937 二人の様子
「行け行けぇ! 突っ込め前衛!」
「うおおお!」
水を得た魚、前衛ポジションのイアンさんが嬉々として剣を振るう。
「サポートぉ! 手を緩めるなよ!! イアンが怪我するぞ!」
「いやあああ! 無茶しないでえぇぇ!!」
ベラさんの凄まじい連射援護。ガトリングのごとき圧巻の弾幕……矢幕? 半泣きでさえなければ、息を呑むような攻撃なのに。
イアンとギルド員さんが二人して突っ込んでいるから、まるで戦車。
そして、残りを一掃する矢の雨。
「うわあ……すご」
あの、後衛することないです。
現在後衛のオレ、暇です。魔法使わせる気ないでしょう。
オレたちのパーティ、もしかして結構優秀だったりしない? ギルド員さんはBランクだから当然として、イアンさんとベラさん、当初より実力を上げているような気がしてならない。
Bランクの肩に乗せてもらっている、という感じだろうか。
『違うわね』
『誰が原因かっていうとぉ~ねえ、主?』
両側からつつかれる頬を感じながら、ラキやタクトたちも順調に進んでいるんだろうか、なんてぼうっと考えていた時。
「おわ、やべえ! イアン引けっ! ぶちかませチビ後衛っ!!」
「ふぁいっ!! えっ! 何がいるの?!」
「魔物に決まってんだろが! デカいの行け!!」
駆け戻ってくる二人は見えるけど、ややカーブを描いた通路の先は見えない。
「な、なにがいるか知らないけど! ええと、ええと、ボーリングーっ!!」
えいっ! とアンダースローで投擲のポーズを取る。
ゴロロロロッ!!
……なんか、思ったよりスゴイの行った。
通路ギリギリくらいの巨大な丸い岩が、凄まじい速度でカーブを曲がっていった。
衝突音と、ぴぎゅ、と妙な声。そして、遠ざかっていく巨岩の転がる音。
たぶん、ストライク! ぐ、と拳を握って姿勢を戻す。
「お、おう……マジででかいの行ったな……」
「なんなのアレ……」
「アレ転がしていきゃ、魔物と遭遇することないんじゃ……」
そうっと通路の奥を覗くと、でっかいワームっぽいものが轢かれてぺたんこになっていた。
「こいつら鈍いから苦手なんだよな~。切っても切っても手応えねえし、べったべたになるし」
ギルド員さんがうへえ、と顔をしかめている。でもこのワームサイズだと、魔法もあんまり効果なさそうだけど……なんでオレに振ったの。
「ねえ、今のうちに走りましょうよ! あの岩が転がる先に魔物はいないでしょう?」
「そうだな!」
「違いねえな」
頷き合ったオレたちは、一気に走りだしたのだった。
◇
「おらっ!」
まともに蹴り上げられた魔物が、弓なりにのけ反った瞬間。
「ぎぃやあーーー?!」
ざくり、深々と喉元を貫いた剣。上がった悲鳴。
「なんであんたが悲鳴あげるんだよ?!」
「だって?!」
ぐい、と青年ごと剣を引き抜いたタクトが、強ばるその顔を覗き込んだ。
「ばっちりサポートするから、心配すんな!」
「ち、ちが……これはサポートじゃなくてええぇぇ?!」
「剣、両手でガッツリ握れ!」
ぶん、と投げられた青年。ちょうど魔物が味方陣営の投擲に意識を逸らした所へ、青年……青年の持った剣が突き刺さる。慌てたように後を追う従魔が、魔物に追撃を加えた。
「僕は従魔術師なんですぅうう!! 剣は、主に身を守るためで!」
「けど、今前衛なんだから仕方ねえじゃん」
駆け寄ったタクトが、再び青年を引き抜いた。
「ほら、結構剣でも戦えるだろ? 従魔だけじゃなくて、一緒に戦えばいいんじゃねえ? ユータはガンガン前に行くぞ!」
「ひいいぃい! 僕を振り回さないでぇえ!!」
「剣は離すな! 従魔も頑張ってんぞ!」
張り切るタクトと、哀れな青年の悲鳴。
「なあ、あれはサポートって言うのか?」
「うーん……うーーーん……い、言わないこともないような……」
「いずれにせよ、早くあのトンデモ小僧をサポートから外してやれよ」
「そう言われましてもぉ……ギルドの決まりがありますし……」
派遣されていた管狐は、しっかりとタクト班の様子を観察して、頷いた。
タクト班、問題なし。
きゅっと一声鳴いて、任務を完了し隊長の下へ報告へ戻るのだった。
◇
「僕が前衛をするとか、ちょっとおかしくない~?」
「確かにね。だけど、おかげで回復術師がウチについたのはラッキーかもよ」
パーティメンバーが、肩をすくめて笑う。僕にとっては何もラッキーじゃない、とため息を吐いて、ラキはちらりと回復術士の方へ視線をやった。
珍しいのだろう。ガウロ様ほどではないけれど、回復術師でありながら、使える腕をもつ剣士は。
「だけどね~ウチには規格外がいるから~」
その回復魔法を見て、怪我はしないようにしよう、と心に決めた。
それなのに、こんな魔物の巣窟で前衛に押し出されるとは……。
おそらく、ユータとタクトが先行している。だから、魔物の数は随分減っているようだけど。
ピリリと緊張の糸を張り巡らせながら、用心深く坑道を進む。
ラキには、ユータやタクトほどの感知能力がない。そして、接近されたら終わる。
「サポートさん、魔物の発見は頼むよ~」
「おうよ! 任せな、さすがに魔法使いが前衛は可哀想だぜ」
幸い、腕のある剣士がサポートだったから、魔物の接近は割りと早く感づいてくれる。
それでも、普段と魔物の距離が違う。
タクトとユータの反応にさえ気をつけていれば、自分も反応できる。そんな余裕が、今はない。
何か、方法を考えなくては。
怪我をした場合、回復で命は助かっても、最悪冒険者生命が終わる。
細く息を吐きながら、ラキは何か前衛攻略のヒントを見つけようと必死だった。
ユータは、魔法使いとしても前衛ができる。
なら、僕にもできないわけではない、はずだ。
無理矢理そう自身に思い込ませて、考える。
ユータの魔法……きっと、その使い方にヒントがある。
自在に扱う、変化に富んだ魔法の数々。
そしてワンフレーズ、もしくは無詠唱。
そのまま真似はできない、できないけど……。
「来た!」
「っ!!」
トトトトッ!
軽い衝突音と共に、現れたばかりの魔物4体がよろめいて倒れ伏す。
「えげつねえ……」
「君が前衛だと、他の人いらないんだけど……」
「僕の回復、いらなかった気がするなあ」
若干引き気味のメンバーに無言で微笑んで、実際、そんな余裕はないと冷や汗を拭った。
もし、もっとたくさん来たら。
ユータなら、どう対応するだろうか。デンキーサクだったか、あれは……自分には無理だろうな。
「僕の、得意なこと……それを発展させないと、無理だね~」
砲撃魔法。これは、外せない。少ない魔力で最大の効果を得られる、ラキにとって命綱とも言える魔法。
「――ちょっと待て、危ねえかも。下がれ、下がれ! 多いぞ!」
警戒しつつ考えを巡らせていると、サポートが顔色を変えた。
「下がれって……どこによ?!」
「とりあえず、今は魔法使いを前に出してる場合じゃねえ! ポジ変更だ!」
その言葉が終わるか、終わらないかのうちに、壁の上からみるみる魔物が駆け下りてくる。どうやら、そんな位置にも坑道の名残があったらしい。
「多いな……」
「魔法使い、回復、後ろへ!」
慌ただしく後ろへ引っ張り込まれたラキの目に、20を越えるほどの魔物が飛び込んできた。
「前衛は、僕だけど~?」
そっと前へ戻って来たラキに、身構えていた前衛がギョッとする。
「ば、馬鹿! 今はそんなこと――」
まくしたてる声も聞こえないほどに、ラキは集中を高めて行く。
「いい機会だね。やってみようか」
魔法は、ただ放出するものじゃない。
それを、ユータから学んだ。それが、必殺の一撃になった。
「魔法の2段階。なら、こういうのは――?」
1、2、3………30。
さらに、一歩前へ出る。
接近する魔物に向かい、ふふっと笑みを浮かべて両手を広げる。
「丁寧に、均一に。無駄なく、規則的に――細網加工!!」
ドッ――……!!
いきり立つ魔物の群れが、見えない壁でもあったように、もんどり打って転がった。
「ふふ、これは……いいね~! 魔力を固定して、撃つ。加工に十分応用できる技術だね~! 規則的な一斉加工に革新的かも~!」
響き渡る魔物の悲鳴の中、呆然としたパーティメンバーの耳には、静かな声が聞こえたのだった。
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