84 領主の後悔と小さな祝杯
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洗いざらい話したあと、頭を抱えて机に突っ伏したカロルス様が右手の人差し指をクイクイっとした。うっ・・これはカムヒア!ってやつだよね・・デコピンかなーゲンコツかなー・・・。
観念して恐る恐る近寄ると、ぐいと引き寄せられてその堅くて大きな体で包み込まれた・・あれ・・怒られるんじゃないの?
キョトンとしていると、低い声が気遣わしげに囁いた。
「お前・・・大丈夫か?その血糊・・色々見ちまったんだろ?怖かったろうが・・!だからすぐ帰れと言ったのに・・。悪かった、ちっこいお前をまたこんな目に遭わせちまった。」
その声音には深い後悔が滲んでいた。そうか、心配していたのは危ない目に合うことだけじゃなかったんだ・・そうだよね、幼児に見せていい現場じゃなかったよ。
凄惨な光景を思い出して、ぞくりと体が震える・・でも・・・。
「カロルス様、ありがとう・・。でもね、オレ行って良かったよ?怖かったけど、人を助けられたんだ。もう一度・・うーん・・何回同じ選択肢を出されても、オレはやっぱり行く方を選ぶよ?だから・・オレを行かせてくれて、ありがとう!」
キレイなブルーの瞳をまっすぐ見つめて、にこっと笑った。
「・・・・お前は、スゲーやつだよ。」
ブルーの瞳はぐっと閉じられて、オレの頭は再び硬い胸板に押し付けられた。ぎゅう、と抱き締められて少々息が詰まる。
「・・・父上、もういいでしょう?ユータを休ませないと。」
「・・おう、そうだな。・・ああ、セデス。」
「何です・・?」
強い腕から解放されて、ふうと息をついていると、代わりに呼ばれたセデス兄さんがカロルス様に近づく。
ガシィッ!
目にも止まらぬ速さで腕の中に捕まえたカロルス様・・突然の出来事に目をぱちくりさせるセデス兄さん。
「ん?ヤキモチか?お前だってスゲーやつだもんな?ちゃーんと知ってるぜ?」
固まるセデス兄さんをわしわしと撫でながら遠慮なく抱き締めてスリスリしている・・明らかにオレの時の「ぎゅう」とは違う・・・バキバキ言ってない?それ、大丈夫?
「ぐふぅ!ちょっ・・ちょっと父上!馬鹿力緩めて!!それにヤキモチやいたのはそっちじゃな・・・・うぐぅ!」
「うんうん、お前はいくつになっても甘えん坊だなぁ!赤子の頃は加減が難しくて怖かったが、今なら遠慮なく抱き締められていいな!」
わはは!と笑うカロルス様・・・セデス兄さんも相当頑丈そうだけど・・・そろそろ泡を吹きそうだよ?
ギュンッ!
・・パシィッ!!
「お風呂の準備ができましたよ。」
何事もなかったように微笑んでオレに伝えてくれるマリーさん。
真剣白羽取りの要領で飛来したお盆を止めたカロルス様・・ぐったりした哀れなセデス兄さんが床で崩れ落ちていた。
「じゃ、じゃあオレお風呂いってもう寝るね!おやすみなさい!」
「おぅ!おやすみ。」
大して気にした様子もなくお盆を上げて挨拶を返すカロルス様・・ねぇそのお盆、頭かち割りそうだったよ・・?
「ユータ様、おやすみなさい。」
ひょいとセデス兄さんを抱っこしたマリーさんがにっこりしてくれる。あ・・・抱っこで運ばれるのオレだけじゃなかったんだ・・セデス兄さん、マリーさんより大分大きいけど・・・。
・・さぁオレも細かいことは気にしないことにして、さっさとお風呂入って寝よう!!
あれから日が傾く頃には殲滅が完了し、二度と集落が作られないよう建物の破壊もすませることができた。これはひとえにユータ様が首魁を真っ先に見付けてくれたお陰ですね・・種を明かせばなんてことはない・・ゴブリン集落でリーダー格をしていた人間は、従魔術士でした。
だからこそ、最初に抑えておかねば統率されたゴブリンの軍団相手に戦う羽目になっていたでしょう。
ヤツは従えたゴブリンを成長させ、小規模の集落を乗っ取りながら徐々に大きくしていったようで、結果があの巨大集落ですね。ボス格のゴブリンさえ従えれば群れは言うこと聞きますから・・。あとは繊細な作業を行うために直接操る数匹を常にキープし、どうやら悪党どもの間では「ゴブリン団」という通称で、金さえ払えば有能なゴブリンを派遣してくれる組織、という位置付けだったようです。
盗賊団が出れば当然討伐の依頼が出ますが、ゴブリンに襲われたなら討伐依頼はゴブリンに行きますからね・・。
これは相当の余罪がありそうで・・いわゆる大手柄ですな。またロクサレン家の名が上がって、カロルス様が嫌がるでしょうな。
「グレイ殿、よろしいか?」
とりとめもなく考えつつ報告書をまとめていると、アルプロイさんが来たようです。
どうぞと促すと、ばさりと入り口の布がまくられた。
「・・お邪魔したか、また改めるが・・?」
「いえ、もう終わるところです。どうされました?」
チラリと簡易机に目をやって言う彼に、マグカップを渡して椅子・・もとい丸太にかけるよう勧める。
わざわざテント内に入り込んで話したいこと・・ひとつ紅茶でもすすりながら聞きましょうか。
「・・やはり、便利なものですなぁ。」
魔法でお湯を注いで紅茶を入れると、じっと見つめていたアルプロイさんが感心したように呟いた。
「まぁ、魔力は使うわけですが、便利ではありますよね。」
実際はこのように日常で魔法を使えるほど器用な者も、魔力が潤沢な者も、そう多くはないのですが。
しばらく湯気のたつ紅茶をじっと見ていたアルプロイさんが、再び口を開いた。
「・・集落でのことです。あれは・・・魔法、でしょうか?兵達は天使の噂でもちきりです。あのような広範囲で高度な魔法・・人に可能なのでしょうか?」
彼は分かっているのでしょう・・だから、人に可能か聞くのでしょう。
「・・・そうですね、少なくとも私には無理でしょう。そもそも回復魔法は特殊です。」
ぐ、と彼のマグカップを持つ手に力が入ったのが見てとれる。
「では・・・人でなければ・・」
「だから、『天使』でいいのではないですか?我々の元に幸運にも舞い降りた、『天使』です。」
私の言葉に驚いて視線を上げたその瞳は、常に冷静沈着な彼からは想像だにできない、不安に揺れていた。
「・・・『天使』・・・か。・・そうですな、あれは他の何者でもなく、確かに『天使』ですな。」
一度視線を落とした彼が再び視線を上げたとき、その眼差しはいつもの深い思慮と、揺らがぬ芯を抱いた強いものに変わっておりました。
「グレイ殿、感謝する。」
「私は、何も。」
ほのかに微笑んでカップの紅茶をすすると、静かな時が流れ始める。この男の大樹のような気配がよく分かりますね・・老成された大樹、いいものです。心地よい静かな時の流れは我らの年代だからこそ、でしょうか。まぁ・・静かとは無縁の生活を送って参りましたが・・ね。
テントの外では陽気な連中が大騒ぎしている。巨大集落の殲滅を、一人の犠牲者もなく成功させたのだ・・騒ぎたくもなるでしょう。
穏やかな空気を壊さないよう、そっと立ち上がると、手の平大の小瓶を取り出してみせる。
「どうです?私たちも、やりますか?・・少しだけ、ねぇ?」
きょとんとした彼が小瓶を見てとって、ニヤリと笑う。若かりし頃を彷彿とさせるいい笑顔だ。
「いいですな、そう、少しだけ・・ですな。」
ぐいと差し出された紅茶の残るカップに、小瓶の中身をほんの少し注ぎ、私のカップにも同様に。熱せられたアルコールが芳しく立ち上って鼻腔をくすぐった。
「では、『天使』様に!」
「うむ、『天使』様に!」
武骨なマグカップをガツンと合わせて中身を煽ると、強力なアルコールが喉を焼く。さすが、銘酒ドラゴンブレス・・紅茶で割ってなお火を吐くような猛烈な酒。
「はは、老骨に染みいるようですな。」
「おや、この程度・・序の口でしょう?」
この男は意外と酒が好きだと知っている。機嫌良く眉間のしわがとれたその顔は、無防備な少年のようにも見える。
「ははっ、グレイ殿、随分機嫌が良さそうだ。すました顔をやめると随分若く見えるものですなぁ!」
なんと、相手方にもそう思われていたとは・・なんとなく負けられない気分になるのは酒のせいか。
「ふふ、ではこの若造に付き合ってもらいましょうか?まだ『少し』残ってますからなぁ。」
「ははっ!それはいい。うむ、あと『少し』しかないのが残念だ!」
夜は長い。あと『少し』我らが羽目を外しても、きっと『天使様』はお怒りにはならないでしょう。
誰得?ってヤツですか?(笑)
ちょっぴりリラックスしたロマンスグレーの二人。私は好きなんですけどね・・






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