945 寝耳に水
「ユータはまだ不貞腐れてるの~?」
「どこに気にする必要があるんだよ……いつもとおんなじだろ」
気にするよ! だって、Cランクになった誇り高い日だよ?!
今日からは、それまでのオレとは違う――そういう、新しい風が舞い、光煌めく朝のはずだったのに! 全部台無しじゃない?!
『そもそも、昼だ』
『スオー、昼まで寝てる時点で台無しと思う』
鼻で笑うチャトと、真剣な顔でアドバイスしてくれる蘇芳。
秘密基地でソファに沈み込むオレは、気分までずっしりだ。
「ほら、これ通知書」
ぽいっと渡された簡素な通知書。ここには特に大したことは書いていない。昇格の通知と、新Cランクカードの受領、Dランクカードの返却を行う旨が書かれているだけ。
Cランクカード……!
「ねえ、二人はもうギルドに行ったんでしょう? カードってどんなの? 何て言ってたの?」
急浮上したオレに苦笑して、二人が首を振った。
「行ってねえよ」
「ユータと一緒に行くでしょ~?」
えっ……本当に?
てっきり、二人は先にギルドに行ったものだとばかり……!
「じゃ、じゃあ早く行こうよ?!」
「いいけど、もう遅いし明日でいいだろ。急ぐ必要ねえよ」
「もうランクアップは決定しているわけだし~」
な、なんて余裕……!! これが、Cランクたる所以か……!
『じゃああなたはまだDランクね』
『主ぃ、Cランクはもう捕まえたんだから、逃げないんだぜ!』
『あうじ、落ち着くんらぜ!』
そうなんだけど……! え、今アゲハにも言われた?!
だけど、落ち着かないものでしょう? オレ、普通だと思うんだけど?!
「――どうしよう、もしかして手違いでオレはランクアップじゃなかったら……」
珍しくバチっと起き……起こされて、朝も早くからギルドへ向かうオレたち。ギルドが近づくにつれ、不安が頭をもたげてくる。
「お前、いい加減落ち着けよ……別に、ランクアップできてなかったらもう一回受ければいいだけだろ」
「そうだよ~ランクアップしてるか、してないかの二択だよ~? 別にどっちでも大したことないよ~」
そ、そうか。大したことない、大したことじゃない……そうかな?! Cランクになってるかどうかって、結構大したことだと思うんだけど?!
苦笑する二人に面倒くさがられながら、ようやく到着したギルド。
扉を開けると、集まった視線。普段ならスッとばらけていくそれが、興味深そうに留まった。
「おい、あれか……?」
「すげえチビだぞ? マジか……」
そんなささやきが、そこここから聞こえてくる。
それなりに名の知れて来たオレたちだけど、それでもそう知名度が高いことはない。何せDランクだったし。
だけど、Cランクになると違ってくる。ボリュームゾーンのD、Eランクから抜けた存在として、見てもらえる。
チビッ子だから、なんて色眼鏡ではなく、本当に実力があると証明できることになる。
堂々と胸を張って歩く、オレの頬が紅潮している気がする。
だ、大丈夫だろうか。今、オレパジャマじゃないよね?
ちら、と自分の服装を確認して安堵した。
『そんなことを気にする時点で、台無しじゃないかしら』
小さなモモの呟きは、聞こえなかったことにする。
「おはようございます~『希望の光』です~。ランクアップ登録に来ました~」
「うふふっ! 話題の三人ね! ランクアップおめでとう、ウチのギルドの最年少よ!」
えへへ、とはにかんでお礼を言うと、受け付けのお姉さんがわざわざ身を乗り出してオレたちの頭を撫でてくれた。
「そうそう、君たちが来たら上に通すように言われているから、ちょっと待っててね!」
駆けて行った受け付けさんを見送って、オレたちは顔を見合わせた。
「なんだろ? お祝いしてくれるのかな?」
「ギルマスが? えー怒られるようなこと、してねえよな?!」
「普通に考えて、今回の試験結果とか検討された内容とかじゃない~?」
そうか、試験結果の詳細とか聞いてないし、そういったことも教えてもらえるのかな?
戻って来た受け付けさんに促され、ギルドマスターの部屋まで足を運ぶ。
思い切り開け放たれた扉は、そのまま入って来いということだろう。
「おはようごさいます~」
そろり、と顔を覗かせた途端、ガッ! と3人まとめて何かに拘束された。
「ああ~~~ウチの天使たちが! ついにCランクになっちゃったわ! 私、私……ビックリやら嬉しいやら悲しいやら切ないやら心配やら寂しいやら感動やら愛おしいやら! もう、もう感情がぐちゃぐちゃで!」
うん……だいぶぐちゃぐちゃだね。
オレたちをまとめて抱え上げたジョージさんが、おいおい泣きながら徐々に腕を締めていく。
それ以上締めると、オレたち合体してしまいそうだよ?!
「うぜえ、お前は引っ込んでろ」
「なんですって?! ろくに説明もできないくせに、どの口が!」
ギンッと睨みつける迫力に動じることなく、ギルマスはしっしと手を振った。
「あ、あの! 何で呼ばれたのかなーって!」
戦闘が始まると面倒なので、慌てて割りこんだ。
「おう、まあよくやったじゃねえか。ひとまずは、Cランクおめでとう」
いかつい顔が、一瞬、ほんの一瞬、目を細めてふっと緩んだ気がした。
ギルマスに、褒めてもらった……!!
褒めてもらったこと、あったっけ?! 怒られる印象が強くて、こんな風に言ってもらえるなんて思わなくて、オレたちは思わずキラキラした瞳を見合わせて笑った。
「ありがとう! すっごく緊張したけど、頑張ったんだよ!!」
弾む胸の内を押し隠しながら、胸を張る。
「まあな、頑張ったっつうのは分かるが……やりすぎなんだよ」
苦笑するギルマスに手招かれるまま、デスク近くのソファへ腰かけた。
「で、でもちゃんとランクアップで……いいんだよね?!」
「今さら取り消しとか、ナシだぞ?!」
思わず身を乗り出したオレたちを物理的に押し戻し、ギルマスが頷いた。
「そうじゃねえよ、今回、結構意見が割れてる。だから、お前らの意思も考慮するっつうことになった」
「一体、何について意見が割れてるの~?」
ラキが首を傾げるのに合わせ、オレたちも慌てて頷いた。
「ランクアップに決まってんだろ」
え……もしかして、本当にやりすぎて降格とか、あり得るということ……?
そんな、持ち上げて落とすようなこと、する?
「だーから! そんな言い方したらダメっつったでしょうが! 言葉足らず!! 心配しなくていいのよ、ランクアップが取り消されたりしないの。そうじゃなくて――」
「だからランクアップだってちゃんと言ったろうが! Bランクへアップするかどうかっつう話だよ!」
オレたちは揃って首を傾げた。
「Bランクへは、そりゃあランクアップしていくつもりだけど……?」
「違げえわ! あのなあ、Cランクからは試験官が中央から派遣されてんの知ってんだろ?」
「「……」」
無言でラキを見たオレとタクト。しっかりギルマスを見つめて頷いたラキ。オレたちも安心して頷いた。
そうだったのか。そういえば、あんな強い人いたら目立ってるはずだもんね!
「……そんなことも知らずに受けてんのかよ。まあいい、だからな、お前らの無茶っぷりは中央にも知られるわけだ。でぇ、そんだけ実力があるならCにとどめる必要ねえだろってことだ」
「CランクとBランクの差は、本当に実力のみなのよ。Cまでは色々できることや能力云々があるけれど、C以上は上級冒険者として純粋な実力差のみ。だから、そういう話が持ち上がったの」
「つまりは……僕たちの意思次第で、Bランクになれる可能性もあるってこと~?」
「ま、そういうことだな」
ぽかんと口を開けたオレたちは、降ってわいた話に顔を見合わせた。