949 鳥エステ
夢よりも、夢みたいだな。
さわ……一面青の視界の端で、色とりどりの花が揺れて、オレの髪も揺れる。
さっきまでしっかり足湯を楽しんでいた体は、浸かっていたのが足だけとは思えないほどスッキリぽかぽかしている。
時折香る、花とハーブの香りが自分から漂っていると思うと、なんだか嬉しい。
腿までまくり上げた足をそのままに、服は一枚脱いで。
くたりと脱力した体の上を、裸足の足を、風がさらりと撫でていく。
なんだか、このままこうしていたら、オレも精霊さんになっちゃいそう。
「気持ちいいね」
「気持ちいい」
すぐさま返って来た声が、本当にふんわり緩んでいて、笑みを浮かべて隣を見た。
こちらを向いていた風色の瞳と視線を絡め、ふふっと笑う。
『シュール……シュールなのよその光景は』
モモがぶつぶつ言う声がする。
いいじゃない、誰が見ているわけでも……まあ、風の精霊さんはたくさん見ているけれど。
『ヒトの子、寝る? 寝ちゃう?』
『ふつうのヒトの子、あまりお外で寝ないよ』
時折オレにイタズラを仕掛ける風の精霊たちが、さわさわ囁き合っている。
オレは普通のヒトの子だけど、お外でよく寝るよ。
『異議あり! 主、そこは納得できないんだぜ!』
『あうじ、あうじは普通なないんらぜ!』
花畑できゃっきゃしていたチュー助たちが、こんな時だけ反応してくる。
しっかりしてきたアゲハのツッコミが最近厳しい。
「だけど、こんな状況なら誰だって寝るよ?」
『だから、普通はこんな状況にならないのよ』
ぽん、とおでこに飛び乗って来たモモが、まふまふ伸び縮みする。
そうかな。贅沢でいいと思うけど。
うーんと伸びをすると、ひんやり花が触れた。
オレたちは花畑に布団を敷いて、二人して空を見上げている。
いつもは直接花畑に横になっているんだけど、足湯をした今日は、さらさらの布団が恋しくて。
「足、さらさらするでしょう。お布団が気持ちいいよね」
言いながら、両足をすべすべ布団の上で滑らせる。
「……さらさらする」
のし、とオレの足に乗っけられたシャラの足が、するするオレの足を確認している。
「ちょっとシャラ、足で! それ、確認するならせめて手でやらない?!」
今足湯したばっかりだし、精霊さんの足が汚いわけはないけども。そもそも、オレの足の話ではなかったんだけど。
だけど、言わない方が良かった。
ふむ、と頷いたシャラが半身を起こして、素直にオレの足を手ですべすべし始めたものだから……!
「す、ストップ~~! く、くすぐった……あはははっ!」
ころころ転げまわり始めたオレにビックリして、シャラが手を引いた。
「なんだ……?」
「くすぐったいの、それ! やってあげるよ!」
うふふ、と悪い顔を押し隠し、ほんのり不安そうな顔をするシャラにずいとにじり寄って手を伸ばす。
当然、絶対くすぐったいように考慮して、触れるか触れないか、つうーっと。さわさわーっと。
もはや、やっているオレの方がむずむずしてくる。
ぴくっとしたシャラが、思い切り唇を引き結んだ。おや……? 抵抗する気かね?
「くすぐったいでしょう?」
「……別に、そのくらい」
おやおや? 面白い。
にんまり笑ったオレは、本格的に体を起こしてシャラの足に取り掛かった。
左手で、スネからふくらはぎをゆっくり、指先でそうっとそうっと撫でる。
ぐっと力の入った足に、そっぽを向いた顔に、ほくそ笑む。
ふふふ……どこまで耐えられるかな?
すっかり意識が左手側に向いているのを確認して、こっそり発動する、右手!
「――うっ!」
途端、もんどりうったかと思うとシャラの姿が消えた。
「卑怯だぞ! 足の裏は!!」
堪えきれずにジタバタ転げ回っているのは、なぜか大きな猛禽。
なんで鳥になったの……? 転げまわる鳥って、それこそなんかシュール。
そんなに爆笑する姿を見られたくなかったんだろうか。
「お前も足の裏を出せ!」
「やだよ、オレ足の裏じゃなくても十分くすぐったいもん!」
怒ってぺんぺん布団を叩く鳥足がかわいい。でもその爪、布団破らないでよ?
いかにも固そうな、恐竜を思わせる足。
「鳥の足だと、あんまりくすぐったくなさそうだね?」
そう言ってみると、シャラはくりりと猛禽の首を傾げた。
「触ってみろ」
「いいの?」
ルーは足にはあまり触らせてくれないし、シャラも嫌がるかと思いきや、特に抵抗なく足を差し出してきた。
硬いけれど、温かい脚。
足の裏は、鳥も柔らかい。くるりと丸められた指を伸ばしてみたり、鋭いカギ爪をつまんでみたり、ふにふに足裏を揉んでみたり。鳥の足をくすぐるって、どうするんだろうか。
ティアの不安になるような小さい脚と、全然違う。
大きな猛禽の足を触る機会なんてないから、とても面白い。
「くすぐったい?」
「別に」
何でそんな勝ち誇った顔をしてるの。鳥なのに、シャラの顔が透けて見える気がして笑った。
そして、ひっこめられた脚を残念に思う間もなく、もう一方の脚が差し出された。
もしかして、鳥足マッサージがお気に召したんだろうか。
「シャラ、ころんって寝転べる?」
あんまり鳥が仰向けに転がってる姿って、見ることないけど。
「造作もない」
やけに偉そうにそう言って、猛禽が背中を布団につけて転がった。両足がきゅっと縮まってかわいいけど、なんとなく、不安になる光景だ。
「じゃあ、鳥さん脚エステやります!」
「なんだそれは」
「まあまあ、大人しくしててよ」
あまり安定感のない仰向けの猛禽を、オレの両脚で挟むように固定して、ほかほかの温タオルを取り出した。それで足を包むと、シャラの身体から力が抜けたのが分かる。
温タオルは蘇芳の好きな温度よりも、割と高め。だってシャラの脚、結構温かいから。
まずはタオル越しにマッサージしながら、歯ブラシを取り出して丁寧に爪を磨く。油断したら、オレの手が切れちゃいそうなカギ爪が、いかにも強そうでカッコイイ。
「……」
何も言わないから、気持ちいいんだろうな。
丁寧に爪と指を拭って磨いてマッサージしたあと、オイルを取り出した。
「なんだそれは」
「足湯の時に開発した、マッサージオイルだよ」
シャラは花の香りに慣れてるから、エリーシャ様たちと同じのでいいかな。
普通の鳥さんに使っちゃいけないだろうけど、シャラは精霊だから問題ないはず。
小さな手にオイルを落として、丁寧に丁寧に鳥足に広げていく。
「……変な感じだ」
「オイルを塗ることなんて、ないもんね」
オレも自分でやってみて、なんともいえないぬるぬる感に食材気分を味わったものだ。
不思議な鳥足の感触が滑らかに手の平に伝わって、ふんわり漂う花の香り。
これ、マッサージするオレの方も心地いい。
「お前、魔力を混ぜたか」
「あ、分かる? オレが使う用のオイルは生命魔法入り特別製だよ!」
まさに、門外不出のスペシャルオイルなんだから。
段々、シャラがうつらうつらしだした気がする。
仰向けで、足をマッサージされながら寝る猛禽。なかなか貴重な光景だ。
温かくて手の平に心地いい脚と、シャラの閉じていく目。あふ、とオレの口からあくびが漏れた。オレの方にまで睡魔がうつってきちゃう。
「はい、終わりだよ」
ひとまず寝ちゃう前にマッサージを終了すると、シャラが眠そうな目で鳥足を突き出した。
「この足はどうする」
「オイル? しばらく置いておくと、結構浸透するんだよ」
拭きとったり洗い流したりもできるけど、せっかくなら浸透させた方が効果あるよ。
「しばらく?」
「そう、1時間くらい? その足じゃあ起き上がれないね」
「そうだな、お前のせいだ」
「うん、責任取って、オレも一緒に……」
ぱふ、と猛禽の隣に寝転がると、ふわ、と風がそよいで猛禽が人の姿になった。
やっぱり鳥の姿だと寝転がるには向いていないんだろうな。
「ああ、お前の責任だからな」
寝転がったオレたちは、顔を見合わせてくすっと笑うと、誘われるままに目を閉じたのだった。