935 気が抜けて
「よし、ここで役割交代だ」
さあ野営準備を、と思ったところで、高らかな声が聞こえた。
「「ええ~」」
「や、やったー!!」
一拍の後、渾身のガッツポーズで飛び上がる。
やっと……やっと終わった~! これでもう、怖いものはない。前衛も後衛もサポートもドンと来いだ。
「よしっ! じゃあ今日はスペシャルごはんにしよう~! みんなお疲れ様でした!」
「まだ終わってないからな?!」
「攻略はまだこれからよ?!」
2人が慌ててそう言うけれど、オレはもう気楽なものだ。大変だったけど、最初に嫌なことをすませておいて良かったかも!
ルンルン気分で夕食作りをする傍ら、カードを確認する。
オレは今回、通常時:メンバー、戦闘時:サポートだね。
とはいえ結局、どのパートでもオレが食事担当なのはきっと変わらないだろうな。オレも、美味しいものを食べたいし。
シロ曰く、今日捕れた獲物の中では、どうやらさっきの足長モグラが一番美味しいらしい。今回虫が多かったから……そもそも食べられそうな魔物が少なかったな。
ちなみに残りのメンバーは、大量の獲物を処理している。ここも冒険者の腕の見せ所……にはなるから、オレも一応、料理に使う分は捌いてみせた。残りはお任せで、少々申し訳ない。
「ねえリーダー、サポートって色々あるけど、オレはどんなサポートしたらいい?」
ことこと揺れる鍋蓋を横目に、サラダを作りながら声をかけた。
「次は私がリーダーね……まあ、前衛よりいいか。あなた、回復ができるなら、それがメインになるかしら。あ、でも罠を探してもらわなきゃいけないわね」
「うーん、じゃあシロは罠担当で、オレは回復担当にする?」
こんな時便利な召喚術! オレ1人で、何人分もの役目が担当できる。
『むしろ、部隊まで率いているわよね』
『何人分とかいうスケールじゃないんだぜ!』
まあ……あっても使えない力はどうしようもないというか。
――ラピスたちもお手伝いできるの!
ほらぁ、その気になっちゃったじゃない! きらきらしたつぶらな瞳に、引きつる笑みを返した。
「うん、じゃあタクトとラキの様子を見てきてくれない? 試験だからね、お手伝いはしちゃいけないんだよ」
――でも、シロとモモはお手伝いしてるの。
「うっ……えーと、シロたちはギルドに登録してるからね? ラピスたちは……その、オレの秘密部隊、伝家の宝刀ってやつだからバレちゃダメなんだよ」
――秘密部隊……! 分かったの! ラピスたち天下のトートーは秘密裏に行動するの!
満足気にぽんっと消えたラピスを見送って、胸をなで下ろす。
と、いくらもしないうちに帰ってきた。
――大丈夫なの。二人共生きてるの。
……うん、そうだね。そうじゃないとオレ、泣いちゃうな。
「特に困ってなさそう?」
――困ってそうなの。お腹空いてそうなの。
あ~そうか。二人共野営といえば美味しい食事だからなあ。やっぱりタクトは大量のお肉を詰めていった方が良かったかな? いや、お肉ならいくらでも狩れるだろうし、必要なのは調理の腕だね。
「でも、さすがに赤ワイン煮込みを持っていってもらうのも……。おにぎりくらいなら差し入れてもいいかな」
明日の朝ご飯も必要かもしれないし、多めにおにぎりを包んで管狐部隊に託しておいた。
「オレたちは明日、何食べようかな……」
規定日まであと何日だっけ……その間、飽きの来ないように工夫をしなきゃ。
獲物が万が一、虫ばっかりだったらどうしよう。オレの個人貯肉を解放しても許されるんだろうか。
ひとまず明日の朝食について頭を悩ませていると、両肩から頬をつつかれた。
『主ぃ、一応今試験中なんだぜ』
『頭を悩ませるところが違うのよ』
そ、そうかもしれないけど! だけど最難関をクリアしてしまったから……もう相当に気が抜けている。
「でも、オレ1人じゃないしね。足を引っ張ることになったら大変だ」
もみもみ、と両のほっぺを揉んで気合いを入れる。
『主が気をつけるべきは、他を置いてきぼりにしないことなんだぜ……』
『足を引っ張るより、胸倉掴んで引きずっていってる感じかしら』
ふと、『ユータ懲役』『獄卒』呼ばわりが思い出されて、聞こえなかったことにした。陰ながら人の役に立つというのは、得てして理解されにくいものだ。だけど、真に思いやるならば、時に不名誉な悪役を演じてでも……。
なんて健気な思いを踏みにじるような、じっとりした視線を内外から感じる。
何か言われるより先に、さっと鍋の蓋を取った。
「うん、良い感じ!」
今日の夕食は、かたまり肉の赤ワイン煮込み。肉、そして肉! な人たち相手だと、どうしても喜ばれるメニューはワンパターンになってしまうね。ただし、モグラがいっぱい捕れたので、今日のかたまり肉はカロルス様の拳くらいある。オレ、ひとつすら食べられないかも。
あと、パンを一口大に切ってニンニクオイルでカリリと焼いたら、風味のあるチーズをかけてこんがりと。お祝いっぽくちょっと豪華なディナーを意識してみた。ほかにはサラダとマッシュポテトくらいあれば十分だろう。
振り返ると、処理の終わったらしい面々が、疲れた顔で座り込んでいる。
「もうごはん食べられるよ! ……その前に、ちょっと綺麗にしなきゃね」
オレだって、ここでお風呂を登場させたらダメなことくらい分かる。それは、もう少し仲が親密になって、お風呂入りたい欲が耐えがたくなった時だ。
「腹減った……このままでいいだろ」
「もうクタクタ……あんなに戦闘したことも、こんなに解体したこともないわよ」
「飯はなんだ? すげえ良い匂いがすんだよ!」
ウキウキしたギルド員さんがさっそく席に着こうとするのを引き留め、三人に洗浄魔法をかける。
いつも思うのだけど、オレみたいな人がいないとき、彼らはどうやって汚れを取るんだろうか。血みどろのまま食事なんて、恐ろしいにもほどがある。見た目じゃなくて主に食中毒が。
「やだ何コレ?! すっごく気持ちいい!」
「おお……こんな魔法があるのか!」
「お前それ、何魔法だ? 変な魔法使いやがって」
洗浄魔法も、まあまあダメだったらしい。何魔法だろう。洗浄と言ってもオレの洗浄魔法には色々ある。あの『せんたっきー』だってそうだし、もしかすると『サイクロンソージキー』も一種の洗浄魔法かもしれない。
『違うだろ』
『スオー、違うと思う』
すかさず茶々を入れてくる辛辣組のセリフを聞き流し、どどん! と大胆に盛った赤ワイン煮込みを人数分、テーブルに並べた。
「ひとまず、順調な攻略1日目ということで、お祝いメニューだよ!」
三人の目が、テーブルの上に釘付けだ。さっき討伐したモグラくらいギラギラしている。
くすっと笑って、手を合わせた。
「じゃあ、いただきます! 召し上がれ~!」
ガッ! とカトラリーを掴んだ面々にビクッとしつつ、オレもナイフとフォークを構えた。
器の上でものすごく主張しているかたまりに、そっとナイフをあてがう。
「おお……すごいね」
ナイフを入れる、というより崩していく、と言った方が近いだろうか。スプーンでも良かったのだけど、あんまり大きなお肉だったから。
ほろろ、と形をなくしていくお肉が、煮込みだれの中に沈んでいく。思わず垂れそうになったヨダレを拭って喉を鳴らした。
銀のフォークで、ほどけたお肉を濃厚なウォルナット色に絡めて――
あむっ! と勢いよく食いついた口の中。
とろける肉質、肉汁の溶け込んだこっくり重いタレ。
あー……やっぱり白ご飯にすれば良かった……。
オレはこっそりため息を吐いて、落ちそうなほっぺを支えたのだった。
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