939 許可
「経路あったぞ! こっちだ!」
「よ、良かった~迷子とかシャレにならないし!」
地図と勘を頼りにワーム道を彷徨うことしばし、ラキ班はなんとか元の坑道へ繋がる通路を発見した。
「けどよ、地図は大分当てにならねえ感じだな」
地図を覗き込むまでもなく、ラキも頷いて苦笑した。
周囲は、明らかに坑道と言うには様相を変えている。
「こんだけ派手に崩れてちゃ……結構怖ええな」
大きく地盤が崩れたのだろう、坑道にあるまじき随分高く広い空間ができている。
「もう下層ルートも地図もよく分からないことになってるし、危険と判断するね。安全な帰路を探そ!」
どうやらウチの班はわりと堅実派だったらしい、とラキは安堵する。
現リーダーの判断に異を唱える者もなく、比較的古く安定してそうな坑道を探しはじめた。
「ワーム、結構なデカさだと思ったが、一匹じゃないんだな」
「これだけ穴だらけだもんね。でも、ワームは群れないよね? 2、3匹ってとこかな」
「そんな知能はねえしな。けど種によっては結構生息場所が被っちまってさ、うじゃうじゃ出ることもあるってさ!」
メンバーが、ぴたりと挙動を止めた。
それは、今言ってはいけないような気がする。
「被るって、結構デカいのに?」
「そーそー、だからうじゃっといる所は地盤がスカスカになっちまって……」
調子よく話していた剣士が、ハッと顔を上げた。
「それって、こんな感じに?」
大空間となったそこから見回すと、周囲の壁面に所狭しと穴が空いているのが分かる。
ごくり、誰かの喉が鳴った。
「……やべえ。どこでもいい、坑道に逃げ込むしかねえ。大空間は不利すぎる」
頷き合った面々がそろり、そろりと移動する。ワーム類は、基本振動を感知するから……。
慎重に壁面へ向けて歩みを進めていた時、どこからかドドドド、と地鳴りが聞こえてきた。
「な、なに?! こんな時に地震?!」
「マズすぎるっ!!」
彼らが咄嗟に駆け出そうとした時、地鳴りは足元からも響いてきた。
「走れ! 下からだ、一旦壁を背に!!」
揺れる地面の方々に亀裂が走る。
何とか彼らが壁に背をつけ振り返った時。大地が沸騰するように盛り上がって――
「お、多い……」
ボコボコ顔を出し始めた巨大なワームは、一体何匹いるのだろうか。
土壁を背に、完全に包囲された彼らが息を呑む。
「く、地響きも近いぞ! 何か来る、左壁面にも備えろ!!」
「もう無理ぃ!!」
「――っ!」
ラキは瞬時に判断した。
「ラピス! ラピス部隊~っ! いる? いたらユータを呼んで~!!」
小さく『きゅっ』と声が聞こえた気がしたのは、希望から来る幻聴だろうか。
この世の終わりのような顔で構えていた彼らの目に、もう一つ異変が飛び込んできたのはその時。
ドゴンッ!
「うわああ?! 何、なにっ?!」
「これ以上何も来るなよ?!」
上方右側の壁面に大きく亀裂が走った瞬間、壁面から何か巨大なものが飛び出してきた。
「ワーム?! なぜ上から?!」
「うわ、やべっ壊れた?!」
落下するワームから覚えのない声が聞こえ――
バゴォンッ!!
右に気を取られた瞬間、左の壁面が爆発した。
「はあああ?!」
「ええええええ?!」
ワームか、と構えた彼らの眼前に迫る、巨岩。
「っいい所に! タクト止めてーっ!」
「は? ぬわああ?!」
また、覚えのない声がして。
大空間には3度目の衝突音が鳴り響いた。
もうもうと立ち上る土煙と、ガラガラと方々が崩れる音が徐々に、徐々に収まってきた頃。
小さく身を守っていた彼らは恐る恐る顔を上げた。
「お、終わった、のか……?」
「何にも終わってないけど~?」
肩をすくめたラキが、呆れた口調で前へ出る。
「お、おい! ワームが……!!」
「今はいないよ~? そ~っと引っ込んでいったよ~」
いくら鈍いワームとて、そのくらいの生存本能はあったのだろうか。
「お、ま、え、なあ! いきなり無茶言うんじゃねえ!! めっちゃ痛えわ!!」
「でも、できたじゃない! も~どうなるかと思ったよ。はい、回復回復~」
ラキにとっては聞き慣れた声が、うっすら残る土煙の向こうから聞こえる。
「あのさ~、坑道内に僕がいるって知ってるよね~?」
にっこり、笑みを浮かべて歩み寄ると、小さな人影がふたつ、びくっと飛び上がった。
「僕、岩も落下ワームも、どっちも即死だけど~?」
そもそも、ワームに囲まれて絶体絶命だったとはこの際言うまい。
「い、いや、だってダンジョンって壁壊れねえだろ?! だから……!」
「ここ、ダンジョンじゃないよね~?」
「坑道内を転がしたらちょうどよく魔物を討伐できるから……! と、止めようと思ったんだけど!」
「他にいくらでもやりようあるよね~?」
耳と尻尾を垂らす2人は、歩み寄るラキを見上げて今にもキューンと鼻を慣らしそう。
「それで~?」
「「ご、ごめんなさい!」」
「よろしい。ま、今回はね~僕も助かった部分があるから~」
ラキが怒っていないのを確認して、ユータとタクトは途端に笑みを浮かべて立ち上がった。
「そうだろ! こっちにお前がいそうな気がした!」
「うんうん! ワームもいっぱいいるなと思って!」
「それなら、もっと気をつけても良かったんだよ~?」
うっと顔を引きつらせる2人は、本当にこの破壊の限りをつくした2人なんだろうか。
「おーい、チビ前衛、その他! いいから今のうちにそこから脱出しろ~!」
坑道から顔を出したギルド員の声に、ラキ班がハッと我に返った。
しかし、脅威は去ったと判断したものか、そこここの地面に再び亀裂が走る。
「に、逃げ……」
「もう無理だ! 構えろ!!」
再びの、ワーム襲来。
先ほどと寸分違わぬ光景ながら、なぜかそこに絶望はなかった。
次々巨体が姿を現わす中、死闘を覚悟して冷や汗をかく面々の耳に、雑音が入り込んでくるから。
「ユータこれ、先に洗浄してくれよ! すげえ気持ち悪い」
「でもどうせまた汚れるじゃない。二度手間だよ」
「うわ~本当に汚いね~? もうちょっと向こうに行ってくれる~?」
「酷え! 汚えのはワームの体液で、俺じゃねえよ?!」
「でも今汚いのはタクトだよ~?」
「確かに」
「酷え!!」
それ、今必要な会話?
ラキ班は混乱していた。今が鬼気迫る状況だと、身体が認識してくれない。
◇
ワーム、こんなにいたんだね。
次々出てくるワームに、オレは半ば感心していた。いくら大地は広いといえど、これは地面の下が気持ち悪いことになってそう。超過密住宅だよ。
「あーあー、めんどくせえな。ファング班、下りてこい! ギルド緊急依頼、ワーム狩りだ! もちろん、試験に加算するぞ! 全員あたしんトコに来い!」
「どうしてかしら……私、このワームの数を見てもあんまり脅威に感じなくなっちゃって」
「そうだな、イケんじゃねえかって気しかしないな」
ベラさんたちが落ち着いた様子で歩み寄ってくる。
ギルド員さんが豪快に剣の腹でワームを殴り飛ばし、その隙に3班が集合した。
「ファングとクローはチビを抜いて合流、ギルド員でサポートする! ベラとイアンは2人で組め! ちび前衛、犬にベラを頼んでいいか?!」
「いいよ!」
「ウォウッ!」
2人はどうやらギルド員さんのお眼鏡にかなったようだと、少し嬉しくなる。だって、驚異の成長を遂げていたしね!
「俺らは?」
タクトが首を傾げると、ギルド員さんがにやっと笑った。
「チビ3人は勝手に暴れろ!」
オレたちは顔を見合わせて、くすっと笑った。
許可、出たよ。
暴れていいって。
タクトの瞳がきらきらしている。ああ、楽しそうだなあ。
ラキの瞳が、静かに燃えている。ああ、嬉しそうだなあ。
オレの身体が、ふつふつ疼いてたまらない。
ああ、楽しいね。嬉しいね。
暴れていいって。3人で!
カクヨムさんの方で、サポーターさんへお礼を込めてSS書きました!
ユータはお昼寝サンプルを集めるために、色んな人とお昼寝する実証試験を行うようです。
そう、それは決して私利私欲のためではなく学術的アレで探究心的なソレからくる純粋なサンプルデータ収集なのです!!