963 最初の試練
不思議な森の中、徐々に周囲が明るくなってくる。
いくら目を凝らしても、緑で彩られたトンネルの向こう側が見えない。
「案内が終わったら、どこに出るの?」
「さあ……? 森人郷近辺に出るのは間違いないんだけどね」
「そ、そうなんだ……」
結構、大雑把な案内なんだな。
「ほら、よおく見てな! 出るよ!」
「わ、待って待って!」
急いで探した視界の中で、二人としっかり視線が絡んだ。
心得たように左右についてくれた二人を見上げ、きっと紅潮しているだろう頬で、にっこり笑う。
返って来た笑みに満足すると、足並みをそろえて一歩、また一歩。
「おお……? 眩しいな?!」
「目を閉じちゃって大丈夫かな~? いきなり魔物にガブっとか~」
「ラキ?! 怖いこと言わないで?!」
きっと、目を閉じなさいってことなんだと思う。
真っ白に周囲を染める光に、素直に目を閉じた。
大丈夫、二人がちゃんとそばに居る。
唐突に、匂いが変わった。
木と土と葉っぱと、湿気の匂いから、知っている匂いに。
知らないはずだけど、知っている。
人のいない匂いから、人が、住んでいる匂いに。
ほ、と身体から力が抜けて、ゆっくり目を開けた。
「やっぱり今回は案内が丁寧だね」
「まさか、ド正面とは恐れ入ったよ」
足を止めていたオレたちを尻目に、先を行っていた二人が振り返った。
「ようこそ、森人郷へ! ってね?」
「森の案内を受けた者よ、歓迎しよう……なんてさ、僕がもう他人みたいなものなんだけど」
「「「わあ……!!」」」
つうっと徐々に上へ上がった視線が、遥か梢の方まで辿ってひっくり返りそうになる。
これが……森人郷?!
「すげ……確かに、木の間に通路……?」
「キノコの畑……確かに。僕、もっと牧歌的な雰囲気を想像してたよ~!」
オレも……かわいいキノコの上にちょこんと家庭菜園みたいなのがあって、木々の間には小人の通路みたいにメルヘンな橋が渡っていて……そういう雰囲気だとばかり。
「でも、確かに大きなキノコの上に畑があって、木々の間に通路が結ばれてる……」
古代樹の圧倒的な大木が林立する中、地面より高い位置に町がある。
「ね、ねえ、棚茸ってこれ?」
「よく知ってるね? 段々大きくなっちゃって、今じゃ随分高い位置にある建物もあってねえ」
キノコ、と言っていいんだろうか。この森人郷の地面を作っているコレは。
古代樹に負けないほどに立派な軸を持った、カサの平らなキノコ。森人郷を覆いつくすようにいくつも生えて、大地から高く立ち上がった地面となっている。
そのせいで、町は随分立体的だ。キノコからキノコへ、随分長い階段になっている場所もある。
「が、頑丈なキノコなんだね……食べられそうにはないなあ」
「食べようって発想を聞いたのはあんたが初めてだよ! そうさね。火事なんかにゃあんまり強くないけどね、まああたしら全員魔法使えるし、火事で困ることなんてそうないさ」
そうか……全員魔法使いなら、生活スタイルそのものも変わりそうだ。
「よ、良かった……人の住む場所! 思ったよりイケそう!」
「でもでも高低差すごすぎじゃない?! 生活するだけでシンドそうなんだけど!」
「美食……!」
どうやらこっちの世界に帰ってきたらしい草原の牙たちが、何事もなかったかのように通常モードになっている。そして、早く行こうとぐいぐい押してくる。
「も、もう! 押さないで先に行けばいいじゃない!」
「いや、俺は後でいいから……まずは、ほら、若い者からさ!」
もう森を抜けたっていうのに、何を怖がることがあるんだろうか。
オレの背後にくっついているニースに押されるまま、棚茸を登る階段に足を掛けた。
「あ、ユータくんはこっちで行けるよ」
「え?」
「ちょっとだけコツがいるけど、難しくはないから」
プレリィさんがそう言って、垂れ下がっていたつり革みたいなものを掴んだ。
「わああっ!」
「うおー! 楽しそう!!」
「ええ……ぼく怖いなあ~」
すうーっと、プレリィさんの身体が上へ引かれていく。ほどなくして棚茸の最下層に到着すると、手を離した。つり革は、手を離した途端、するすると下りて行く。
「魔力を流すと縮む性質があるから、これを使うと早いよ」
微笑むプレリィさんを見上げ、オレは勢いよくつり革を掴んだ。
「ユータ、俺もやりたい!」
「ちょ……僕はやりたくないんだけど~?! 階段があるんだから階段でいいじゃない~!」
ラキを小脇に抱えたタクトが、いそいそと同じつり革に掴まった。
「タクトも魔力あるからイケそうだけど……もったいないもんね」
ただ、3人もぶら下がって大丈夫だろうか。
「大丈夫だと思うよ? 建材運ぶ時にも使うし」
お墨付きをもらったので、観念したラキと、わくわくしているタクトと視線を交わした。
「じゃ、行くよ!」
「おう!」
「うう~」
鼓動の高鳴る中、そっとつり革へ魔力を流してみる。
「あっ」
プレリィさんの困り顔が、見えた気がした。
その瞬間――オレたちは逆バンジーというものを経験していた。
「うおお?!」
「ひえああ?!」
どうやらつり革の終着地点を超えていたらしく、ふんわり空中に浮かんだ頃にはつり革が下、オレたちが上になっている。やっと出るようになった声が、悲鳴となって溢れつつ、勢いに耐え切れなかった手がつり革から離れた。落下ではない、まだ、慣性に従って上昇している。
「お前、自分でなんとかしろよ?!」
空中で離れたタクトが、ラキを抱えなおした。静かだなと思ったら、多分目を回している。
あっちは大丈夫、タクトだから。
でもオレ、どうしようかな?! チャトが飛べなくはないけど結構狭いし、管狐部隊を呼んだら光の翼を再現されてしまうし……。
「魔法使うのも……あ!」
上昇から落下に転じながら見回した視界に、さっきと同じつり革が方々にぶら下がっているのが見えた。
なんだ、掴む所に困らないな。
最寄りのつり革をぐっと掴んで、勢いを緩めるべく風魔法を併用――あっ。
「わああーっ?!」
再び打ち上げられたオレの悲鳴が、遥か高い梢に響く。
「なにやってんだい、あの子は……」
「やっぱり危険だったじゃねえか?! よくやったユータ、危険の検証ご苦労!」
「わ、私まだ若いから階段で行くわ!」
「一番若いのが打ちあがってる現状……」
見下ろした棚茸の上に、タクトが無事着地したのが見えた。
片手でひさしを作ってオレを見上げ、爆笑しているのも見えた。
「ユータくん、ついでにちょうどいい魔力量覚えておいたらー? 毎回これじゃ大変でしょー?」
のほほんとしたプレリィさんが、ガンバ! なんて両手で拳を握っている。
どうでもいいけど、いや、どうでもよくはないけど、こんな幼児が上空に打ち上げられているのに、誰も心配してくれない……。
打ち上げ花火の視点で見たら、こんな感じなんだな……なんてどうでもいいことを考えながら、しばらく空中浮遊のはて、オレはようやくつり革への正しい魔力の流し方を覚えた。
結構難しいんですけど?! こんなことしてるから森人は魔法が得意なんでしょう?!
「も、森人って結構アクロバット……」
『アクロバットなのは森人じゃなくて主なんだぜ!』
『こんな平穏な町にまでトラブルを持ちこんじゃダメよ?!』
まだふわふわする足元でよろめくと、案の定両肩からツッコミが入ったのだった。
最初の試練 (セルフ)