964 第二の試練?
「酷い目にあった……」
まだ、床がぐるんぐるんするような気がする。ほの柔らかい地面のせいかもしれないけど。
歩いてみると、棚茸がしっかり安定しているのが分かる。ただ、安定はしているけど、苔を踏むようなと言えばいいのか、若干クッション性があるのが不思議だ。
「酷い目にあったのは、僕だと思うけど~」
恨めし気なラキの視線とかち合わないよう、そっと目を逸らした。
ちなみに、ラキはつり皮操作がめちゃくちゃ上手い。オレと一緒に行くくらいなら、と自分で試してみたところ、難なくクリアしてしまった。
さすが、繊細コントロールのラキ。
そして、草原の牙はどんな高所でも己の足で頑張るらしい。ルッコは使えると思うんだけど、断固拒否らしい。
「あんまり変わらないね。全体的に位置が高くはなったけど」
「そりゃあ、あれだけ帰ってなけりゃ棚茸もでかくなるってもんさ」
懐かし気に周囲を見回す二人は、すっかり森人郷の住人らしく馴染んでいる。
当然ながら、秘境も秘境の森人郷を歩いているのはほぼ森人。なんだか全体的に緑色で目に優しい。
人間もいないことはないので、オレたちがそう悪目立ちするでもないのがありがたい。海人のところやヴァンパイアのところなんて、あからさまに異質になっちゃうからね。
「なあ、上の方の通路ってどうなってんの? なんか、木が浮いてるように見えんだけど」
口まで開けて上を見ていたタクトが、不思議そうにそう言うので、オレたちも上を見上げた。圧倒的な規模の樹に沿うように、あるいは木から木へつり橋のように、木製だろう通路が造られている。
「あれ……ホントだ~、どうやって固定してるの~?」
「なんだろ、浮いてるように見える?」
枕木のように板が並んでいるけれど、その板同士をつなぐものが見えない。樹に沿ってはいるけれど、その樹に固定しているものが見えない。
「もしかしてこれも魔法?」
目を輝かせたら、くすっと笑われた。
「そんな凄いものじゃないよ、普通に固定してあるよ」
「だけど、釘とか樹を傷つけるモンは可哀そうじゃないか?」
つまり、それ以外の方法なんだろう。
行ってみれば分かるよ、と誘われるままに、大きな樹をぐるりと飾るように取り付けられた通路に向かった。ぐるぐるとかなり上の方まで通路があるけれど、これを登ってあそこまでいくのは結構大変……そして、かなり怖いんじゃ?
「なんだこれ? レースみてえな?」
「ホントだ! 板があるだけじゃなかったんだね!」
いざ登り口まで来てみれば、オーガンジーより薄く繊細なレースのようなものが樹にくっついていて、足がかりになる板を支えている。さらに、通路脇から落ちないよう全体を包み込み頭上で樹に固定されていた。
これなら、高所でも怖くない! ……のかな? 透け透けで耐久性はなさそうだし、高所恐怖症じゃなくても足がすくむような気がするけど。そもそも、こんな繊細なものの上に乗って大丈夫??
「なにこれ、結構綺麗なんだけど! こういうレースとか良さそうじゃない?」
「いや、お前それは……やめた方が……。透け透けじゃね……?」
「は? 布重ねるに決まってんでしょ?! どんな妄想してんのよ!」
「変態妄想男」
「いっ、今のは不可抗力じゃねえ?! 絶対俺は悪くないだろ?!」
……うん、まあ。一部で情緒がぶち壊されているけれど、一見ふわりと板だけが浮いているように見えるのは、大変ファンタジーで美しい。
「あ~これは~。なるほど~」
ひとり、ラキが鼻先をくっつけるほどまじまじ眺めて納得している。
「これ、何なの?」
「これ、不粘糸だね~」
確信を込めて言われても、いまひとつ分からない。
「さすがだね、当たりだよ!」
「だけど、どうやってこんな風に加工を~?」
俄然興味津々になったラキが、プレリィさんに詰め寄っている。
「加工なんざしてないさ! まあ、上がってみな、途中で分かるだろ」
いたずらっぽく笑ったキルフェさんが、つり皮を使ってすうっと上の方まで行ってしまった。
「うーん、危ないといけないから、一緒に行こうか」
つり皮で行こうとしたプレリィさんが、思い直したように先に立ってくれる。
「え、え、危ないってどういうことだよ?!」
顔色を変えたニースが食って掛かり、二人が追随する。
「危ないなら行かないけど?!」
「異論なし」
詰め寄る3人を宥めながら、プレリィさんは既に板に足を掛けている。
「危なくないよ、君たちは。大丈夫だから、おいで」
しんがりは嫌だ! とプレリィさんに続いて通路に入った草原の牙たち。必然的にオレたちが後ろについた。
「あ……案外しっかりしてるね」
そっと足を乗せた板は、見た目に反して揺らめくこともなく安定している。
「不粘糸なら、相当頑丈だと思うよ~」
「なんでゆらゆらしねえの? 結構カチっとしてんな」
不思議に思いながら、手を伸ばして半透明のカーテンのような布に触ってみる。
軽い……天女の羽衣って、きっとこんな感じだ。
「もーラキ、早く行こうぜ……どこ見ても一緒じゃねえ?」
「一緒じゃないよ~! この樹自体も興味深いし、不粘糸の接着方法も不思議で~」
オレもきょろきょろしている上に、ラキが方々で立ち止まって何かを観察し出すもんだから、先を行く草原の牙が見えなくなってしまった。
まあ、時折賑やかな声が聞こえるけれど。
――と、賑やかな声が突如悲鳴に変わった。
「なんだ?」
「何かなくても悲鳴上がるしね~」
「とりあえず、見える所まで行こうよ」
いつもの事だ。草原の牙の悲鳴は通常営業すぎて、何ら危機を感じない。
のんびり追いつこうと歩を進めていると、通路の真ん中でうずくまった一団に追いついた。
「何やってるの?」
困り顔のプレリィさんが、オレたちを見て安堵した顔をする。
「動かなくなっちゃって。大丈夫だって言ってるのに」
「何がどう大丈夫なんだよ?!」
「何も大丈夫要素がないわよ!」
なるべく幹側に貼りつくようにうずくまる姿を見るに、通路脇に何か脅威があったのだろう。
「「「ヒッ、来たあぁあ!」」」
突如顔をこわばらせた3人が悲鳴を上げたから、オレまで飛び上がってしまう。
一体、何が……振り返った視界がすっと陰って、タクトが身構えた。
「うわ、なんだ? 魔物?」
「ストップ!」
「だめ~!」
プレリィさんとラキに左右から飛びつかれて、とりあえず戦闘体勢をとろうとしたタクトが面食らっている。
「ダメなの? これ、魔物でしょう?」
「そうなんだけど、害はないんだよ。共生仲間っていうか」
「え、これと共生~?!」
驚いた顔をするラキは、一体何を根拠にタクトを止めたのか。
するすると半透明の布を下りて行ったのは、マンホールほどもある節足動物。くびれのある胴、立派な牙、毛の生えた4対の脚。どう見ても、蜘蛛の裏側。これは、悲鳴をあげるね。
「もしかして、不粘糸って……!」
「ふふ、そうだよ。この子たちが一生懸命通路を作って、手直しまでしてくれてるんだよ」
やっぱり?! 確かにそれなら樹を傷つけずに色々固定できる……の?!
「おーすげえ。蜘蛛の魔物、こんなじっくり見ることねえな」
タクトが面白そうに蜘蛛の裏側を眺めている。
なるほど、よく見れば何かを確かめるように立ち止まってはサカサカ布や枕木あたりを撫でている様は、職人のように見える。
害がないと聞けば、一生懸命な様子はちょっとかわいく……見えるかな? うん、きっとかわいい。
『別に、かわいいと思う必要はないんじゃないかしら……』
『俺様、かわいいの基準がわからなくなったんだぜ……』
『おやぶ、かわいいの基準は、ここにあるんらぜ!』
今日も自信満々に育っているアゲハがかわいい。チュー助の愛情の賜物かもしれない。
第二の試練(草原の牙限定)
プレリィ「(蜘蛛さんが)危ないといけないから、一緒に行くね」