940 時間がかかるらしい
「っらあぁあっ! ――くっそ、汚ねえ!」
「うわああ?! ちょっとタクト! まき散らさないで?! もっと地面に近いところで切ってよ!」
思い切り振るわれた剣、そして続いた蹴りで見事飛ばされた巨大な頭部が、宙を飛んで転がっていく。
ほら、洗浄しなくて良かったでしょう。もうベッタベタじゃない。
魔法も効きにくいワームは、むしろああいう力業の方が早かったりする。あのくらいの力業ができれば、の話だけど。
「俺にだけ言うなよ! あっちにも言えよ!」
「え、うん、まあ……」
でも、ちょっと怖いし。
ラキの通常砲撃魔法ではワームにほとんど効果がない……はずなんだけど。
ブツブツ言いながらうっすら浮かべた笑みが、魔王感マシマシで近寄りがたい。
ふいに、その笑みが深くなった。
「緻密に正確に。寸分たがわず直線を描け。カットライン!」
ふっと手を振った先、瞬きの間にワームの首へ一本の点線が刻まれた。突然の重症にのたうつワームから体液がまき散らされる。
「うわあ?! 何それコワっ?!」
「一回じゃ難しいね~これだけ大きいと二方向は必要~」
いつの間にか移動していたラキが、もう一度カットライン、と唱えた。
そしてワームが首を振った瞬間――勢いのままに、それは点線から離れて飛んだ。
「ひえええ?!」
「えげつねえんだよ! もっと普通に切ってやれよ!!」
「それができれば苦労しないんだけど~!」
「とりあえず二人とも、もう少し周囲に配慮してよ?!」
オレなんてこんなに丁寧に対処しているのに!
伸びあがったワームの攻撃を避けながら、一気に走り込む。
「せーのっ! 稲刈りっ!!」
鎌をイメージしたオレの動きに合わせ、風の刃が一気に巨大な首を刈り取った。
『どうして稲なのよ。草刈りでいいじゃない』
オレのネーミングに厳しいモモから、さっそく苦情が来る。だけど草はこう……束になってないじゃない。稲の方がイメージしやすかったんだもの!
「うおお?! ユータこれなんとかしろ!」
「動くんだけど~?!」
「ええ?! タクト向こうへ投げておいて!」
どうやら切り落とした部分が長すぎたらしい。跳ねるようにのたうちまわって大迷惑になってしまった。おかしい、配慮したのに。
「自分でやれよなあ~!! おらあっ!」
オレができるわけないでしょう。
多分ナンバーワン討伐数を誇るタクトは、もはやでろでろで半ばスライム状になっていた。とても汚い。
そして大空間は、今や怪獣映画の様相を示していた。
のたうつワーム、飛散する岩石、飛び交う首。降り注ぐ体液、舞い上がる土煙。
「うわあああ?!」
「ひいいっ?!」
「いやあああ?!」
逃げ惑う人たちを見て、きゅっと表情を引き締める。
もっと数を減らさないと……! 彼らが危険かもしれない。
『危険なのはそこじゃないんだぜ主ぃ』
『逃げ惑う相手はワームじゃないのよねえ』
「あーあーあー。確かに暴れろと言ったのはあたしだがな?! ファング班クロー班集合! あたしの後ろにいろ、巻き添えを食うぞ!」
良かった、どうやらギルド員さんがカバーしてくれるらしい。
ちら、と見たベラさんたちも問題なく奮闘しているよう。
「もうちょい……! けど俺、もう先風呂入りてえ!!」
大分数の減ったワームを前に、タクトがそろそろ心折れそう。
よし、幸いギルド員さんが人を一か所に集めてくれているから……。
「ユータ、大魔法行きます!!」
はいっ、と手を挙げると、ベラさんたちが光の速さで移動したのが見えた。
前へ進み出て大きく息を吸うと、地面から伸びあがったワームたちを視界にとらえる。
「行くよっ! バースデー・キャンドル・フー!」
せーの! 思い切り吹いた呼気と共に、一気に渦巻く風が押し寄せた。
『いやあぁっ! ダサいっ!』
『俺様はカッコいいと思うぜ主ぃ! キャンドル・フーー!!』
なぜかのたうち回るモモを尻目に、ワームたちは次々巻き込まれ、もみくちゃ状態で向こうの壁に叩きつけられた。
『吹き消すのは火だと思うが』
『スオーも、蝋燭を飛ばしたらダメと思う』
いいじゃない、細かい所は! うまくいった、ということで。
「おし、討伐完了、だな!」
「あ、タッチはナシで!」
「うん、タクトはちょっと離れようか~」
「酷え!!」
視線を交わして、にっと笑う。
3人だと、討伐だって、もしかして危機だって、楽しいものになるかもしれないね。
「依頼、完了したよ~!」
「見りゃ分かるわ!」
オレたちは苦笑するギルド員さんたちの元へ、満面の笑みで駆け戻ったのだった。
「――結果、まだかよ~」
秘密基地でゴロゴロしながら、タクトが唇を尖らせている。
Cランク試験のごたごたから数日、本来試験結果は翌日には通達されるはずが、一向にお知らせがない。
一応、ギルド側からは想定外が多くて難航、時間がかかるという返答はもらっているけれど。
「ま~ちょっとかわいそうなくらい想定外だらけだったしね~」
「でも、それはそれ、これはこれじゃない? 想定外の事態は別に処理するとして、Cランク試験の結果は先に知らせてくれたらいいのに」
だって、お腹の痛い期間がまだ続くかと思うと辛すぎる!
「それもこれも全部、試験の範囲内だから困ってるんだろ」
じとり、と向けられた視線は、オレを非難しているような気がしてならない。
「でも~、これで不合格は納得いかなさすぎるからね~」
「不合格の要素あるかよ?!」
「やめて?! そんなにフラグを林立させないで!!」
最後、結構はしゃいじゃったところもあるし、実力はあるけど落ち着きがないから却下! とかあるかもしれない。
悶々としながら焼き上がりを待っているのは、スターゲイザーパイ……ならぬワームパイ? ワームに見立てた細切りのリンゴやドライフルーツが突き刺さっている、中々特徴的なビジュアルのパイだ。
中身は刻んだリンゴ・ドライフルーツを混ぜ込んだカスタード。
「きゅっきゅー!」
「あ! 焼けたよ!」
いそいそ取り出したパイをそっとテーブルに運んで、胸を張る。
「さあ、Cランク勝利祈願、ワームパイだよ!!」
「うう~いい匂いなのに~」
「アレを思い出させんなよ……食うけどさ」
包丁を入れると、げんなりした顔の二人の瞳も輝く、小気味よいパリパリ音。
熱々で食べるパイって、美味しいよね!
「「「いただきま~す!」」」
三角に切り分けた断面から、たっぷり入ったカスタードとフルーツが零れ落ちる。
パリ、パリリリリ……幾重にも重なった薄氷を踏むような、繊細な感触。
正直、突き刺さっているフルーツは邪魔だけど。
「うっま」
「すっごいパリッパリだね~!」
熱々のクリームと食感の妙に、思わず笑みが浮かぶ。
「美味しいね! ワームも美味しく食べられたらよかったのにね!」
だけど満面の笑みで言った途端、二人の顔が引きつった。
「言うなよ! うまいモン食ってる時に!」
「想像させないでよ~~!」
ウっと口元を押さえて突っ伏す二人に、目を瞬かせた。
「ど、どうして?! 別にマズそうって言ってるわけじゃないよ?! 美味しかったらって……」
「言うんじゃねえ!」
「ストップ~!」
そしてワームパイは、次からは絶対に違う名前で呼ぶように厳命されてしまったのだった。