932 ちびリーダー
「やっと起きたか、リーダー?」
「おチビちゃんだもんねえ、仕方ないわよね」
お、起こしてくれていましたか? あの、でもまだオレちゃんと寝てないような気分で……ちょっと瞬いただけみたいな……。
目を開けてしまえば、一気に覚醒した。喉は干上がって心臓はバクバクだ。
「ご、ごごごめんなさい~!!」
これは逃れようのない減点……。
起き抜けからオレの気分は地の底だ。
でもまあ、まだ日が登り切る前に起きられたのって、結構頑張った方なのでは。
そう、本来もっと減点されるはずのポイントが、こんなに軽傷ですんだということだ。
気を取り直したオレは、リーダーとして集合をかける。
「今日リーダー当番のユータです! 皆さんおはようございます!」
緊張しながらぺこりと頭を下げると、挨拶とともに苦笑も返って来る。
「なんだろうな、試験って気がしねえ」
「お遊戯感が出るのは、どうしようもないわね。お当番さんよろしく」
「気張れよ黒髪のォ! Cランク試験中に寝坊したヤツはお前が初めてだぞー」
うっ……オレもう今回諦めていいだろうか……ギルド員さんの野次が胸に突き刺さる。
「あのっ! ちょっと寝坊しちゃったけど、オレたちがウカラマンメイズに一番乗りできる方法があるので! それを使います!」
ギルド員さんの瞳が、期待に輝いた。そうだよね、ギルド員さんが知らないはずはない。
「いくよっ! 配達屋さんモード! 出でよ、シロッ!」
「ウォウッ!」
格好いいポーズと共に、ヒュッとオレからシロが飛び出してくる。
「これが例の白犬……! 思ったよりデカい!」
「やだ、かわいい!」
「そんな簡易詠唱で召喚獣を喚べるのか?! つうかどこから?!」
オレのとっておき、シロ車。これがあるから、油断して寝坊した可能性だってあるかも。
ただ、あくまで現実的な速度で走らなきゃいけないのが残念だ。
『楽しみだね! ゆーた、頑張ってね!』
やる気に満ちあふれた水色の瞳が、登り始めた朝日を受けてきらきらしている。
にっこり頷いて、サラサラの毛並みを撫でた。
ああ、心までサラサラ綺麗になっていく気がする。
早く早くと足踏みする中ハーネスを取り付け、我慢できなかったシロのおかげでオレの顔はテラテラに光っている。綺麗に……なったんだろうか?
「さあ乗って! ちなみにシロ車で目的地までぶっ飛ばすので、戦闘はありません!」
「「はあ?!」」
「ないの?!」
ふふふ、これぞ秘策。最低な組み合わせで戦闘が難しいなら、戦闘を避ければいいのだ。
パーティとして、不必要な戦闘が避けられるのはメリットでしかないからね! 減点対象にはなり得ないはず!
興味津々で乗り込んだ面々が、ふかふかに敷き詰めた絨毯に面食らった顔をする。
凄いでしょう、ちゃんとテーブルを固定できる設備もつけたんだよ!
「じゃあ、ウカラマンメイズに向かっていざ出発! あっ! 道案内は……イアンさんお願いします! あの、道分かる?」
「ああ、それぐらいはな」
ホッと胸をなで下ろし、オレたちは一番乗り目指して風を切り始めたのだった。
「――でな、散々揉めたんだけど、このちびリーダーは回復担えるだろ? 最後は腕っ節で、あたしに決まったってわけ」
ギルド員さんがポテトを口に放り込み、そう言って笑った。班分けの担当員に、そんな血で血を洗うような争いがあったのか……。
「確かになあ、この料理を知ってちゃあ争奪戦になるだろうよ」
「私だって今回超ラッキーって思ってるもの」
しみじみ頷いたイアンさんとベラさんが、クッキーを頬張りつつ特製野菜ジュースをすすった。
「オレの料理って、普通の家庭料理なんだけど……」
オレはクッションを抱えて若干うとうとしつつ、そう零す。
どこが家庭料理だ、なんて反論を聞き流し、大あくびついでに空を見上げた。
登り始めたお日様と一緒に出発したけれど、もうすっかり周囲は明るい。
ウカラマンメイズがどこにあるか知らないけど、普通は夕方あたりに到着して、メイズの前で一泊するプランらしい。
今回の試験でこなす依頼は、可能な限りメイズを攻略して規定日までに戻ること。『攻略』には進んだ階層以外にも討伐した魔物の数や種類、素材なんかも考慮されるから、中々一筋縄ではいかない依頼だ。
「ちなみにお昼はどうしよっか? 何かリクエストある?」
「もう昼飯のことか? ずっと食ってるからなー」
ギルド員さんが、ごろんと寝転がって腹をさすった。
「犬、速いからもうすぐ着くぞ、昼はメイズの中だな~」
イアンさんは、クッションに背中を預けてぼんやり空を見上げる。
べったりテーブルに伏せてクッキーをつまむベラさんが、我に返ったように呟いた。
「ねえこれ、本当に試験中? 私、もう完全我が家的に寛いじゃってるんだけどぉ」
「「違いねえ」」
……確かに? どうでもいいことをぐだぐだしゃべりながら、お菓子を食べてダラゴロしている。
歴戦の戦士たる面々が、こたつを囲む大学生みたいに見える。
えっと……それで減点とかないよね? リラックスできるのはいいことだよね??
『そうね、でも何事にも限度ってものがね』
『主ぃ、リラックスとダラけるのは、チョット違うと思うんだぜ』
モモとチュー助が、何かを諦めたように首を振る。
「だ、大丈夫! メイズに着いたら、どうしたって緊張感漂う数日になるんだから、今のうちに英気を養っておくんだよ!」
願わくば、メイズに着いた時点でリーダーが交代できたら最高なんだけど。
いつ交代かは、ギルド員さんしか知らない。単純に時間の長さや距離でないことは確かだ。
「とりあえず……お昼パン系がいい人ー! ごはん系がいい人ー!」
「パンだな!」「そうね、パンかしら」
「ああくそっ、飯系が良かったのに!」
じゃあ、昼はパン系、夕食はごはん系にしよう。
『言ったそばから……だから学生のお泊まり会じゃないのよ』
『もう無理なんだぜ、ヤツら心の底からダラけきってるんだぜ……』
ぼそぼそささやき合うモモたちの声は聞こえなかったことにして、オレは今後のお食事メニューについて、考えを巡らせ始めたのだった。
「――ちゃんと昼前に着いたね!」
オレは真っ先にぴょんとシロ車から飛び降り、殺風景な周囲を見回した。
「攻略は初めてだな……ここがウカラマンメイズ……」
「ああ、切ないわ……あのままゆるーく過ごしていたかった」
渋々下りてきた面々も、その入り口を見つめて表情を切り替える。
一見、入り口は普通の坑道のよう。元々は隠されていたけれど、ギルド管理になってから安全のため入り口を露出させているらしい。
本当に、周囲に何もない。辺鄙も辺鄙なところだ。もしここがダンジョン化して魔物が溢れても、あんまり被害がなさそう。
「どうしようか、お昼にはまだ少し早いし。少し覗いて戻ってくる?」
「そうだな……ちなみに買い物に来たわけじゃないんだがな」
「軽いのよノリが。ウカラマンメイズって、割りと厄介な場所なんだけど」
軽いつもりないんですけど! 用心のために少し様子見してっていうつもりでね?!
「罠とか結構あるんだよね。オレ、魔法罠なら分かると思うんだけど……」
「そうだ。魔法罠が分かるのは助かるな。マジで万能なヤツだな」
ウカラマンメイズはダンジョンじゃないけれど、掘り尽くして迷路のようになった廃坑跡――を、昔の悪名高き盗賊団が改造した代物なんだとか。
わざと迷わせるように作ってあったり、罠がいっぱいあったり。いなくなってからも、ものすごく迷惑だ。
「じゃあ、ひとまず一階層探索してみて、戻るか進むか決める? 早く攻略を進めるにこしたことはないよね?」
「そうだな」
「ええ、その方がいいと思うわ」
じゃあ……と入り口に向かおうとしてハッとした。
そうだ、ここから戦闘がある! ちらりとギルド員さんを見上げてみたけれど、リーダー交代のコールはしてくれそうもない。
あの構成でやっていけるのか、それを見極めるための1階層になりそうだ。
できるだけ早く交代になりますように……!
オレはただそれだけを願いつつ、足を踏み出したのだった。