961 故郷の田舎
ざああ、と風が撫でて行く、一面の緑。
シロ車の上で身を乗り出して、並ぶ6対の視線。
「あれが……森人郷……」
ごくり、と喉が鳴る。
最後の山を下る峠道から、その絶景はよく見えた。
「そう、田舎でしょ?」
「久々だけど、何も変わりないね」
目を細める二人が、当たり前のようにそう言うけれど。
「……俺、用事があるの思い出したわ! いやあ、森人郷行きたかったけど残念だな!!」
「私も今回はパスかな。また誘ってよ!」
「辞退申し上げ……」
3人が、くるっと振り返ってシロ車の隅へ座り込んだ。
そんな、飲み会のお誘いみたいなノリで……何のために旅してきたの?!
「すっげーー! 超森!! なんか、ねっとりしてる!」
「うわ~、田舎とか、そういうレベルじゃないよね~」
うん、これは超森。スーパーデラックス森。
「森っていうか……樹海とかジャングル?」
眼下に広がる緑。
端から端まで、全部隙間なく緑。
ブロッコリーを敷き詰めたみたいだ。
ルーの大森林だって相当だと思ってたけれど、何かが違う。
湿度が高い、というのはある。だけどそれだけじゃない、密度というのか、濃さと言うのか……。
そう、タクトのセリフが最も的確だろうか。
「ホントだ……なんかねっとり、してる?」
雑多に渦巻く魔素の濃さだろうか。それとも、命の密度だろうか。
人が住む場所ではない、そう感じる凶暴な自然を感じる。
「本当に、ここに森人が住んでるの……?」
見上げた淡い緑の瞳は、二対とも柔らかく微笑んだ。
「もちろんさ。結構奥の方で不便なんだけどねえ」
「でも、辿りつけるかな? 僕、ちょっと自信ないね。『森の案内』機能するかな」
眉尻を下げたプレリィさんが、思案するように小首を傾げた。
森の案内……?
「いやぁああ! こんなとこ彷徨って死にたくねえぇ!!」
「やだやだーっ! 絶対絶対すんごい魔物とか出るーっ! 無理無理ぃ!!」
「二人もこう申しておりますので……」
もう! 3人も少しはこの旅で戦闘に自信をもつかと思ったのに!
「あんたら、ここがあたしらの故郷って忘れてないかい……?! 地獄みたいな言われようだね?!」
「あはは、大丈夫だよ。僕らがいるから多分、そこまで、恐らく危険は……少ないんじゃないかな」
「「「ごめんなさいいぃ! やっぱイヤあぁあ!!」」」
哀れっぽくシロ車の隅で抱き合って大泣きする3人。だけど、もはや見慣れた光景すぎて何の感慨も浮かばない。
「じゃ、あんたらこの辺りで3人で待ってるんだね? ここら見ての通り辺境も辺境、人の住む場所なんて森人郷以外にないからねえ。ちょっと不便だけど頑張っとくれ。しばらく郷に滞在することになるから――」
「「「どこまでもお供します!!!」」」
うん、そうなるよね。
打って変わってキラキラの微笑みを向ける3人に、キルフェさんが大きなため息を吐いた。
「ねえ、本当に辿りつける? オレ、空から探してみようか?」
さすがに、広大すぎる。そもそも、奥の方って……奥まで行くのに何日かかるのか。
管狐部隊とチャトで、まずは目星をつけた方がいいのでは。
「うーん。空からでは、多分無理だと思うんだよね」
「一回郷に入れば、なんとかなるかもしれないけどねえ」
――多分、無理なの! 妨害されるの。だけど、もしよければラピスが妨害突破してみるの。
「えっと、とりあえず遠慮しておこうかな。妨害って?」
――魔法の力を感じるの。多分、森の魔法なの。だから、森を半分くらい燃やしたら、効果が薄くなると思うの。
「絶対やめておいて?!」
冷や汗をかきながらラピスを止め、森人二人を振り仰いだ。
「森の魔法っていうのがあるの?」
「おや? よく知ってるね」
「そうさね、あたしらも詳しくは知らないけどね。この森は生きてる森だから」
生きてる森? 森はそもそも生きていると思っていたけれど。
意思をもっているという意味だろうか。
「生きている……なんだか、ダンジョンみたいだね」
何の気なしに言ったセリフに、二人が驚いた顔をした。
「へえ……いきなり核心を突くね」
「子どもの勘ってヤツかねえ。そうさ、この森は限りなくダンジョンに近い性質を持ってる」
「「「ダンジョン?!」」」
「「「ダンジョンッ?!」」」
小さい3人と大きい3人、まったく違う声音で発せられたそのセリフ。
「ダンジョンなのか?! 森人、ダンジョンに住んでんの?!」
「素材には確かに事欠かなさそうだけど~」
ヴァンパイアたちはまさにダンジョンに住んでいたから、森人が住んでいてもおかしくはない……のかな?
「いきなりダンジョンなんて! 心の準備ってもんがぁ!」
「信じてたのにぃ! ダンジョンに連れ込むなんてっ?!」
「遺書の準備が……」
再び大騒ぎしだした3人を尻目に、オレたちは瞳を輝かせて詰め寄った。
「うーん、近い、ってだけでダンジョンとは言い切れないんだよね」
「そう、だってこの森はどこからだって入れるだろ? ダンジョンって普通、『口』があるんだけどねえ」
そうなのか……今までのダンジョンは、確かに入口が限られていた。
「レアダンジョンってことか?!」
「どっちにしろ、レア素材の宝庫であることには、違いないよね~」
もはや、森人郷より森そのものへ興味が移ってしまっている。
これなら、しばらく森を彷徨う羽目になっても大丈夫そう。
「でも、こんな森だと凶悪な魔物もいるんじゃない? オレたちで行けるの?」
「まあ、それは大丈夫だと思うよ。多分、おそらく」
あっけらかんと言うプレリィさんに、半信半疑なオレたちと、恐慌をおこしている草原の牙。
『楽しみだね! 色んな匂いが、いっぱいいっぱいするよ』
振り返ったシロが、ぱっと笑った。
「だな! 楽しみのニオイがするぜ!」
「豊富な素材の香りも~」
「うん! 冒険の匂いってヤツだね?!」
オレたちは、顔を見合わせて笑った。
「ふふ、頼もしいね」
「ホントにねえ……誰かさんたちと違って。さて、そしたら森人郷のことで、何か聞きたいことがありゃ話しておくよ? 魔物と素材かい?」
頷いた二人に続いて、オレも身を乗り出した。
「あと、郷のお店とか食材のこと!」
「うんうん、僕のおススメ店も紹介するよ。みんな気が長いから、きっとまだやってると思うし。さて、美味しいおやつでも食べながら……ね?」
段々と迫る一面のブロッコリーを背景に、プレリィさんが微笑んだ。
「よしきた!」
「おっけー了解!」
「ガッテン承知!」
オレたちが返事するより早く集合した3人は、曇りなき眼でプレリィさんを見つめていたのだった。