948 特別なくつした
「はいっ! シャラ、選んで!」
「なんだ、これは……?」
「入浴剤一覧です!!」
一面の花畑をぺしゃんこにしてしまうのは気が引けたので、オーダー形式にしてみた。
まだ試作段階のものを含め、我がロクサレンには現段階で構想のある入浴剤一覧があるわけで。
それを取り出して、満面の笑みを向ける。
「これがね、いろんな種類のお湯なの! いい匂いだったり、肌に良かったり、色々だよ! いくつでもお試ししてみよう! でも、全部は結構大変だと思うよ」
あんまりちゃぽちゃぽ出たり入ったりしていても、なんだか味気ない。
3種類か5種類くらいで、のんびり楽しむのがいいんじゃないかな。
真剣に一覧を眺めるシャラの眉間に、皺が寄る。
「……多すぎる」
「ま、まあね。色々入れていたらすごい数になっちゃって。でも、組み合わせも多いから……」
フラワー系+ミルク+蜂蜜、とかね。
「お前が選べ」
「いいけど……どういうのがいいとか、ある?」
「たとえば?」
そうだなあ、シャラはそもそもお風呂に入ることがないんだから、ノーマルっぽいのもあった方がいいのかも。
お湯が透明なもの、色がついたもの、香り高いもの、見た目が面白いもの、効果が高いもの……あ、これでもう5種類だ。
「うーん、塩風呂、ミルク系風呂、花かフルーツ系、薬草か泥風呂、ハーブ風呂……かな? 薬草風呂はいいんだけど、ここでやると香りがすごいから、泥風呂かな?」
「泥……? 風呂で、泥??」
お、興味がありそうかな? そう、泥風呂がもしかしたら一番驚かれたかもね。
「そう、こちらの泥はサラマンディア産の粒子が細かな、火山灰メインの泥を使っておりまして! 今ならオレによる洗浄魔法によって完璧に清浄されております!」
ふふん、と胸を張ってみせる。まあつまり、これはまだ一般販売されていない。全部をオレが洗浄魔法かける必要があったら、まともに販売できないし。
だけど、エリーシャ様とメイドさんたちからの反応は一番いいかもしれない。とっても肌がつるつるぴかぴかになるんだとか。……本当かな? 一旦泥で汚れるからそんな気がするんじゃない? とは言いづらい。
まずは、と塩風呂を用意して、ベンチも完備。
どうぞ、と言う前にシャラが隣へ腰かけた。
「こうやって……足を出して、お湯に浸けるんだよ!」
じっとこちらを見るシャラに、靴などを脱ぎ捨て、腿までズボンをまくってみせる。
シャラの服は、全体的にゆったりしているし、大丈夫だろう。
「こう……」
「うーん、それだとすぐ下がって来るよ」
そうだね、シャラは不器用だね! シャッとまくりあげ、腿で丁寧に折り返してあげると、わざわざ立ち上がって面白そうにしている。
短パンの精霊様……。ちょっと、あの、他の人にそれ見せちゃだめだよ?! 威厳が……。
「あとは、足を浸けるだけなんだけど、その前に……」
ちょい、と指を浸けて舐めてみせる。まだ、まだ綺麗だからね?!
「飲むのか?」
食い意地の張った精霊様が、ちょっとすくって口に含み、ぎゅっとしかめ面をした。
「ふふっ、飲まないよ! でも、このお湯は見た目も匂いも変わらないから、こうやって確かめておいた方が面白いでしょう?」
「面白くない。まずい」
「食べるものじゃないから! 入って楽しむの!」
大笑いしながら、ちゃぽ、と足を入れると、目を丸くしたシャラが恐る恐る足を浸した。
「はあ……足を浸けるだけでも、すごく気持ちいいでしょう?」
小さな足が、ゆらゆら光が揺れる桶の中、白く眩しい。隣に並んだシャラの足も白いけれど、やたらと丸っこいオレの足と違って、角ばって青年らしい。
「……きもちいい」
ほわ、と緩んだ表情を確認して、オレもにこっと笑う。
『ヒトの子、ヒトの子、それなに』
『お水に入るの、知ってる。お風呂だよ』
口々にさんざめきながら、オレたちの間を抜けていく風の精霊さんたち。
物珍しそうに、さわさわオレの足に触れては通り過ぎ、水面に波紋をつけていく。
温かい日差しが柔らかく花畑を照らして、花が返す光も優しく揺れる。
ああ、いつまででもこうしていられそう。
飽きてしまったのか、花畑の向こうでつむじ風を起こしている精霊さんたちを眺めていると、隣から視線を感じた。
「……他は?」
「他? ああ、そっか」
次は、お湯自体の色を変えて……オレお気に入りのはちみつミルク風呂だ。
なんだかこう……丁寧に下ごしらえされているような気がして、悪くない。
『その感想で悪くない、になる意味が分からないわ』
頭の上でまふまふ揺れるモモが、ぽんと肩に飛び降りて来た。
そうかな? どうせなら丁寧に、じっくり下ごしらえして食べられたいじゃない。
「白い……これは、飲むものだろう?」
今度こそ、と見上げるオレの視線に笑って、首を振る。
「残念ながら、入るものだよ! 飲むには、薄いかな」
本当に残念そうにするから、こういうこともあろうかと……なんて、冷えた蜂蜜ミルクを取り出した。
これはね、同じく蜂蜜ミルクに入っていたらオレが飲みたくなるから。ちゃんと準備してあるんだよ。
「飲むなら、こっち! 甘くて美味しいよ」
火照ってきた体に、冷えた甘いミルクが染み渡る。
「うまい」
「これに入ってると思うと、面白いよね」
「それは、面白いな」
じっと足元を見て、グラスを見て、シャラが笑う。
『ヒトの子、これどうぞー!』
『シャラスフィード、あげるー!』
「わあっ?! わわっ!」
精霊さんたちの声がしたと思ったら、突如、甘い香りと共に滝のようなフラワーシャワーに見舞われた。
「邪魔をするな」
『してないー』
『してないー! ヒト、こうやってた!』
花の雨の中、むっと見上げたシャラ。美しい青年は、光の中で宗教画みたいだ。
「シャラ、すっごく綺麗で、カッコいいよ!」
目を細めて拝んでみせたら、こちらを見下ろしたシャラが、ふんと笑った。
「お前とは違うからな。お前は、菓子みたいだぞ」
「どういうこと?!」
伸びて来たシャラの手が、オレの髪から花びらをつまみとって、口へ入れる。
「……甘そうに見えた」
不服そうな顔に、くすっと笑う。なかなか、甘い花びらはないでしょう。
ぶんぶん頭を振ったら、降り積もった花びらが散った。
わあ、ベンチにも降り積もって、本当に色とりどりのデコレーションみたいだ。
「あ……いつのまにか、ミルク風呂がフラワー風呂になったね!」
動かした足に伴って、こんもり水面に散った花びらが揺れる。
持ち上げたシャラの足には、まるで装飾のように花びらが貼りついて鮮やかだ。
「花柄くつしただね!」
オレの短い脚も持ち上げて、随分カラフルになったそれをシャラに見せた。
「趣味が悪い」
「綺麗でしょう!」
随分派手なくつしたを見せ合って、オレたちは大笑いしたのだった。