933 戦闘開始!
「よし、間違いなくあたしらが一番乗りだな。鍵を開けるぞ」
ギルド員さんが柵を開け、入り口の扉へ向かう。
ウカラマンメイズの入り口は、とても頑丈な扉で塞がれている。塞いでしまえば冒険者も入れないけれど、それより万が一の魔物流出を防いだ方がいいという判断らしい。
その代わり、こうしてギルド直々に依頼を出したりするのだとか。
「それで? あのチーム編成で何をどうするわけ? 私、死んじゃうわよ? 悪いけど、試験に命はかけられないから」
うん、それはむしろ賭けないでほしい。
「一応、サポートがイアンさんだから、イアンさんはベラさんのサポートに回ってほしいんだ。全力で守り側で。それだってサポートでしょ?」
「確かにな。攻撃に出ないようにするってのが、かえって難しいな」
「守備を任せられるなら、なんとかなるかしら」
「なら、あたしは後衛として普通に後ろにいりゃいいか?」
ガチャガチャ鍵を鳴らして開けながら、ギルド員さんが振り返った。
「うん、パーティっていうより、ベラさんのサポート、ベラさんの後衛って単位になる感じ」
あと、ベラさん自身の機動力を上げる必要が――そう口を開こうとして、ハッとした。
「扉から離れて!」
同時に危機を察知したギルド員さんが、オレの声が届くより早く下がった。
でも、もっと! オレたちの所まで、もっと下がって!
「シロっ!」
シロが飛び出すのと、扉が轟音をたてて弾けるのとが、同時。
「何だっ?!」
「まさか、魔物?!」
「速いな犬~! 助かった」
素早く構えた二人と、余裕のありそうな様子で戻って来たギルド員さん。
どっ、と土煙を上げて噴出するようにあふれ出てきたのは、虫系の魔物。ほとんど同種のよう。
外の明かりに惹かれるのか、それともオレたちに惹かれているのか、途切れることなく溢れてくる。この調子では、少なくとも最初の坑道部分はこの種で埋まっているだろう。共食いしながら異常繁殖したんだろうな。
数は多いけど、Cランクを目指す彼らなら、問題ない相手! ただ、気持ち悪い!
Gのつくアレではなくて心の底からホッとしたけれど、羽がなくてずんぐりした茶色いキリギリスのような……。
「イケる? 被害が広がっちゃダメなんでしょう? 囲むよ? 今言った編成で頑張ろう!」
「「「は?!」」」
シールドの言い訳は後で考えよう。この人たちは口が堅そうだから、大丈夫かな。
四方八方にばらけようとしていた虫が、突如閉じ込められてビンビン跳びはねている。すごく嫌だ。
「これは……調査不足だな。悪い、ギルドの手落ちだ。引いてもいい!」
ギルド員さんが、舌打ちして身構えた。茶色い波のような魔物の群れが、どんどんこちらへ迫ってくる。
「これ全部相手しろってのか?!」
「ホント、これ最初に来た人が貧乏くじだよね?!」
「そうじゃなくてっ! 無理無理無理っ!」
蒼白になったベラさんが、それでも必死に矢をつがえては射っている。
全部当たっているけれど、押し寄せる波のスピードすら変わった気がしない。
「ベラさん、大丈夫! 機動力を上げるよ!」
イアンさんがついていけなくなるかもしれないけど、そこはサポートとして頑張って!
「シロ、合体!」
「ウォウッ!」
「え、きゃあ?! ……ええ?!」
ベラさんを乗せたシロが、きりりと表情を引き締める。これで、ベラさんは基本的に大丈夫。
「お、おい、マジで戦闘する気か?! この数と!」
オレは、こくりと頷いた。
「Cランク試験、頑張ろうね! 戦闘に慣れることも必要だと思うから、一旦やってみよう!」
「もうこんなの試験なんかじゃ――くそ、うおおお!」
「シールドを解除すればっ――ああああ! 死んだら恨むわよ!!」
もう、無駄口を叩く暇はない。
凄まじい勢いで放たれるベラさんの魔法矢が、広範囲の魔物を焼き払う。炎を越えて飛び込んでくる魔物を、イアンさんが払って、切って、防いで。
余裕のない二人の背後にピタリとついたギルド員さんが、オレと目を合わせてにやっと笑った。
「ちびリーダーは、どうする気だ?」
「オレは、戦況を見て、一気に行くよ!」
まずは、このスタイルの戦闘に慣れなくては。
『まだ試験のつもりなの、多分あなただけね』
『主に巻き込まれた人たち、かわいそーなんだぜ!』
どうしてオレに巻き込まれたって話になるの?! オレだって異常繁殖に巻き込まれてるよね?!
対処しなきゃいけないのは、みんな同じだと思うんだけど!
「キリがないわっ!」
「く、ちびリーダーは?! ちゃんといるかっ?!」
「いるよっ! 心配しないで! サポート頑張って!」
「なんだ、割りとイケるじゃねえか」
うん、オレもそう思う。
この作戦、案外良かったのでは? イアンさんとギルド員さんが前衛、ベラさんが後衛だった場合、この大群の中ベラさんは絶対に無事ではすまなかったと思うもの。
前衛の守りに全振りしたからこその、安定感だと思う。
ただ、ちまちま倒している程度じゃ、魔物はなかなか減っていかない。
「そろそろ慣れた? じゃあオレ、一気に魔法で魔物を追い払って道を作るよ! まず坑道の扉を閉めて魔物の排出を止めよう!」
「……最初からソレやればよかったのでは?」
「え。慣れ? コレ、慣れのために??」
戦闘中だというのに、二人が虚ろな目でオレを見る。ほら、前見て!
「大きい魔法使うから、収まったら一気に走り抜けてね!」
「よし……!」
「分かったわ」
「お手並み拝見、だな」
頷き合ったのを確認して、オレはサッと手を上げた。
「行くよっ! 『サイクロンソージキー』!!」
ぶわり、と衣装の裾が翻る。
地面から立ち上がった渦が、一息の間に一気に巨大に成長した。
「さあ、変わらぬ吸引力を見せてあげるっ!」
轟音をたてた巨大な竜巻が、シールド内を蹂躙する。
『だから、ソージキーはいらないのよ……サイクロンで止めておきなさいよ』
ふよんと揺れたモモが、シールドの強度を上げた。
そうだ、あのときの光の竜巻みたいに……
「やってみよう! 『カネンゴミー』!」
思いついたオレは、小さな魔法を重ねた。
途端、竜巻が燃え上がる。熱風がこちらまで届いて、慌ててオレのシールドを追加した。
だけど、効果は上々、火に弱い魔物なら一網打尽だ。
「よしっ! 大成功だよ、みんな、走って!!」
炎が燃え尽きるのに合わせ、竜巻を解除、すかさず声を掛けて走り出す。
走り――
「あれっ? みんな、走ってよ?!」
全然ついてきてくれない三人に焦って振り返った。
「「「……走る必要がどこに?」」」
胡乱な目を受けて見回したオレは、焦土と化した周囲に気付いて乾いた笑みを浮かべた。
魔物……いないね。
走る必要……ないね。
「ええと……結果的に、良かったね!」
にっこり微笑んだオレに、三人の目は中々適温に戻ってくれなかったのだった。