947 根回し
「――お前は……どこまでウチを発展させるつもりだよ?!」
頭を抱える領主様に、素知らぬ顔をする。
それ、恨み言として言う内容じゃないから。
それなら、売り込みに行ったエリーシャ様とセデス兄さんを恨んだ方がいいんじゃない?
そりゃあ、あのキラキラしい二人が『お肌にもとっても良くて~』なんて勧めちゃったらバカ売れするに決まってる。
お金があるのはいいことなので。
今回のは王都で販売できるから、さほど村に人を呼び込むものではないし……大丈夫の範囲だ。たぶん。
カロルス様が嘆いているのは、もちろん、ロクサレン発の入浴剤? 入浴法? が大人気だからだ。
ポプリのように袋詰めになったハーブや花系の入浴剤が、貴族から大変人気のお品となっております。
そこに、気分を変えたいときにワインをひと垂らし、なんてそれぞれちょっとしたアレンジレシピも加えたもので。
贅沢大好きな貴族様たちが、こぞって買い求めるようになってしまった。
「こっちのハーブ系のとか、父上が好きで――なんて言ったら飛ぶように売れてね。宣伝文句に必ず書かれるみたいだね」
セデス兄さんがほくほくした笑みを浮かべた。
えっと、それはその……いいの? 『カロルス様の香り』なんて書かれているPOPを想像して、ちょっと笑みを引きつらせた。
実際、赤身肉用ハーブ風呂は気に入って使っているみたいだし、間違いではないけど。
「いいんじゃない? 女性から男性へのプレゼントとしても人気だね。目を閉じたら父上がいるような気分に浸れるとか。女性にモテる香りだってもっぱらの噂だよ? まあ、クサいよりはモテるだろうから間違ってないよね。」
そんな、身もふたもない……。さすがに、匂いだけでモテはしないだろうけど……え、でも、そういうこともあるんだろうか?
だったら、オレもミルクとはちみつはやめて、赤身肉にしてみようかな……。け、決してモテがどうとか、そういうわけじゃなくて! こう、カッコいい雰囲気が演出できるならってことで!!
ちなみに、ロクサレンの銭湯計画も進行中だ。こちらは、主に庶民向け。
だって宿は宿でお風呂があるんだから、銭湯なんて大衆的なものを使うのは庶民でいいだろう。
庶民のちょっとした贅沢として、ロクサレンで美味しいものを食べてお風呂に入る、なんてことができたらいいよね!
あと、ヤクス村は他種族がいる都合もあって、旧村側はあまり新住人の受け入れを行わないという方針になったみたいだ。
カロルス様が、これ以上増えたら駄々をこねそうだし。
いずれは魔族とかヴァンパイアとか、いろんな人もここからじわじわ広がっていけたらいいなと思う。
多分、そんなに難しくない。だって、他種族って言ってもオレたちと変わりがないし、村のルールさえ守っていれば、何ら問題はないもの。
人ってやっぱり慣れるものだから、現に新村の人たちも割とすぐ他種族がいることは気にしなくなっている。
……そうでない人たちが消えている、というのは……まあ、七不思議ということで。何というか、当たり前だよね、ここには諜報能力に長けたメイドさんズがいるんだし……。
いや、決してダークな話ではないけどね?! 穏便に退去いただいているだけで。
そもそも、方針に納得してから来てほしいものだ。
「はあ、僕が治めるのはすごく嫌だけど……ある程度安定した地盤があった方が当然助かるよね。放っておいても収入はある状態にしておけば……」
領地の発展に複雑そうなセデス兄さんだけど、火の車な領地よりは潤沢な方がいいに決まっているし、少し考えを改めたらしい。
「そうね。あまり国の方がうるさく言うなら、それこそ独立できるくらいの力を持てばいいのよ。私、セデスちゃんとユータちゃんに苦労をさせたくないもの! だから、全力でここを豊かに! 力をつけるのよ!!」
「よい考えだとマリーも思います! 美しいものとかわいいものを集めた素晴らしい国を作りましょう!!」
「やめて?! 僕、そんな面倒なこと嫌だからね?! 余計苦労するから!」
やる気に満ち溢れている武闘派二人に、セデス兄さんの苦労が偲ばれる。
「ですが、本当にこのままでは国の目は常にこちらへ向けられることにはなりますね」
今もそうですが、なんて不吉なことを言って、執事さんが苦笑する。
「え、えっと……積極的に王様に貢物をしよう?! そうしたら、許してくれるかもしれないよ!」
「王様ってそんな簡単に懐柔できるかなあ……」
セデス兄さんの目が虚ろだ。
「そうですね。貢物はあってもいいですが……もっといい方法もありますね」
ちら、と執事さんの視線がこちらを向いた。
え、何だろう? オレ? オレが何かできるの?
「王様と直接話ができるような、絶対の信頼を置いているような……そういう存在が味方であれば……こちらに反乱の意思がないと王自身には伝えられるかもしれませんね。まあ、反乱の意思があればそんな必要はないのですが」
物騒なことを言って、執事さんが微かに笑った。ぞわり、震えるような気配が漂う笑みは、一瞬で好々爺の顔に変わったけれど。
「王様と直接話ができる人って……」
誰だろう、カロルス様だってやろうと思えば話せると思うのだけど、そうじゃないってことだ。
もっとお偉いさんだと、そうか、ガウロ様とか? そりゃあ力のある助言にはなるだろうけど……そこまで影響はあるんだろうか。ガウロ様って元々カロルス様と仲がいいし。
同じ王族仲間なら、ナギさんとかエルベル様とか? でも、他種族と仲がいいのは、余計に反乱を疑われる原因になってるしなあ。
王様に影響がありそうなお偉いさんを思い浮かべて、首を傾げる。
誰も当てはまらないような気がして――あ。
オレは、にっこり笑った。
久々だし、ちょうどいい。そういえば、お風呂なんて入るんだろうか?
せっかくだから、勧めてみようか。
「オレ、ちょっと出かけるから! またね!」
「いってらっしゃい……あの、別に味方してもらわなくていいから……ユータが絡むと余計拗らせそうだから……」
げっそりした顔のセデス兄さんが、そう言って手を振った。
「……ふふっ、綺麗」
転移したばかりのオレの周囲に、花びらが渦を巻く。
ヒトの子、ヒトの子、と喜んでくれる風の精霊たちを引きつれ、花畑に佇む青年の元へ駆けていく。
「シャラ、久しぶり!」
「遅い」
何の約束もしていないけど、オレが遅刻したみたいな言い草で、シャラはむっすりと口を結んだ。
「遅くないよ! 今日はシャラに面白いものをもってきたんだよ!」
「知っている。どうせ、風呂のことだろう」
「あれ? よく知ってるね!」
さすが、風の精霊だ。
どうやら、シャラはオレがロクサレンに関係していることを覚えたらしい。
「王都でよく聞く」
「へえ……そんなに流行ってるんだ! じゃあ、シャラも入ってみる? 精霊様ってお風呂に入るの?」
「入らない」
うーん、聞き方を間違えた。そりゃあ、そうだろうな。
「そうじゃなくて、ここにお風呂を用意したら、一緒に入る?」
「……風呂に?」
目を瞬いたシャラが、不機嫌顔を解いて目を丸くした。
別に、羽があるわけでなし、水で溶けるわけでなし、精霊だってお風呂に入ることはできるだろうと思うのだけど。ああ、妖精さんは羽があるけど水に入っていたっけ。
「水に入ったら弱るとか、そういうことある?」
「あるわけがない。が、わざわざ入ることもない」
そうか……なら、いきなり入浴はハードルが高いだろう。
シャラが服を脱ぐのに恥じらうとも思えなかったけど、精霊は服を脱げないとか服も精霊の一部とか、あるかもしれない。
オレはにっこり笑った。
「じゃあさ、足湯しよっか!」
「あしゆ?」
「そう! 楽しいことだよ!」
小首を傾げるシャラが、釣られるようにふわっと笑った。