957 プレリィさんのお願い
「このぷるぷる、どうやって食べるの?」
きなこ色のぷるぷるは、振動に伴って僅かに揺れている。栄養だというから、ラクダに倣えば脂肪の塊ということになるんだろうけれど……明らかに、脂肪じゃない。
「これはね、命の源だから普通は煮溶かして乾燥させて、大事に小分けにするんだけど」
プレリィさんが、うっとり甲殻を眺めて微笑んだ。
「これだけあるから、贅沢に使ったスープにしちゃったり……」
そこでハッと我に返ったかと思うと、慌てた様子でオレを見た。
「な、なに?!」
「贅沢スープにするんだとしたら! 他の素材だって必要じゃないか! せっかくだから、揃えたいよね?! ユータくんたち、お願いできる?!」
オレの両肩を掴む手に、力が籠もる。
「う、うん。だけど、オレたちに分かるかな?」
「大丈夫だよ、きっと! 見つけられるかどうかが心配だけど、こんなに立派なロクロス甲殻に巡り合えた君らなら大丈夫!!」
自然と顔を見合わせたオレたち。
えー……オレたちって、あんまり運は良くないような……。
「どっちかというと、トラブル運が強いだけっつうか……」
「厄介ごとなら、ばっちり引き当てられる気がするんだけど~」
頷きかけて、二人がオレを見ていることに首を傾げた。なんでオレを見るの?
「……だけど、オレたちには蘇芳がいるから! ねえ蘇芳、美味しいものを食べるためなら頑張るよね!」
肩車状態の蘇芳をぽふぽふ叩くと、フンス! と気合十分の鼻息が聞こえた。
『スオー、全身全霊で頑張る』
ありがとう! ただ……頑張れるんだったら、普段ももうちょっと半身半霊くらいはかけてくれたら嬉しい。
「じゃあ、頼むね! メモするよ」
「あ、でもそうなると護衛がいなくなるよ?」
「大丈夫、気にしないで! あ、シールドの道具がどこかにあったと思うし」
……魔物の闊歩する森近くの草原でひとり。それを気にしなくていい人に、果たして護衛は必要なのか。
まあ、いいと言うならいいだろう。
オレたちはメモを片手に、さらに森の奥まで踏み入ったのだった。
――ぶん、と唸りを上げて飛来した弾丸を、反り返って避けた。
バチイッ! と何かとぶつかった音がする。
「っしゃああ! 採ったぞ!」
ナイスキャッチ! バレーボールほどの弾……ならぬ果実を腹に抱え、タクトがにっと笑った。
プレリィさん……お使いに行って来て、のノリで頼んでくれたけれど、これって割りとハードな依頼だと思う。
ガメリアの木の実、とは聞いた。
魔法植物で、ツルを動かしたり実を飛ばしてくるから、落とさないようにキャッチしてとも聞いた。
聞いたけど、ニュアンスが違わない?!
「おっけ~! いけそうだね~。もう一個くらい、もらえるかな~」
「「よし来い!」」
離れた死角から、ラキがガメリアの木を狙い撃つ。あくまで、ささやかな傷を与える程度で。
危機を察知したガメリアが、微妙~にツタの届かない位置でちょろちょろするオレめがけて、剛速球を撃つ! あのね、実を飛ばすとか、そういうかわいい感じじゃないよね。
躱せるけどもっ!!
「っしゃあ! ラキの弾よりは遅いな!」
オレから直線状、離れた位置に陣取ったタクトが、見事なセーブを見せる。
バチィッ、と響く音は、多分オレとかラキが当たると下手すればご臨終クラス。
ラキ・オレ・タクト連携でなんとかなってるけど……これ、本当にCランクの依頼?
「もういいよね?! 次、何?!」
「え~と、ツツイツ茸~?」
「キノコ? そんなもん分かるかよ?!」
無理そうなら適当にキノコを採って来てと言われたけれど……。
「でも、結構大きいって書いてあるよ~? 分かりやすいんじゃない~?」
キノコなら、もしかしてティアが分かるだろうか。
「……ピ」
難しい顔をして目を閉じたティアの表情が渋い。なんか、お気に召さなかったみたいだ。
管轄外、とでも言いたげな気配が伝わってくる。
「……ピッ」
仕方あるまい、とでも言いそうな顔で溜息を吐き、ティアが軽い羽音をたてて飛び上がる。
「ついて行こう! ティアが分かるかもしれない! 大きい以外の特徴は?」
「えっと~、黄色と赤のまだら模様~」
……それは、存在していたら結構わかりそうな気がする。食べるの……?
「ピピッ!」
ここ、と言われている気がして、小高くなった場所から一気に飛び降りた。
ぐに、と妙な感触がして、何を踏んだのかと足裏を見たけれど、何もない。
「……なあ、黄色と赤って、こんな感じ?」
タクトが、飛び降りなかったラキを振り仰ぐ。
「そうだね~。僕は、ここにいようかな~」
微妙な顔のタクトに釣られてまじまじ足元を見れば、重なり合った落ち葉か何かかと思っていたそれが、ひとつながりの模様であることに気付く。
「わ、わ、わ?!」
「……結構大きい、じゃねえよなあ……」
地面がぐぐっと高く持ち上がって、段差の上にいたラキと目線が同じになった。
にっこり笑ったラキが、呑気に手を振る。
『ぎゃああーー巨大キノコ魔物?!』
『おやぶ、食べ放題なんらぜ!!』
大分温度差のある師弟の声をバックに、今、まさに6畳間ほどもある傘を持ったキノコ……いや、魔物? が、不届き物を成敗せんと暴れ出した。
「ちょ……っと?! プレリィさんーーーっ?!」
弾き飛ばされたオレはくるっと体を捻って着地した。
「えええ! これ、どうやって料理するの?!」
『そこじゃないな』
『スオーは、完璧』
「頑張って~」
「切っていいのか?! これどこ食うの?! 生は食えねえよな?!」
ええいもう! みんな言動の方向性を統一して?!
美味い物への道は険しい。オレたちは、ひとまずそれだけは理解したのだった。
「――あっ! おかえり! 見つかった?!」
「「「ただいま……」」」
オレたちの淀んだ声音を気にも留めず、プレリィさんがいそいそやって来た。
「うわあ、本当に見つけて来ちゃうなんて、やっぱりすごい幸運の持ち主だよ!」
『確かに、こいつら向きの運ではあった』
『スオー、頑張った』
幸運……果たしてこれを幸運と呼べる人はどのくらいいるかな?!
「プレリィさん……? ちょっと、思う所があるのですが」
「なにかな? やっぱりユータくんたちは凄いね! 結構大変だったでしょ」
「「「結構じゃないですけど~~!!」」」
オレたちの魂の叫びにも、プレリィさんは心ここにあらずだ。手際よく槌とノミのようなものでガメリアの実を割り、巨大キノコから必要部分を切り出している。なんでそんな大工道具みたいなものまで……。
「そうだ、さっき獲物が来たから、頑張った君たちに特別に!」
既にお肉となっているまな板の上のもの。多分、プレリィさんを獲物と勘違いした哀れな獲物。
さすがの手際……。メインの調理をしつつ、合間に作った串焼きが炙られていい香りがする。
「はいどうぞ」
渡された皿の上に、ジャパニーズ焼き鳥サイズの串焼き肉。
いただきます、と飛びついて頬張った。
何か知らないけど、美味しいに決まってるから。
「なにこれ?! こりこりっとして不思議!」
「美味しい~歯ごたえが面白い~」
「物足りねえけど美味い!」
たったこれだけで、まあ、大変だったけどいいか! と思えてしまう。
だって、オレたちだけ特別、だもんね!
……うん? じゃあオレたち以外って――
何かが頭をよぎった気がする。決して忘れてはいけない何かが……。
ちょうどそこへ、遠くから悲鳴が聞こえ――いや、猛スピードで近づいてきた。