん、100年分くらい作るって言ってたよ。
崩れ落ちる人もいる中、事態が呑み込めずにおろおろしているのは、きっとプレリィさんが去った後に来た人たちなんだろう。
「料理人しかいねえ宿で、飯食えるのか? 最高じゃねえ?!」
「しかも、プレリィさんがいるとなったら、絶対最高の品が出てくること間違いなしだからね~」
「なるほど?!」
つまり、オレたちにとっては得しかない! 3人で顔を見合わせてにんまりしたところで、諦めの境地に至って落ち着いて来た彼らの視線が集まった。
「え……じゃあもしかしてこの子らは、初代店長の子?!」
「相手は森人じゃないってことか? あー……キルフェちゃん……」
「けど、人の子って小さい間が20年くらいしかないって聞いたぞ? 生まれたてってことにならねえか?! つまり、新婚?!」
人間に対する認識が大雑把すぎる。
なんか、とんでもない噂が広がりそうになったところで、リスリスさんがパンパンと手を鳴らした。
「落ち着け! 彼らは店長の子じゃ――え? でも、そういえば誰だ? なんで店長と一緒に?」
リスリスさん……プレリィさんのことで頭がいっぱいだったんだね……。ようやくオレたちに興味が向いたみたいで良かったよ。
「オレたちは、護衛だよ!」
にこっと笑うと、釣られるように笑った周囲が、直後真顔になった。
「ごえい、って言うと……?」
「護衛は護衛だよ! プレリィさんを守るお仕事!」
何か別の意味があったかのような聞き方をしないでくれる?! 想像している護衛で合ってるよ!
「店長を守る……?」
「何から……?」
「ほら、アレじゃねえか、湿気とかカビ……」
「ああ、もしかして健康管理的な? 店長食わずに作り続けたりするし? ……にしてもこんなちび助たちが?」
オレ、湿気とカビからは守れないかもしれない。頑張るけども……そこは本人が頑張ってほしい。
「やっぱプレリィさんて強いんだな! だって全然魔物に動じねえし!」
タクトがにっと笑うと、周囲一同が恐ろし気に深々頷いた。
「そらそうよ。1人でこの森に入って狩ってくる人だし……魔法使いで、だぞ?!」
「僕ができるなら、みんなだってできるよ! って何度天使の顔で言われたか……」
「あの人は……すげえ無駄に自己評価低いとこあんだよなあぁ!!」
「デキるやつは! ちゃんと自覚持ってくれよなあ?! そんな謙虚さいらねえ~!!」
えっと……そんな迷惑のかけ方ってあるんだね……。実力ある人は、それ相応に偉ぶっている方がいいのかもしれない。
「ユータみたいだな」
「ユータみたいだね~」
『あなたと同じね』
『主もだぜ!』
『反省しろ』
ほぼ同時に内外から一斉にオレに矢印が向いた。
「オレ?!」
心底仰天して目を見開いたのに、どの視線も生ぬるい。どこにもオレの味方はいないらしい。
「それが、なんで護衛なんてことに?」
「道中下処理とか、料理に専念したいからっつってたか?」
「どっちかと言うと、森人郷に連行するための枷っていうか~」
あと、護衛関係なくオレの収納を使いたいってのも、大きいのかな?
理由を聞いた森人たちが納得顔で深々頷いた。
「ああ……効率厨だもんな。解体しながら討伐したらいいんじゃ……とか、水魔法で洗いながら討伐してるの見た時は、さすがに魔物に同情したよ」
それは確かに効率がいい、と思ってしまったことは言わないでおこう。
「ちなみに、君らはいくつなわけ? 人間の子どもかと思ったけど、護衛をするなら大人なんだよね? 別種族の血が入ってるのかな」
どこか安堵したような顔で問われて、視線を交わした。この、森人郷から出たことないような人たちにとって、10歳未満って……どういう感覚? 言って大丈夫なんだろうか。
でも20歳です、とか言うわけにも……
「ひとまず先に言っておきたいのは~、Cランク冒険者だから安心してっていうこと~」
ラキの前置きに、『やはりな』という表情で頷く森人たち。
「で、でも、割りと見た目通りの年齢っていうか――」
「フツーに人間だぞ! 俺らは9歳、ユータは6歳だ!」
快活に答えてしまったタクトに、森人たちの目が見開かれる。
ぎぎっと錆びついた機械のようにオレたちを眺めまわした視線。
そして……
「はあぁあーー?! 新生児ーー?!」
「え、え、どうする?! 人の赤ん坊って何食うの?!」
「もう立つの?! 人ってすげええ!!」
なぜかタオルを持って来る人、クッション片手にオレたちの周囲をうろつく人、まさに館内は蜂の巣をつついたような大騒ぎになってしまった。
「違うよ?! もう十分ちゃんと子どもだから!」
「ユータ、それはちょっと意味が分かんねえ」
「森人って6歳でも赤ちゃんなんだね~面白いね~」
ああもう! タオルにくるまないで?!
とりあえず……プレリィさんとキルフェさん?! 早く来てくれないかな?!
オレたちがようやく一息つけたのは、それから大分後になってのことだった。