929 試験対策
「――じゃあ、おさらいだ。Cランク試験において求められるものは?」
「冒険者としての、総合的なスキルや資質の高さ!」
はい! と元気に手を挙げたオレに、ドースさんが深く頷いた。
「なら、具体的に試験で判断基準となる項目は?」
フシャさんがもったいぶった雰囲気でオレたちを見回して、まずタクトから順に指していく。
「うっ……Cランクに相応しい戦闘能力、だろ?」
「えっと、リーダーとしての指揮能力!」
「他者への公平な評価能力と観察力~」
「えっ? また俺?! んあ~~そ、そうだ、協調性と判断力!」
「あとは……Cランク冒険者に相応しい責任感と倫理観、だったよね!」
だいぶ怪しいタクトはともかく、フシャさんとドースさんのおかげで、Cランク試験のポイントは押さえられたんじゃないだろうか。
オレたちは現在、以前の約束通りCランクの2人にみっちり試験対策講義を受けている。
今までの試験では割りと戦闘能力や、冒険者の基礎的な能力があるかを見るものだったけれど、Cランクはまさに応用編という感じだ。
当然ながら試験の内容や、評価基準の詳細なんかは都度秘匿されているけれど、こういうざっくりした注意ポイントを知っているだけでも違う。
おそらく満点合格を100点とすると、戦闘能力とその他能力が50点ずつくらいになっているのではないか、ってことらしい。
ちなみに貴族対応という項目では実際の対応を行う試験もあるのだけど、既に貴族相手の依頼を受けてクリアしている場合は免除される。オレたちはありがたいことに、エリスローデのナターシャ様から指名依頼をもらっていたから、楽勝クリアだ。
「君らはさ、戦闘能力に何っの不安もないんだから、あとはこの隠し項目で大幅減点にならなきゃ平気ってことだよね」
「普通は、知っていても戦闘の方に意識がいくからな。お前らは隠しの方に意識をもっていける分、余裕だろう」
隠し項目って、戦闘能力以外のことを指すらしい。冒険者、割りと戦闘能力以外をおろそかにしがちだから。そのせいで、戦闘能力高くてもなかなかCランクに上がれないって人は多いらしい。
「だけど、指揮能力とか評価能力だとか、何をどう気をつけたらいいのか全然分かんないよ……」
「協調性とリーダー能力なんて、どうやって両方見るんだろう~」
「俺……俺……無理な気がしてきた」
既に弱気のタクトはともかく、オレも不思議だ。この項目、どうやって評価していくんだろう。
「別に、満点とる必要ないからな。どんな素質もあった方がいいが、大抵の冒険者はパーティなんだから、適材適所ってやつだ」
「総合的な、って言ったでしょ。リーダー能力高ければ少々協調性が低くてもカバーできるし、逆もしかりだ。それぞれの項目で落第点を取らなければ、向いてないからって落とされはしないよ」
なるほど……。
「戦闘能力しかないヤツは、どうすればいいんだよ……。隠し項目全部悪かったら……」
大丈夫、タクトは落第点を取るほど他が悪いわけじゃないし。むしろリーダーシップとか協調性はオレよりありそうだ。つまり、悪いのは他の素質じゃなくてさ。
「タクトが悪いのは頭だけだよ~」
うん、とつい頷いてしまった。
「そ、そうか! 俺が悪いのは頭だけ……!!」
確信を突いたセリフはさぞタクトの心を抉るかと思いきや、案外嬉しそうだ。褒めてはいないけど、まあいいか。
「むしろ、点数稼ぎにリーダーシップを発揮しようとして突っ走るヤツとか、主導権握ろうとするようなヤツほど落とされやすい」
「君らは無理に高得点を狙う必要がないし、無難が一番かもしれないね」
そっか……! 難しく考える必要はないってことだ。それならなんだか、できそうな気がしてきた。
期待と希望に胸膨らませるオレたちを横目に、ラキが深々とため息を吐く。
「……僕らのパーティって、その『無難』っていうのが一番難しいんだよね~」
『同感。普通、とか一般、とか無難だなんて、もはや鬼門だわ』
『主ぃ……これはマズいぜ』
真剣に眉をひそめる味方陣営が腹立たしい。フシャさんたちも『確かに……!!』なんて深々と頷かないでくれる?!
「ちなみに俺たちの時は、大規模討伐だったな」
「うんうん、多チームでの遺跡探索の時もあったからさ、それだと有利だと思ってたんだけどね~」
「そんなに毎年違うんだ!」
だからこそ、Cランクは冒険者のボリュームゾーンから頭一つ抜けてるんだろうな。
「おお! 討伐だったらいいな!」
「それだと、タクト討伐に夢中になって落ちそう~」
「オレもそう思う! 1人でばんばん倒してそうだもん。あ、だけど大規模討伐するような魔物を1人で倒した場合、それって減点? それとも加点?」
だって戦闘能力の方に重きをおかれているのは、間違いないないもの。他が多少悪くてもそこでカバーできるなら、そういう活躍の仕方もアリなのかもしれないし。
敢えて能力を抑えて、他の人が活躍できる場を作るのが正しいのか、それとも……。
「はあ、今回の試験官たちは気の毒だな……」
「採点基準再考のための、会議を開く必要がありそうだよねえ」
真剣に悩むオレたちの傍ら、彼らはそんなことを言って苦笑していたのだった。
「ドキドキするなあ……」
真っ暗な中、見上げた暗闇には星が見える。
どこを見ても暗闇、オレが見上げたのは本当に空なのかどうか。
フン、とどうでもよさそうに鼻を鳴らされ、背中を預けたままころりと横を向いた。
だってほら、ここにも閃く金の星。
ちら、とオレと合わせた視線はすぐに余所を向く。
「ねえ、オレたち試験に受かったらCランクだよ?! でも、試験って今までより格段に難しくて。落ちちゃったらどうしよう……」
日差しの消えた夜の中、撫でたルーの毛並みはひんやり冷えて、つい柔らかな被毛の中へ手を潜り込ませた。外側は冷たくても、ふわふわの中は、こんなに温かい。
「Cランク程度、落ちるヤツがいるか」
小馬鹿にしたセリフに、驚愕と同時に思い切りむくれた。
「いっぱいいるよ?!」
そんなこと言ったら、『草原の牙』面々が泣いちゃうよ?! そもそもCランクは難しいってのが世間一般の認識だからね?! 言ってから、にまりと笑う。
「ああ、そっか。もしかしてオレが落ちるわけないって、励ましてくれたんだ?」
「誰が!」
おや、『そんなわけねー』じゃなかった。もしかして、ほんの少しばかりそういう気持ちが入っていたりするんだろうか。
「だってオレが知ってるCランクの人ってさ、結構立派な人たちだよ」
頼もしくて、落ち着いていて、リーダーとして人を率いる力があって。
思い返してみて、口角を上げた。オレたちがそこへ加わることのできる可能性に。
「頼もしくて、力があって、人を率いる力がある冒険者」
口に出してみて、照れくさくて、くすぐったくて、思わずくるりとルーに伏せて毛並みをかき回した。
「受かってから喜べ」
乱れに乱れた毛並みに不服そうに、ルーが尻尾でオレをはたいた。
「だって、オレは落ちないんでしょう?」
「そうは言ってねー!」
だけど、オレは大丈夫な気がしてきたもの。ルーの言葉よりも、この体温から伝わる何かで。
だって、『あーあ』って笑って、また挑戦すればいいだけの話。これまで頑張ってきたことって、何にもなくなったりしないじゃない。
そう考えると、オレがこの世界で問題なく過ごせているのも、前世の知識と経験が残っていたから。
「いつ、どこで何があってもオレと一緒にあるものって、なくならないものって、すごく大事だね……!!」
『あなたが言うと重みが違うわね』
『主はいつまた余所の世界に行くことになっても、大丈夫なんだぜ!』
そうでしょう? それに、今なら……
きっと、他の世界に行く羽目になっても、みんなが一緒についてきてくれる。オレと一緒に在るみんなが。
だけど……。
身軽だった前世のオレと違って、今のオレは割りとがんじがらめだ。色んな人と繋いで、あちこちに結び目があって、もう解けそうにない。
オレは、この世界を離れられない。
なんとなくそう感じて、満足して笑ったのだった。