953 幼児たちの遠足
「これでよし……なんか、すごく不安だなあ」
お店の扉へ『休業のお知らせ』を貼ったプレリィさんが苦笑した。
「プレリィさん、もうずっとお店から離れてないの?」
「そうだねえ、数日離れるくらいはあったよ。だけど、離れる時も基本はあの子と交代だったからね。店は休業しても、どちらかは居たんだよ」
大きくてしなやかな手が、そっと扉を撫でた。
「店は逃げて行きゃしないよ! さあ、めそめそしてないで行くよ!」
「め、めそめそはしてないんじゃないかな……?!」
追い立てられるように店を離れたプレリィさんが、改めてオレたちに目をやった。
「ふふ、田舎へ帰るのも、このメンバーなら楽しそうだね」
「プレリィさんは、里帰りが嫌なのか?」
直球で尋ねるタクトに、ちょっとばかり冷や汗をかく。そんな、どストレートに! 深い事情があるかもしれないでしょう?!
「嫌、というほどでもないけど。めんどくさいよね、わざわざあんな辺鄙なところまで。店を閉めてまで行く必要を感じないよ」
……なかったみたい。肩を竦めたプレリィさんには、本当に思う所はなさそうだ。
「だけど、今回ユータくんたちが護衛をしてくれるって言うなら、話は少しばかり変わるよ?」
ふふ、と笑みを浮かべた彼は、まるでラキみたいな顔をした。
「採り放題……! 食材、採り放題……!! それなら、喜んで行くよ?!」
ああ、素材馬鹿ならぬ食材馬鹿がここに。なぜ馬鹿というのは誰もかれも似たような雰囲気になるんだろう。
『それは同じ馬鹿だからだぜ!』
『あなたは色んな馬鹿を齧ってるから、大変ね』
あまりの暴言に目を剥いた。さすがにそれは……看過できないよ?!
「オレ、馬鹿になるようなのないけど?!」
「えーお前色々あるんじゃねえ? もふもふたちとか、魔法とか、料理とか」
「お昼寝にさえ、並々ならぬ執念を感じるけど~」
いや、それは違う! それは、純然たるオレの根幹にあたる3大欲求であるからして――
『あうじ、すごい! そしたや、いちゅも馬鹿ね!』
きらきらした瞳による、渾身の一撃がヒットした。アゲハ……それ以上はいけない。
ほんのり心にダメージを負いつつ、オレたちはのんびり町の外へ向かった。
門で『草原の牙』と待ち合わせしているから――
「あっ! いたいた! ねえーーー! ここよここ!!」
「ユーータ! こっちこっち~~!」
我関せずと群衆に紛れる一人と、両手を振ってぴょんぴょん飛び跳ねている二人。
あ……ちょっと恥ずかしいです。
一斉にこちらを見た数多の視線にさらされ、ちょっと首を竦めた。
「ちょっと、やめな! あんたらは幼児よりも幼児か! 恥ずかしいよっ!」
「やだもう、そんな若くないよ? けどいつもルッコは元気がいいって言われるのよね! それだけが取り柄だなってこの間も言われちゃってえ!」
「痛えっ! ちょ、なんで俺だけ殴られたの?! 俺だって元気は取り柄……いや、言うほど元気でもねえけど。ニヒルなダンディ溢れるニースさん、っていぶし銀な魅力も目覚め始めた――」
「騒動必至。平にご容赦」
……久々だけど。なんか、相変わらずだなあ……リリアナ以外はものすごく賑やか。
『無理……これは無理だわ。追いつかない、ツッコミ手が大幅に不足しているわ』
モモが、愕然としている。
そ、そうか……確かに、草原の牙は全員がボケにあたるのでは?! 唯一のツッコミ(?)として投入されたキルフェさんの過剰労働が心配になってくる。
「なんか……俺って結構落ち着いてんだなって、今思った」
「奇遇だねえ~。僕も、タクトって案外落ち着いているような気がしてきたところ~」
タクトが落ち着いているなら、オレなんて賢者じゃないだろうか。
少し機嫌を直して、シロ車を取り出した。
「馬車で行くのもいいけど、シロ車が早いよ! それに……プレリィさん、普通の街道を行くつもりないでしょう」
絶対、食材を求めて道なき道を行くに決まっている。オレだってそうする。
「ふふっ、さすがユータくん、よく分かってるね! 頼りにしてるよ?」
「任せて! その代わり、オレにも色々教えて!」
『ぼくも、美味しい匂いがしたら教えるからね! お店の人、美味しいの作ってくれるかなあ』
ウォウッ、と嬉し気に瞳を輝かせたシロが、銀粉を振りまくようにしっぽを振った。
そりゃあもう、とびきり美味しいのは違いない。
いつもの3人用シロ車に乗り込むと、この人数は結構ぎりぎりだ。
当然、余計な物を片付けてスペースを広く取ってある。テーブルやお菓子ボックスやお布団にごろ寝枕なんかも片付けてしまったので、なんだか普通の馬車みたいで寂しい。
お尻が痛くなるので、ふかふかクッションだけは置いてあるけれど。
ひとしきりシロ車に感動した面々が褒めるのを聞いて、シロの尻尾がぶんぶん揺れている。るんるんのスキップで空が晴れ渡りそう。
「――ねえ、お昼までの時間で、色々今後の計画を立てない?」
先頭でシロを撫でていたオレは、振り返って笑みを浮かべた。
「え……ユータがそんなこと言うなんて。まともな冒険者みたいじゃねえ?!」
「まだ、分からないよ~? 早合点は、危険だと僕は思う~」
ぎょっとした二人にまじまじと見つめられ、むっと頬を膨らませる。オレはいつも通りですけど!
「賛成賛成! 何話す? 私はぁー、森人郷の人気店巡りの計画を立てたいんだけど!」
「至極同意」
「けどさ、お前らよく考えろよ? 誰がその人気店を知ってんだよ。ここにいる森人は流行り廃りの外にいたボッチ×2だぞ?」
「「あぁー……」」
「……あんたら、悪口は本人のいない所で言ってくれるかい?!」
話が! 進まないんですけど!!
せっかく! オレが場を取り仕切ろうとしているのに!
怒りの形相でパンパンと手を鳴らして、再び注目を集めた。
「ちょっと! 真面目に!! そうじゃないでしょう、もっと直近のことから決めて行かなきゃ! 到着してからのことは、もっと後でもいいの!」
腰に手を当て、学校の先生よろしく草原の牙面々に視線をやる。
おお、と目を見開くタクトとラキに腹が立つ。
「不本意……あんた今、あたしも数に入れなかったかい?」
だって、キルフェさんもメンバーだし。
きゅっと口を閉じた3人+1人に頷いて、相談を始めるべく、プレリィさんに視線をやった。
「それで……まず、今後の討伐や採取の都合もあるし、ある程度目途をつけておいた方がいいと思うんだ」
「そうだね。闇雲に……闇雲に集めてもそれはそれでいいけど、今回は料理で護衛代を支払っているようなものだし」
深々頷いたオレとプレリィさんが互いに通じ合って笑みを浮かべる。
「「まずは、ランチのメニューだね」」
声を揃えたところで、ラキとタクトがガクッと項垂れた。
「はあ……やっぱそうか」
「だから言ったじゃない~」
肩を叩き合って何やら労っている二人は、お食事メニューに興味がないって言うの?
せっかく、リクエストを聞こうと思ったのに。
下ごしらえに時間のかかるものもある、長時間煮込むものもある。まずは、その計画をたてなければ、日々の美味しさは作られないんだよ?!
「はいはい! 俺肉がいいでーす!」
「わたしも肉がいいですー!」
「美食なら可」
うん、草原の牙面々のリクエストは、聞くだけ無駄ってことが分かった。
オレとプレリィさんは、道中の魔物や植生を考慮したメニュー考案のため、しばし膝を突き合わせて話し込んでいたのだった。
『草原の牙』がいるとセリフで埋まる……!!