966 どこでも同じ
「す……っごい……」
「うわあ~町が一望、だね~」
「落ちたらやべー!」
簡素すぎる造りは中々尻が冷えるけれど、実はうっすら不粘糸の落下防止ネットがあるのだとか。ここでも蜘蛛さんのお仕事が光っている。
でもタクトなら、落ちても怪我ですみそう、なんて思いつつ眼下の景色から目が離せない。
立体的すぎて全貌が把握できなかった町が、よく分かる。
空を飛んでたどり着いた展望台は、その名に恥じない展望を披露してくれていた。
まるで、テーマパークみたいだ。
「あの広いスペースが大広間だよ。今は催しがないから、広々してるね」
町の中央あたりに位置するひときわ大きな棚茸の上に、手つかずのスペースがあって、大きな館がひとつ。
公民館みたいなものかな?
『だから、情緒!!』
『主ぃ……もっとロマンを感じた方がいいと思うんだぜ』
『あうじは、ろまんが足りないんらぜ!』
そ、そんなことないですぅ! オレの小さな胸には、アンコでもクリームでもなくロマンがぎっしり詰まっている!
「こうしてみると、畑が多いんだね~。スペースはないようであるっていうか~」
「そうでしょ、重なり合うように畑を作ると、結構省スペースになるんだよね。魔法植物系だと日陰でも割りと育つし」
何ならパンケーキのように重なっている畑タワーまである。なるほど、日光を気にしなくてもいい植物があるからこそだね。
「あっちの、屋根に印があるのはなんだ?」
タクトの指す屋根には、円の中に十字が描かれた印がつけられていた。この距離で分かるってことは、多分丸くなったチャトくらいの大きさで描かれているだろう。
「あれは、お家だね。蜘蛛たちの」
「そうなのか?! 蜘蛛、家持ってんのか!」
なんと……戸建てをお持ちの蜘蛛だったのかと驚愕したけれど、どうやら体調が悪かったり身を潜めたりしたい時用の共同施設らしい。普段は、方々の木や棚茸の傘の下に居るのだとか。
「蜘蛛用の目印なんだね~」
感心したようにラキが呟き、本当に郷に根差して共生しているんだなと、オレも少し感動した。
「食べ物街は、あっちの方。お店関連がそのあたりにまとまってるから、行ってみようか」
賛成! と飛び跳ねたオレたちの後ろで、悲鳴が上ってくる。……そうか、草原の牙を忘れていた。
どうやら、1人ずつキルフェさんに連れられて運ばれているみたいだ。
「あの調子だと、だいぶかかりそうだね~」
もうしばらく、ここでゆっくりできそうだと苦笑したところで、タクトが素晴らしいことを言った。
「ユータ、シロ出して! ここで寝転びてえ!」
なるほど?! それはぜひとも!
『いいよ! みんな、ぼくにごろんするといいよ!』
木漏れ日に煌めく水色の瞳が楽しそうに許可してくれたので、3人揃って遠慮なくシロ枕で横になる。
「……やべえ、これ最高」
「耳が気持ちいい~」
「ホント、最高……」
見上げた先には、梢の屋根。
まっすぐ見渡す視界は空と緑。
下げた視界におもちゃのような町並み。
……贅沢だなあ。
下界の喧騒など、ここまでは届かない――
「いやあああー」
「怖えええ!! 揺れるー!」
「安定の大地を渇望!」
……だけど、喧騒の方がやってきてしまう分には、どうしようもない。
あんなに楽しい空の旅なのに、楽しめないなんてもったいない。
順繰りに三者三様の悲鳴を上げながら、やっとそろった3人。展望を楽しむ余裕はなさそうだ。
「ほら、よく見ておきな! 頭ン中に地図叩き込んでおくんだよ!」
キルフェさんの発破に、思い切り腰が引けつつ町を眺める3人が可笑しい。
「だけど……そうか、こういう場所で頭の中に地図を描いておくんだね! オレも後でちゃんと見ておこう~」
でも、後ね、後。ごろっとシロ枕の上で寝返りを打って、その毛並みに頬をすり寄せた。
「後ってなんだ。さっき見たろ」
「ユータは、何のためにさっきあんなに眺めてたの~?」
もちろん、楽しむためですが! そもそも上から見た光景と、地面からみた光景は違うんだから、それを覚えたって実際に使うのは難しいわけで!
「どの位置に立っても地図自体は変わんねえよ」
「言ってる意味が分からないよ~」
オレの方こそ分からない! とむくれていると、くすくす笑うプレリィさんが覗き込んできた。
「とっても気持ちよさそうだけど、そろそろ行こうか? お腹もすいてきたんじゃない?」
「「「賛成!!」」」
飛び上がって声を上げたのは、オレたちじゃない。
何度でも復活できるこの3人は、ある意味不屈の精神を持っているのではないだろうか。
早押しに負けたけれど、オレたちだって異論があるわけもない。
「ここからだと、各方面に行きやすいんだよ」
「けど、この調子であんたら長橋渡れんのかねえ……」
長橋って、もしかして。
わくわくしながらキルフェさんたちについて行くと、やっぱり!
「うわあ、ここ渡れるんだ! こわーい!!」
『こんなに怖そうにないセリフもないわね』
ふよん、と揺れたモモの指摘に、抑えきれないくすくす笑いが漏れ出した。
だって、こんな怖そうな! つり橋よりずっとずっとスリル満点なんだよ?! こんな危なそうなもの、渡っても、いいんだよ?!
堪らずスキップも出ようというものだ。
目指す先に見えてきた、長橋。
下に居た時に見上げていた、木々を渡る長い空中通路が今、目の前にある。
どうぞどうぞと言わんばかりに、そこにある。
「ふふ、君たちは大丈夫そうだね、先に渡ってみる?」
二つ返事で飛び上がったオレとタクト、微妙な顔のラキ。だけど、ここもセーフティネットがあるみたいだから、あんしん設計だ。見えないけど。
「うわー、すげえ! 本当に橋が浮いてるみてえ!」
「板と板の間、空きすぎじゃない~? 隙間から落ちそう~」
「不思議! 浮いてるみたいなのに、頑丈なんて!」
橋の長さは、向こうが随分小さく見えるくらい。そして幅は、オレたちが3人やっと並べるくらい。
一気に駆け寄ったオレたちは、せーので一歩を踏み出した。
「お……思ったより安定してるな」
「案外問題なさそう~」
「もっと揺れてもいいのにねえ」
言った途端、タクトが跳ねて振動が波のように伝わってくる。ただ、想定以上に衝撃は吸収されるよう。
蜘蛛糸素材、素晴らしいな。
「あんまりだな、漕いだら揺れるか?」
タクトが身体全体を使ってブランコのように揺らすと、ゆうら、ゆうら、とゆったりたわむように揺れ始める。どうやら縦揺れに強く横揺れは受け流す仕様のよう。
他の人がいないのを幸いに、オレも体重移動に参加する。右へ、左へ。
それこそ、テーマパークのアトラクションみたい!
「なんか、どこの種族でも子どもは一緒だねえ……」
「そうだねえ。みんなやることに大差ないねえ」
のほほんと縁側で茶をすすってそうな二人が、生暖かい目をしている。
「あはは! 結構揺れるね!」
「落ちたらどうする?! これさ、下にぶら下がっても楽しそ――痛えっ?!」
突如タクトが悲鳴を上げて、揺れが乱れた。
頭をさすって顔を上げたタクトに、ラキがにっこり、絶対零度の微笑みを向ける。
一気に涙目になったタクトが、ピシッと姿勢を正した。
「……橋、揺らさねえ!」
ラキが形だけ温和そうな笑みで頷いて……オレを見た。
「揺らしません! 橋!!」
ひゅうっと冷たい風に頬を撫でられた気がして、心臓が縮まった気がする。どうやら、橋ブランコはお気に召さなかったらしい。
「どこでも一緒だねえ、子どもは」
「そうさねえ、怒られるところまで一緒だねえ」
やっぱりほのぼのしている森人二人の声が、場違いに響いていた。