938 ワーム道
「い、今のは……?」
我に返ったメンバーが、恐る恐るラキを見た。
「加工魔法の応用だよ~。細編み加工ってね、面倒なんだ~。ほら、防具とかにもあるでしょ、ザルみたいに細かい穴が開いてるやつ~」
「ああ……」
軽量化、素材の節約、通気性……それなりに広い用途で使われる加工ではあるけれど、加工師としては非常に面倒な加工の一つ。
「あれ、個人の加工師は全部手作業で開けてるわけ~。まとめて一気に穴を開けられたら便利だな~と思ってて~」
いつまでたっても加工の話が続くことに、メンバーが混乱を来たしている。
「あの……それで、今の魔法は?」
「え? だから、細編み加工だよ~」
キョトンとしたラキに、メンバーは顔を見合わせた。
全然分からん。ただ分かったことがひとつ。
……加工師が、このような魔法を使えるということ。
加工魔法は、即実践で役に立つではないか。次から、加工師を勧誘してみよう……。
そんな雰囲気など欠片も気に留めず、ラキはまだ蠢く魔物たちを指した。
「均一化したから、当たる場所はかなり適当~! 早くトドメ刺してね~」
慌てて武器を手に駆けつける面々を見送って、ラキは改めて自分の倒した魔物の数を見た。
「うーん……僕だけは、一般人のつもりだったんだけどね~」
そう言ってくすっと笑ったのだった。
「――倒した魔物の数、これでもう十分って判断になるんじゃねえ?」
「確かに。この人数で、すっごい数の討伐してるよね! まあ、数を稼いでるの魔法使い君だけど」
魔物の処理に結構な時間を割いて、ラキたちは先を急いでいた。
「多分、他の班に比べれば少ないと思う~。僕のパーティメンバーがいるから~」
1番先を行っていただろうユータたちは、恐ろしい数の魔物と遭遇したはず。
ガンガン特攻していくだろうタクト班もしかり。
1番まともに攻略している我が班は、おそらく想定の範囲内の成果でしかない。
「魔物の討伐数は確かにとても重視される項目だけど、他にも色々あるよ?」
「けど、攻略の深度的にも不利だろ?」
ただ、Cランク試験は競争ではないのだ。ラキは、現実的な範囲内で安全にクリアしていければ、試験の合格は難しくないと考えている。目立った功績がなくとも、全ての項目が合格点であればそれでいいのだ。
「――深度ってのも重要だろ? 遅れを取ってる分、ここらでガツンと挽回しねえか?」
前衛を交代し、前を行っていた剣士が意味深な笑みを浮かべて振り返った。
◇
「ま、まだ走るのか?! そろそろ、キツイ……!」
「情けねえぞ! おかげで魔物には遭遇してねえだろ!」
「むしろ、遭遇した方が楽だが?!」
自分の足で走っているイアンさんたちが、バテ始めている。そりゃそうだろうな。ずっと走っているもの。
オレとベラさんはシロに乗っているので、どこまででも行けるんだけど。
「ねえっ! アレ、どこまで転がっていくの?!」
オレの後ろに乗っているベラさんが、くいくい服の裾を引く。
「どこまでと言われましても……運動エネルギーがなくなるまで?」
あの巨大ボーリングの球……ならぬ弾? 誤算だったのは、あれから徐々に坑道が下り坂になってしまったこと。
当初ほどの勢いはないものの、緩急くり返しつついつまでたっても止まらない弾は、どんどんオレたちを引き離して行く。
時折潰れた魔物がいるから、適宜拾わなきゃいけないし。
どこかで行き止まるだろうと思っていたのに、なかなか行き止まらないし、なんだか良い感じに滑らかな通路になって球の勢いは留まるところを知らない。
「これ、ワーム道になってるわよ? 結構下まで行っちゃうんじゃない?! 坑道の地図が役に立たなくなるわよ?!」
「マジか?! あのワーム……! そういやあのデカさだもんな!」
さっきまともに轢いてしまったでっかいミミズみたいな魔物が、ワーム。ワームにも色々いるけど、ここにいるワームは長さよりも太さがあって、結構な重量感だった。ちょうど、この通路くらいの……ああ、そういうこと。
「ワーム道って、あのワームが作った道?」
「そう。ワームがここを巣にして、坑道に関係ない通路も作っていたのね」
オレは元々地図が得意じゃないからいいけど……このメイズと呼ばれる坑道で、地図が当てにならないのは相当なリスクだろう。
他の班は大丈夫なんだろうか。
難しい顔をしたところで、イアンさんが息を切らしながら声を上げた。
「それも、危険、だが! 他の班、大丈夫なの、か?」
「迷路がもっと迷路になっちゃってるよね! 大丈夫じゃないよ」
「それ、じゃなく……! あの、丸い岩が!」
もどかしそうに言うイアンさんのセリフに、ベラさんがハッとした。
「「他の班とかち合ったら?!」」
……あっ。
「全然大丈夫じゃなぁい!! ちょっと、シロ3人をお願い! チャト!」
「はあっ、はあ、助かった……」
「せ、狭いんだけど?! わんちゃん大丈夫なの?!」
「おおぉー! すっげえ気持ちいい! つうかお前、そんな召喚獣もいたのかよ」
大人3人を無理矢理シロに乗せ、オレはチャトに乗った。短距離なら、チャトも結構早い。一気に追いついて止めるよ!
『みんな、行くよ~! ちょっと駆け足ー!』
『ゆっくり行け』
チャト、急いでね?! タクトの方はともかく、万が一ラキ班に当たってしまったら大惨事。
管狐部隊についていてもらうことはできるけど、その場合坑道が崩れて全滅なんて未来になりそう。
結構な勢いで転がっていく球を視界に捉えた時、前方に通路の変化が見えた。
通路が、急激に下っている。このままでは、落下に近い勢いがついてしまう……!!
いちかばちか、思いっきり凍らせてみてはどうだろうか。
そう考えて魔法を発動しようとした瞬間、もそっと。何かが下降する通路から顔を持ち上げた。
あ、と思う間もなく、球は鈍い音をたててワームを轢いた。そして、ワームという障害物によって勢いのままわずかに浮き上がった。
◇
「――確かに、ここを通れば下層の方まで一気に行ける可能性もあるけど。結構リスク高いよね?」
「そもそも、ワーム道なんだからワームがいるんじゃないの~? この道のサイズ感からして、結構な大きさだよね~」
ラキは後衛ポジションについて、のんびりそう零す。
アースワームは大した被害のある魔物でもないし、討伐が避けられがちな魔物でもある。痛覚など諸々が鈍い上、デカいものはデカくて、武器も魔法も効きづらい。特に、ラキの魔法とは非常に相性は悪い。
必殺の一撃ならイケるだろうが……。
ちら、とメンバーを見て、苦笑した。このメンバーの前では使えない。
自分がその後使い物にならなくなっても、なんとかしてくれるだろう信頼が、ない。
「ワームは戦いたくはねえけどさ、まあ面倒だけど強敵ってわけでもねえだろ?」
「でも、ベッタベタになるのは嫌だけど……」
「体液の塊みたいなもんだからなあ……」
かなりの急勾配で下降していくワーム道は、魔物もほとんど出ないため、深度だけで言えば相当下ったことになるだろう。
「でも、これってそもそも坑道と関係ない場所に続いている可能性、あるんじゃない~?」
何気なく言った突端、全員の動きが止まった。
「うわ、やべ! 行きすぎたらヤバい! 今どのへんだ?!」
「多分、多分だけどこの辺りじゃない?!」
「ひとまず、地図を参考に坑道と繋がってる部分を探そう?!」
にわかに慌ただしくなった面々は、慌てて下降よりも脇道探索に切り替えたのだった。
カクヨムさんの方で、【サポパス3周年】『愛され作家No.1決定戦 第4弾』という企画が行われているようで、中間発表にてひつじのはねもランキングの中に紛れさせていただいてました! とても嬉しかったです~! 2/25までの企画だそうで、お礼も込めて限定話更新できるよう頑張ります!! ありがとうございます!!