950 予定は未定
「ただいま!」
ふわっとベッドの上へ転移して、そのままダイブしようとしたのだけど。
「お、帰って来た」
「おかえり~」
きっちり抱き止められて、目を瞬いた。
オレを抱えたタクトが、いきなり顔を寄せて犬のようにフンフンやり始める。
「なんかお前、すげえいい匂いする!」
「ホントだ~、お姫様っぽい~」
その香り、実は足から香ってるんだけどね? あ、オイルマッサージした手の方かな?
「足湯とオイルマッサージしたからね! 今度二人にもマッサージしてあげる!」
くすくす笑ってベッドに下りると、なぜかオレのベッドにいる二人を見上げて首を傾げた。
「何やってたの? なんでオレのとこで」
「お前が帰ってくるかと思ってさ」
「これからの予定とか~依頼のことを相談してたんだよ~」
ええっ?! そんな立派な冒険者っぽいことを?!
目を輝かせて腹ばいになると、ベッド中央にいくつか本を並べて平らな陣地を作り、クロス代わりにタオルを掛けた。
「じゃあ続き! 続きやろう! どこまで話したの?」
クッキーを並べ、他につまめるもの……と悩んでチーズも出しておく。そういうことは早く言っておいてくれれば、つまめるものをたくさん用意しておいたのに。
「相談には食べ物が必須なんだね~? 嬉しいけど~」
「そうこなくっちゃあな! 美味いモンがあれば話も進むもんな!」
嬉しげに二人も腹ばいになってクッキーに手を伸ばした。
お行儀は特別悪いけど、ここはオレたちの部屋なんだからいいの! そしてこぼれた分はモモとティアが綺麗サッパリ片付けてくれるから。
「と言っても、大したこと話してたわけじゃないんだけど~」
「そうそう、遠征ついでに王都の方に行くか、別のダンジョンとか目指すかって話とかさ!」
十分大した話だよ! そんな楽しそうな!
「Cランクだもんね! そっか今まで行けなかったダンジョンなんかも行けるよね!」
フルーツも小さくカットしてピックを刺しておけば、すぐさま二人の手が伸びた。
「王都だと依頼には困らないだろうけど~、せっかくだから今まで行ったことない町へ行くのもいいかなって~」
フルーツとチーズを一緒に刺して、蜂蜜小皿にワンバウンドしてから口の中へ。チーズの香りと塩気と、爽やかな酸味とこっくりの甘み。なんだか色んなものがいっぺんに主張して味覚が忙しい。
「いいね! ちゃんとした護衛依頼だって、さすがにCランクなら頼みたいって人もいるんじゃない?」
二人が揃ってオレの真似をして食べながら、頷いた。
「だよな! 護衛リベンジやろうぜ!」
「見た目はどうしようもないけど~、Cランクの看板はさすがに伊達じゃないと思うしね~」
オレたちは堪えきれない笑みを交わしてくすくす笑った。
Cランクだって! カッコいいよね!
「じゃあ、一旦僕たちが行ったことのない方面への護衛依頼を探すってことでいい~?」
そんなに都合のいい依頼があるかは分からないけれど、オレたちあんまり遠出してないんだから、王都以外なら大体当てはまるはず。
むふむふと口元を緩めつつ、立派に護衛を務める自分を想像していて、ハッとした。
「あっ……だけど、できれば貴族の護衛は避けたいなあ……」
だって、どの人もガウロ様とかカロルス様みたいな人ってわけじゃないだろうし。当たり前だけどマナーとか、色々……気を付けることはできるけど、窮屈だもの。
「あーそれは絶対だな! 俺、丁寧に話すのシンドイ」
「タクトはそもそも言葉遣いが怪しいと思うけど~。Cランクなんだから、もう少し気を付けないと~!」
でも、Aランクだけどカロルス様はあんなだよ? 多分、最低限クリアすればいいような気がする。だって、冒険者が貴族教育を受けていないのなんて当然だし。
「貴族以外だと、商人さんとか?」
「多いのはそれ系だろうね~。あとは調査系とか、神官たちとか~?」
「調査なら、結構戦闘もあるよな! そういうのあればいいな!」
「だけど、それだと町へは向かわないから~到着場所は人里離れたとこになっちゃうけどね~」
そっか……どうせなら初めての町に行きたいな。かくいうオレは、一般の認識から言うとものすごくあちこちへ行っている、ということになるけども。
だけど、人がいる場所に顔を出さないようにしているから、こうして堂々と町を訪問できるのはとても嬉しい。
『はいはい! 俺様、温かくて安全でおやつの豊富な町がいいと思うんだぜ!』
『あえはも! あえはもそうももうんらぜ!』
いつの間にかちょこりと腰かけてクッキーを齧っていたチュー助とアゲハが、声高に主張した。
「うーん、それだとロクサレンになるような気が……」
「確かに」
「間違いないね~」
多分、世界で一番美味しいものがあって安全な場所はロクサレンだろう。
『ぼく、どこでもいい! 違う匂いがするところまで行きたいね!』
匂いが変わるところ、か……シロらしいけど、ある意味詩的だね。知らない匂いがする町って、いかにも新鮮でわくわくする。
「何にせよ、依頼がなきゃ行けないからね~。じゃあタクト、そういうことで~」
「いいの見つけてね!」
「いいけど……お前らも来いよ?! Cランクなら、そこまで早朝じゃなくても依頼残ってんじゃねえ?」
分かってないな、そこまで早朝じゃなかろうが、朝早いことに変わりはない。そこは適材適所、というやつだ。
にっこり微笑むオレたちに胡乱な視線を向け、タクトはやれやれと肩を竦めたのだった。
「くっそーーついに……ついに来たか」
「やられたぁあ~~~! いや、いつかは、と思ってたけどさあ!」
「想定内の想定外」
テーブルに突っ伏して嘆く3人を前に、オレたちは苦笑して前菜をつまんだ。
「ほーんと、ぐんぐん上がっていくとは思ってたけど、あたしもここまで早いとは思わなかったよ!」
キルフェさんが、淡い緑の髪を揺らしながら『本日のスープ』をオレたちの前へ並べていく。
依頼を見つけるより先に、彼らに見つかって『鍋底亭』でお祝い奢りをしてもらうことになった次第で。
「な、なあ……試験、どんな感じ? 俺ら、イケそう?」
「ちょっと?! それ聞いて『無理そう』ってキッパリ言われんのキツイんだけど?! やめて?! 答えなくていいから!!」
「現時点で相当望み薄……」
相変わらず賑やかな面々は、もちろん、『草原の牙』。
言われてちょっと考えてみたけど、あの試験、ニースたちがそれぞれクリアできるかというと……。
オレたちは微妙な顔で視線を交わす。
……だよね。あの、その……オレが思うに、イケそうなのはキルフェさんだけでは……。
返事を求められなくて良かったと、心から安堵する。
「Cランクかあ。それじゃあ、僕も遠慮なく素材狩りをお願いできそうだね。あ、僕の護衛についてもらえばいいのかもね」
厨房の方から、プレリィさんがふんわり穏やかな笑みを浮かべた。
「えっ、でもプレリィさんって結構強そうな気がするけど……」
見た目はこんな優男だけども、何と言うか、揺るぎない何かを感じる。
「ふふっ、そんな風に言われることってないなあ。僕、戦闘は好きじゃないし、道中は下処理や採取に集中したいからね」
強くない、とは言わなかったね。だけど、魔法使いだろうから一人では不安があるかもしれない。
「オレと一緒だったら、収納使えるしね」
何の気なしにそう言うと、ハッとしたプレリィさんが目を輝かせた。
「そっか……そうだよ! そんな絶大なメリットが……!!」
とりあえず、オレたちは遠征護衛依頼を受けたいんだけども。そして、帰りは出先で滞在したいので、片道護衛が理想。
……でも。そう言わないのは理由がある。
オレたちは目の前の料理に視線を落とした。
プレリィさんの護衛。すなわち、野営する距離であれば都度、彼の料理が食べられるということで……!
ユータくんは何のためにシャラに会いに……