960 全方位別行動
『お耳に風~お鼻に風~、お天気お散歩、くもりのお散歩、雨のお散歩~!』
ご機嫌なシロの鼻歌を聞くともなしに聞きながら、タッタカ軽やかな足取りに笑みが浮かぶ。
ノリノリの首が右に左にリズムをとって、しっぽが連動するように反対側へ揺れる。
きっと、水色の瞳はお日様に負けないくらいきらきらしている。
釣られるようにリズムをとっていたら、振り返ったシロが、えへっと笑った。
「……うっ」
何かが胸を貫いた気がする。
ただ歩いているだけで、なんて心が洗われる……シロの浄化能力は、桁違いだ。
「いやー、最高の旅ってこのことだな!」
「同感」
「ほーんと、お肌もピッチピチになっちゃうって感じー!」
シロ車でのびのび足を伸ばしている3人が、とてもツヤツヤした顔でおやつを食べている。
なんだか、ここ数日でちょっぴり増量したような気がしなくもない。
シロと比べたら可哀そうだけども……なんだかなあ……。
同じくじっとりした目をするタクトにラキと視線を交わして、苦笑した。
「あんたら! もうちょっと活躍しなっ?! これじゃただの寄生茸だよ!」
手近にいたニースがべしっと叩かれて悲鳴をあげている。ニースっていつも、ちょうどいい位置にいるよね。
「そんなこと言ったってぇ、私らのランクじゃ太刀打ちできない魔物ばっか狙うんだもん!」
「同意」
「俺らだってさぁ、心苦しいわけ。分かる? 後輩の方が強いとか、肩身も狭いしさぁ~俺らもツライ立場なんだぜ?」
なんだか、昼間にギルドで管を巻いている冒険者を彷彿とさせる。
青筋を浮かべたキルフェさんが、今にも爆発しそうだ。
森人郷まで大分近づいたはいいけれど、その分辺境になるわけで。
「おっ! 出たぞ!」
跳ね起きたタクトが、目を輝かせて馬車内を振り返った。
「ん~許可~」
「うーん、いらないかな」
「よっしゃ!」
スピードを落としたシロ車から、満面の笑みで飛び降りて駆けていく。
「おう、頑張れ若者~」
「我関せず」
「あっ、ちょっとリリアナ、それ私が食べようとっ!」
……これは、タクトへの信頼度がすごい、と言っていいんだろうか。
シロ車の先では、ギィン、と硬質な音をたてて、剣と脚が交差する。
「うわ、かってぇ!」
反撃を躱しながら飛びすさったタクトが、剣を鞘に納めた。
現れた魔物は、熊の倍ほどありそうな……何だろ。タランチュラを細長くしたような魔物。
虫っぽい外見のわりに毛が生えているから、剣で切れそうに思ったけど。
「タクト、代わる?」
「いや、まだいい!」
物理防御特化なら、魔法でなんとかなるかな……考えながら油断なく見守った。
タクトの身体強化レベルが、意識的に引き上げられたのを感じる。
素手で脚を弾きながら、タクトは禍々しい魔物に臆することなく一気に間合いを詰めた。
「行くぜっ! マリーさん直伝! 『外からでも内臓は潰せますっ』!!」
脚の隙間を縫うように飛び上がってからの――猛烈なカカト落とし。
地面にめり込む魔物を軽く宙へ蹴り上げてからの――真上から叩き落す回し蹴り。
以下、略。
ズン、とやっと地面に横たわることを許された魔物は、丁寧に激しくシェイクされて、もうピクリともしない。
……ええー……。タクトにはこれしかないとはいえ、なんか、さすがに魔物が気の毒。
そしてマリーさん怖……。
「あんたら、素材回収くらいやってきな!」
「えええ?!」
「やだ怖いんですけど! 動いたら……」
「横暴ー」
傍らでは、ぽいぽいシロ車から放り出された草原の牙たちが、恐る恐る魔物に近づいている。
「タクト、あんな固い魔物を素手と脚で……大丈夫なの?」
「おう、それは全然」
「不思議~。じゃあ身体強化しっかりしたら、僕の的になれるってこと~?」
「怖い事言うな! その発想に至るお前の方が不思議だっつうの! 痛ぇに決まってんだろ!!」
痛いですむのか……。ラキの『必殺』は多分ダメだろうけども。
ちなみに、リリアナよりも『我関せず』をやっているのがプレリィさん。
魔物が出ようが、魔法が飛んでこようが、鼻歌を歌いながら下ごしらえなんかしている。護衛が必要な理由が、よくよく分かるね。
道中、結構なランクの魔物が出るから、主に食材担当・素材担当・討伐担当がウキウキしている。
まあ、食材担当プレリィさんは戦闘はしないけれど。
『あなたは何担当なの?』
『もちろん主は……あれ? 主は何してんだ?』
『あうじは、可愛い担当なんらぜ! あえはと一緒!』
堂々と胸を張るアゲハにでれっとしつつ、痛いところを突かれて乾いた笑みが浮かぶ。
お、オレは……オールマイティに全てを担っているわけで……! 今はただ、あんまり活躍の場がないだけで!!
『器用貧乏か……』
『スオー、知ってる。多芸は無芸』
ちょっと?! 違うでしょ、全てをカバーし得るポテンシャルを持っていると言ってよ!
このままでは、オレの立場が草原の牙ランクになってしまう……!
ちょうどその時、魔物の反応を感知した。
パッと顔を上げたタクトを止めようとしたら、オレたちの前に細い腕が掲げられた。
「待ちな! ここは、あたしたちに任せてもらおうか」
カッコよくそう言ったキルフェさんが、シロ車を飛び降りた。
「あれ、大丈夫~?」
「めっちゃ逃げ惑ってるけどな……」
悲鳴を上げて逃げ回る草原の牙と、追いかける魔物。
ちら、と見たプレリィさんが興味なさそうに視線を戻したので、食材じゃなさそう。
ラキがぎらついてないので、素材でもない。
「いいんだよ! 運動も必要さね! ちょっと待っておくれよ? ――あんたらぁあ!」
キルフェさんの声に、ひと際大きな悲鳴があがった。
うん、まあ、大丈夫かな。
オレも見てるし。
滂沱の涙と鼻水を垂らしながら頑張る3人を見て、微笑んだ。
この旅で、もしかすると草原の牙も一皮むけるかもしれない。
やはり、必要なのは鬼軍曹。
ちら、と視線を送った先で、凛とした表情のラピスが重々しく頷いた。
――いいものなの。美しいの。限界のその先を求める姿勢こそ、強きを挫くものなの。
……うん。まあ、多分挫いちゃダメなんじゃないかな……。
『おっ肉にはんばーーぐ! あーまいおやつにあつあつお肉~』
お座りしたシロが、お鼻をひくひくさせながらご機嫌に歌っている。
お腹空いたんだね。プレリィさんが調理にかかったのか、ちょっといい匂いしてるしね。
爽やかな風に釣られるように空を見上げた。
真上を過ぎそうな太陽と、青い空。
魔物と草原の牙の悲鳴と、戦闘音。
「ねえ君たち、今日のメニューは焼き物、煮物、どっちがいい?」
「焼き!」「煮物かな!」「美味しい方がいいな~」
ぴくぴくっと三角耳が反応して、鼻歌がリズムを変えた。
『焼いたお肉っと、ことことお肉っと、とろとろお肉ぅ~』
きらきら期待に満ちた水色の瞳が、こちらを向いた。
「ぬわぁあ?! 俺、焼きがいいぃ~~!!」
「ヤダちょっと、早まんないでよ! 美味しい方がいいに決まっ……きゃああー!」
「同感ーーッ!!」
「あんたら……余裕、あんじゃないか」
聞いてたんだ……。
「料理ができるまでに、倒せるといいね!」
にっこり笑ったオレの肩で、モモがぐったり扁平になっていた。
『無理……! カオス……カオスなのよ!』
とってもカオス感