962 森の案内
「遠くから見ると深い森って感じで怖かったけどさ、こうして間近く見ると案外……とんでもねえ森で死ぬほど怖えぇえ!!!」
「やっぱ無理ぃ! でも残されるのも無理ぃ!」
「二人もこう申しておりますので……」
何回やるの、それ。
だけど、ニースが言うのも分かる。
大きい……。森自体が、大きい。
広大だとか、そういう意味ではなく。
オレたちが、小さくなったのかと錯覚するほどに、そびえ立つ木々の梢は遥か高く、雄々しい幹は数人がかりでないと囲めない。
一体、樹齢何年なんだろう。それとも、そういう大きな木なんだろうか。
まるでちっぽけな虫になったような気分で、樹上を見上げていた。
「懐かしいねえ、この森の木は結構な割合で古代樹だから、とにかくデッカくてねえ。外の世界に出たら、木々が小さくて驚いたもんさ」
「古代樹って、大昔からある木ってこと?」
「それもあるんだけどね、そういう種類の木があるんだよ。ここの古代樹はそもそも大昔からの木が多いけど、成長が早くて寿命も長いし、かなり大きくなる種類なんだ」
そうなのか……そりゃあ普通の木だったらここまで大きくはならないね。
「それで? どっからどう行くんだ? 道とか、あんの?」
きょろきょろするタクトが、早く森に入りたくて落ち着きがない。
「さすがに道案内がないと辿りつけないよね~」
森人二人を振り仰ぐと、くすっと笑われた。
「そうだね、でも道はないんだよ」
「案内はあるけど、あたしらじゃあないのさ」
行くよ、と気負いなく歩き出した二人の後に、置いて行かれまいと震える三人が駆け寄り、オレたちも続いた。
「え……ここから入るの?」
「どこからでも、入れるよ。道はないって言ったでしょう?」
で、でも。
鼻歌を歌いながら獣道すらない藪をかき分け、森人二人が緑の中へ消えた。
小さなハミングだけが、聞こえている。
「やだやだーっ! 葉っぱで何も見えないよぉ! リリアナどこぉ?!」
「置いてかないでくれよおぉ! キルフェちゃんも手ぇ繋いで!!」
「……この二人と手を繋ぐことに何のメリットが……」
草原の牙ははぐれないよう、縦列手繋ぎすることにしたらしい。確かに、この3人だけだとはぐれた時に結構な危機……。
「ニース、オレと手を繋いでいいよ」
「マジで?! ありがと~!!」
大きな手がぎゅうっとオレの小さな手を握って、くすっと笑った。
「じゃあ僕らも繋ごうか~。ぼく、片手空けたいからタクトが前ね~」
「おう、シロは?」
『ぼくも、繋ぐね!』
「う、うーん、よだれがすごいことになりそう~」
ラキの苦笑が聞こえる。多分、シロは最後尾でラキの服を咥えているんだろうな。
「楽しそうだねえ、あんたたち……」
「ふふ、こんな風に森に入る人たちは初めて見たよ」
小さく聞こえていたハミングが途絶え、森に溶け込むような二人が、振り返って笑った。
「行くよ、ちゃんとついてきてね?」
「さあ、森人郷『森の案内』だ!」
再び、小さな鼻歌が聞こえ始めた。森人二人が自然に紡ぐ、小さなハミング。
その瞳が、薄暗い藪の中でゆらりと輝いて見える。
遠くから、ごおお、と近づいてくる音が聞こえた。
「え、何、何?!」
「風?」
「風って……こんな木々に囲まれてんのに?!」
草原の牙が逃げ腰になった時。
ぞわり、大きな何かを感じて、足元から総毛立つような感覚。
ごうっと渦巻く音と共に感じたのは、匂い。
土と、葉っぱと、木。
怖くない……温かい。
「さ、歩くんだよ!」
「案内が来たから、大丈夫だよ」
狐につままれたような顔をするオレたちに、二人が微笑んで歩き始めた。
歩く……?
みっしりオレたちの周囲を埋めていた藪が、半透明に揺らいだ気がする。
まるで、魔族の幻影みたいだ。
踏み出した足の下に、確かに積み重なった葉と草、森を感じる。だけど、幻影となった周囲は、もうオレたちを妨げない。
「どうなってるの……?」
「さあねえ? この森は、昔からこうさ」
「案内がないと、僕たちも郷までは行けないかな」
現実と重なり合うように存在する、魔法の道。
妖精の道と、少し似ている……かもしれない。
「だから、森人と一緒じゃないと行けないんだね~」
「すげえ! 魔物も出ないんだな」
興味津々の二人と、なんかもう真っ白になっている草原の牙。
色々、許容量を超えてしまったんだろうか。
タクトとラキは、妖精の道も経験したもんね。
「物理的に森を抜けて、森人郷までは行けないの?」
「そんなことはないよ、たまたま彷徨って辿りつく人もいるし。その場合、帰りも大変だけど」
「ただ、『森の魔法』は気まぐれだからね。あんたが言ったみたいに上空から探しても、見つけられないみたいだね」
そっか……幻影みたいなものもあるのかもしれないね。
「こうやって歩いたら、どのくらいで着くの~?」
「それは、その時によりけりさ。今回、大分離れてたから……数時間は歩くかもねえ」
「ちょっと、機嫌を損ねちゃってるかもね」
苦笑する二人が、愛おし気に周囲を見上げた。
本当に、生きているみたい。
「これって、次も二人がいねえと行けねえの?」
「ううん、森に認められたら大丈夫だよ」
「ただ、誰かを連れて行けるのは、あたしらだけってことになるねえ」
認められたら……?? 森に?
何か試験でもあるんだろうか。認められなかったら、どうなるんだろう。
だけど、そんな疑問を口にするより前に、二人が『おや?』と顔を見合わせた。
「どうしたの?」
「ううん、良かったんだけど……どうも、歓迎されてるね」
「随分、到着が早くなりそうさね」
安堵したような二人が、心当たりがなさそうに首を傾げている。
「ほら、案内の終わりだよ」
プレリィさんの長い指が、進行方向を指した。
緑の中にできた、トンネルの出口みたいな光。
ふと、プレリィさんがオレを見下ろして微笑んだ。
「もしかして……君がいるからかな?」
「オレ? どうして?」
だって、初対面だけど。
『そういうんじゃないと思うわ』
『主ぃ、なんか情緒がないんだぜ!』
チュー助に情緒とか言われたくないんですけど!
「どうしてかは、分からないけどね。なんとなく、そんな気がして」
森人は、そんなことも分かるのかな。
小首を傾げていると、つん、と頬に固いものが触れた。
「ピッ!」
あっ……! もしかして、ティアがいるから?
いや、そうか、オレ加護がある……!!
世界樹がある聖域の、森の長たるラ・エンの。
ふわっと微笑んで木々を見上げた。
「よろしくね」
両手を差し伸べると、確かに包み込まれるような何かを感じる。
ああ……そっか、会員向け優待特典みたいなものかも。
にっこり微笑んだ途端、間髪入れずに両肩から抗議が来た。
『ちょっと?! 情緒!!』
『はあ、主ってさあ……』
不本意にもモモアタックがオレの頬に炸裂し、チュー助からはやれやれと溜息を吐かれたのだった。