967 森人観
「揺らした方が面白いのに、な?」
「オレもそう思う……だって、せっかく揺れるのに、ね?」
こそこそささやき合いながら、オレとタクトがしずしず歩いて橋を渡っていく。
後ろから盛大な悲鳴が響いてくるから、草原の牙もキルフェさんに追われて橋に侵入したらしい。人間、怖いものがあっても、もっと怖いものがあれば克服できるものだ。
「素材店、楽しみ~。きっと、他所にはないものがたくさん……」
ふふふ、とほくそ笑むラキが怖い。
オレとタクトは頷き合った。ラキが素材店に入った瞬間に、別の場所へ行こう。
絶対、動かなくなるし。
「俺らは、飯食ったあとどこ行く?」
「オレは食材を見たいけど、タクトは?」
「武器っつっても剣はあるしなあ……なんか美味いもんねえかユータについていこうかな。お前について行った方が色々あって面白いし」
「色々って何?!」
ひとまず、オレはラキほど食材店に長居しないから。森人郷の商店街を見て歩きたいし。
「そういや、宿も探さねえとダメだよな?」
「あ、そうか! なんか森の中だから、野営みたいな気分だった!」
「町中で野営していたら、さすがにねえ~」
じゃあ、夕食も町で食べることになるよね! ここへはどのくらい滞在するんだろう……宿代と食事代が馬鹿にならないことに……。
「そう言えば、森人郷の相場って?! こんな奥地だからすんごい高額とかだったら……!」
「なんで奥地だと高いんだ? フツー安くねえ?」
「田舎とか、奥地の方が安いよね~」
ああそうか、だってそこに住んでいるんだもんね。客のために物資を運ぶわけじゃない。
「でも、安いかどうかは分からないね~。情報が少なかったし~。まあ、王都より上ってことはないと思うけど~」
そんなに情報がないということは、一般からそこまで乖離がないのだろう、というラキ判断らしい。
オレたち、結構お金ある方だと思うけど、森人郷の外で野営できるかどうかも調査しておく必要はあるかもしれない。
そうこうするうち、橋の終点に辿り着いたオレたちは、しばらく待ってもやってこない草原の牙にしびれを切らして、先に教えてもらった辺りまで下りることにした。もちろん、オレはそれがどこか分からないけど、二人は分かるって言うから。
「けどさあ、平面じゃない地図って中々覚えにくいな」
「ちょっと慣れがいりそうだよね~」
ふうん……平面でも分からないのに、じゃあオレが分かるわけないね。
早々にシロに頼ることを決めて、そう言えば森人郷でシロはうろつけるだろうかと眼下を見下ろした。
ちょうど、オレたちはつり革で下りているところ。町の様子がよく見える。
食べ物街は、棚茸のそれなりに上の方から段々になって1階層まで続いているようだったから、一番上から下りて行ける位置へ向かっている……らしい。
「シロは……うん、大丈夫そう!」
『本当?!』
「蜘蛛だって歩いてるくらいだしな!」
「そもそも、人は基本冒険者しか来ないだろうし~」
それもそう。森の中自体は『森の案内』で来られたとしても、ここまで来ること自体が中々の冒険だし。
やがて、ちょうど付近の棚茸に下りられそうな場所で、つり革がすうっと止まった。
え、つり革って止められるの?! すごいね、ラキ……。
下りる力と引っ張り上げる力の中間でバランスを取るなんて、森人だって高難易度じゃないんだろうか。せいぜい、降下スピードを調整して下りるくらいじゃない?! ちなみに、ラキの足は棚茸に届いているけれど、オレの足は全然届いてませんけど。
「ここから、また『橋』が出てたと思うよ~」
「よく覚えてるね……」
二人の案内で棚茸から棚茸へ渡り歩いてしばし、段々と人が多くなってきた。
「ここは大きなスペースだったし、シロが出て来て大丈夫じゃない~?」
『本当?!』
喜び勇んで出てきたシロが、ぴたりとオレに寄り添った。
賢いね、初めての場所ではこうして害がないことを見せるって、ちゃんと知っている。
何せ、こんな幼児と一緒に歩いている犬が、恐ろしいものであるはずがない。
だけど、こんなに目をきらきらさせてスキップする犬を見て、誰が危険だと思うだろうね。
『地面が、面白いね! いろんな匂いがする!』
固いゴムのような棚茸の地面にはしゃぐシロを見て、行きかう人も微笑まし気な顔をしている。
森の中に住んでいるだけあって、森人は魔物なんかへの忌避感も少ない気がする。
「先に来たはいいけど、あんまり進むとはぐれちゃうよね?」
「そうだね~。シロは、二人が近づいたら分かりそう~?」
『ぼく、分かるよ! おいしい匂いもいっぱいしてるけど、分かるよ! 来たら、案内してあげるね!』
「なら、せめて屋台見てようぜ!」
シロと同じような顔をしたタクトが、ちらちら並ぶ屋台に視線をやっている。
食べ物街はこの先の通りのようだけど、この『食品街前広場』には屋台が並んでいて、食べ物街に入る前にホイホイされてしまう魔の仕様だ。
「これから食べに行くのに、食べちゃダメだよ?」
「分かってるって! 今後のために!」
本当に我慢できるのかなあ……じっとりした視線を向けたものの、タクトならここでいっぱい間食したところで、オレよりたくさん食事も平らげられるだろう。
屋台の造り自体は、他の町と大差ないけれど、なんというか……豪華? 食べ物が、じゃなくて設備が?
普通、屋台って諸々を人力で賄う汗くさい場所だと思うんだけど、焼くにしても冷やすにしても、スマートに魔法が使われている。魔道具使用率がすごく高い。
そう言えば、プレリィさんも魔道具のキッチンを使っていた。森人ってお金持ちが多いのかな、と思って気が付いた。
「そっか、寿命が長いからお金が貯められるのかな……?」
「どんだけ長かろうが、使い切る人は貯められないだろうけど~?」
「『今月は残り日数お芋で過ごさなきゃいけなくってぇ……』なんて、結構言ってるよな」
脳裏に浮かぶ、多分ものすごく年を重ねているはずの小さな森人。そうだねえ……よく使いきってそうな話を聞くねえ……食べ物にしか使わないだろうに。
もしかしてメリーメリー先生は、堅実そうな森人の空気と合わなくて出てきたとか?
我が担任の情けなさを再確認しつつ歩いていると、なんとなく設備が豪華と感じる理由が他にもあった。
こだわり派が多いのか、それとも長い年月やっていると普通にするのは飽きるのか、個々の店にそれなりの個性がある。
統一されたカラーだったり、装飾だったり、なんだか、それを見ているだけでも楽しい。
あと……
「モモモケの花蒸しってなんだ?!」
「カータス焼き? それは素材名なの? それとも焼き方の名前?」
「え~、エンゴウ石焼き肉だって~! エンゴウ石をそんな風に使うなんて~!」
屋台なのに、きちんとメニュー類が書かれている! 屋台ってさ、何売ってるか聞かないと分からないことが多いんだよ。お肉なんて、売ってる人も何の肉か把握してなかったりする。肉は肉だ! みたいな。
ただ、悲しいかな、せっかく書かれているけど何かが分からない。
「モモモケは、うーん、木の実なんだけどね、蒸すとふわふわのパンみたいになるんだよ。あと、カータスは食材の方。すっごく固いお肉なんだけど、これがまたクセになるって人がいてね」
「プレリィさん!」
いつの間にか、涼やかな好青年が背後でにこにこしている。
『ぼく、ちゃんと案内したよ!』
ごめん、オレたちがすっかり夢中になっている間に、シロはちゃんと任務を果たしてくれていたらしい。
「あれ? 他の4人はどこ行ったんだ?」
「もうちょっとかかるかな~? 僕らは、先に行ってようか」
苦笑したプレリィさんが、首を巡らせて目を細めた。
「……ここも、随分高い位置に来たね」
高い位置に来た、ってきっと森人郷独特の言い回しだね。
ふと、森人は成長する棚茸のおかげで、時の流れを感じられるのかな……なんて思ったのだった。