956 甲殻の中身
身軽になったロクロスは、タクトにぶん投げられると、脱兎のごとく逃げていった。
残された甲殻をしげしげ眺めて首を傾げる。
これ、どういうものなんだろう。鹿の角的な……?
切り落とした甲殻を持ち上……お、重っ! 持ち上がらない!
ロクロスにくっついている分には、全然大きさを感じなかったけど、こうして見ると一番小さな塊でも枕や米袋くらいの大きさはある。大きいのなんて、オレの胴体くらいあるんじゃないだろうか。
少なくとも、枕……は置いといて米袋より重いことは確かだ。
「凄いね、あんな簡単に剥離できるなんて! さすがはユータ君!」
「さすがはユータ~! 素晴らしい状態だよ~!」
ええと、ありがとう……なんか、あんまり心が躍らない褒め言葉だけど。
重いので転がして全体を眺めてみたら、見れば見るほど貝っぽい。岩に貼りついていたサザエみたいな貝を収穫した、という風情だ。
ということは……中身が食べられる、とか? だってプレリィさんがこんなにわくわくしているんだもの。
「こんな立派な獲物が手に入るなんて。さあ、戻って中身を取り出そう!」
「それってやっぱり食べられるの?」
「もちろんだよ! それに、ロクロスの甲殻はとっても力が満ちてるんだよ。ひとくちで1日凌げるくらいの力を秘めていると言われていて――」
つまり栄養価がすごく高いということか。どんな味なんだろう……やっぱり中身も貝っぽいのかな。
そう考えたところで、思い出してプレリィさんを引っ張った。
「ねえ、ロクロスが食べていた貝みたいなの、あれは食べられる?」
「貝? ロクロスは基本的に岩苔を食べるんだけど……あっ!」
は、早い?!
ひゅ、と風を切って瞬く間に移動したプレリィさんが、さっきロクロスが傾けた大岩の側で屈みこんでいる。
そこにも、やっぱり巨大カメノテみたいなものがびっしりくっついていた。
「うわあ……リュウノツメまである! 豊作だ……!!」
「リュウノツメって言うんだ。食べられるってことだよね」
「もちろん! これも美味しくてね!」
にこにこしながらずいずい岩の隙間に手と頭を突っ込んでいくもんだから、気が気じゃない。そこ、ロクロスが傾けただけで……些細なことでゴロっと転がるかもしれないんだよ?! ぷちっと潰れちゃうよ?!
「ぷ、プレリィさん、危ない危ない! ちょ、ちょっとタクト!」
慌ててタクトをつっかえ棒にすると、大変不服そうなじっとりした視線をもらった。
「お前らさあ……俺はどうとでもなると思ってねえ?」
「「思ってる」」
それは、信頼の証ってやつだよね! がっくり項垂れるタクトに親指を立ててみせた。
ウキウキとリュウノツメを集めるプレリィさんに、ラキが複雑そうな顔をしているから、てっきり自らを省みて反省しているのだと思ったのだけど。
「……危険を顧みず素材を求める、素晴らしい執念~。僕も、見習わなきゃ~」
「そんな余計なところ見習わないで?! もう十分執念まみれだよ!」
なんでそんなとこに感銘を受けちゃうかな?!
「ちなみにプレリィさん~、それは貝~?」
ほくほく顔で戻って来たその手の袋には、リュウノツメが大量だ。のぞき込んだラキが、ちょっと顔を顰めた。
「確かに貝に似てるね! だけどこれ、苔の一種なんだよ? 面白いでしょ」
「えっ、そうなのか?! じゃあ、あんまり美味くない?」
何そのカロルス様的発想。貝でも植物でも、美味しいものは美味しいだろうに。
「ふふ、食べてみてのお楽しみだね」
「う~ん、僕貝の味がしたら嫌だなあ~」
「いらねえなら、俺が食う!」
「いらないかどうか分からないから、タクトが食べてから食べようかな~」
ラキって貝あんまり好きじゃないもんね。だけど、鍋底亭の実力をもってすれば、貝だって美味しいと思うんだけどな。
とりあえず調理だ! ということで、オレたちは一旦平地まで戻って、野営準備にかかっている。
「よし、じゃあちょっと待っててくれるかな?」
そう言ったプレリィさんが、収納袋から何か――
「わあっ?! 何それ!」
「うわ~こういうの、ユータだけだと思ってた~」
「おー、ユータみてえ」
オレがビックリ仰天している横で、二人の反応はとっても薄い。
オレのは違うでしょう?! キッチン展開なんだから、土魔法なだけで!
『主ぃ、多分ベッドとかテーブルを取り出すからだと思うんだぜ!』
『あうじは立派な規格外の常識外れなんらぜ!』
ざくっ、とピュアな声が突き刺さる。もちろん、チュー助ではない。
あの、アゲハ、それは確かによくオレに向かって言われるんだけどね……それって実は誉め言葉じゃなくてね……。
そう、プレリィさんが収納袋から取り出したのは、多分魔法コンロとキッチンセット。
そうだね……他人がやっているのを見ると、なんかすごい非常識感がある。
そしてさすがは長く生きた森人料理人。こんな素晴らしいものを持ち歩いているなんて。
これ、確かすっごくすっごく高かった……。
「いいなあ! オレもいつかこういうの欲しい!」
「ふふふ、いいでしょう~! 僕も、大分お金貯めて買ったよ」
もしかしてプレリィさん、これのために魔物狩りに精を出して強くなってたりして。
「さあ、ひとまずこれを洗って、中身を取り出すよ!」
「じゃあ、オレが洗うね!」
こういうのは、洗浄魔法で一発だ。
目を丸くしたプレリィさんが、ほしい……とオレをじっと見るので、慌ててタクトの後ろに隠れた。オレは、非売品です!
「そ、それでどうやって中身を出すの? 中身ってどうなってるの?」
一見、岩の塊のような、ゴツゴツ固い甲殻でしかない。割ったら、ラキが発狂しそうだし。
「ここに、蓋みたいになった殻があるから、隙間からナイフを入れて……こう!」
「わあ! 気持ちいいね」
ぱくっと外れたのは、まさに蓋と言うべき部分。本体と接続していた場所が、それこそサザエの蓋のようになっていた。覗き込んだ中身は、柔らかそうだ。
「もう食えるのか?」
「うーん、食べられるけど、お腹壊すかも。美味しくないよ」
「そういうのを食えねえって言わねえ?!」
手を伸ばしかけたタクトが、慌てて引っ込めた。
プレリィさん……ワイルドな思考の持ち主だ。ちょっとシーリアさんとも通じるものがありそう。断じてオレとは通じてない。だってオレはお腹を壊すものは食べものと認識しないから。
『主ぃ……さすがにそれは無理があるっていうか』
『ゲテモノを食うお前の方が近い』
どこに無理がありますか?! そしてゲテモノなんか食べた覚えはありません! 全部美味しい食べ物ですけど! お腹も壊さないし。
ぷりぷりしていると、プレリィさんがナイフを甲殻の内側へ慎重に滑らせて一周した。
そして大鍋の上で振ると、ずるっと中身が滑り出――あれ? プレリィさん、その甲殻ってね、めちゃくちゃ重かったような……。
……料理は、やはり筋肉なんだろうか。
「うげ……なんかあんま美味そうじゃねえ」
「貝っぽくは……ないね~」
大鍋をのぞき込んだ二人が、微妙な顔をしている。
そこにあるのは、なんか絶妙にぷるりとしたきなこ色の物体。なんだろう、これ。
「プレリィさん、この甲殻の中身ってどういう器官?」
「さすがユータくん、いい質問だね! これはね、器官というか栄養庫なんだよ」
「栄養庫? あっ、食べ物がない時でも大丈夫なように?」
思い出したのは、ラクダのコブ。だけど、ここは砂漠でもなし、栄養を貯め込まなきゃいけないほどの環境だろうか。
「そう、元々ロクロスは岩石地帯に生息する魔物だから。ここらも元は岩石が多い地帯だったんだけど、10年ほどロックフロックの群れが営巣していた影響で、森になっちゃって」
ロックフロックって何だっけ。
ラキを振り返ると、大型の鳥魔物だと教えてくれた。なるほど? 10年のフンやら何やらの影響で……森に?? そんなになる? それってちなみに何年くらい前の話?
知っている出来事のように話すプレリィさんのせいで、ほんの数年前みたいな気分で聞いていたけど。
それ絶対違うよね?!
一粒何メートルでしたっけ……懐かしい