928 恋文
オレたちは机を囲み、額を寄せ合って1枚の紙を見つめていた。
「とりあえず、もっとシンプルに書いてみたら?」
「シンプルに? だけど、それじゃあ熱意が伝わらないだろう?」
どこが悪いのか教えてくれ! という男性のために、ラキが遠慮容赦なく取り消し線を引いたところ、もはや助詞しか残らないような状況で。
もとより自信のなかった男性は、すっかり怯えたチワワみたいになっている。
「フツーにさ、ストレートに好きだ! って書くのが一番なんじゃねえの?」
「なるほど……飾らない言葉に全てを込めるというわけか」
力強く頷いた彼は、新しい紙を取りだして書き始めた。
「「「…………」」」
なんというか、素直なんだな。全力を込めてゆっくり丁寧に書かれたその手紙。
本当に、『好きです』と白い紙のど真ん中に書かれたそれ。せめてさ、もう少し大きく書かない?
白紙? と思いきや、よく見るとぽつんと小さく書かれたその言葉。
なんでだろう……すごく怖い。もはや『死ね』とか書かれていた方が安心する。
「ラキも何か言ってやれよ! お前がダメ出ししたんだからさ!」
手に負えないと判断したタクトが、一人我関せずな態度をとっているラキを指さした。
「だって、しろって言うから~」
「じゃあ、一緒にいい恋文書くのも手伝ってよ!」
オレも唇を尖らせる。だってラキ、書いたことはないだろうけど、もらってるの見たことあるもの! 絶対オレたちより詳しいでしょう!
二人とチワワ一匹の視線を受けて、ラキはため息とともに肩をすくめた。
「だって~恋文だけ上手く書いて、何の意味があるの~?」
意味……? 恋文の意味、なんて考えたことなかった。
「それ、受け取った側はどうしたらいいわけ~? よく知らない人によく分からない手紙もらって、喜べと~?」
いかにも面倒くさいと言わんばかりのラキは、そんなに恋文もらってるの……?
「……もらったら、普通嬉しいよな?」
「……うん、多分」
こそこそ囁き合うオレたちを尻目に、素直なチワワさんはひとつ瞬いて、まるで天啓を受けたような顔をした。
「そ、そうか……! ただ僕の気持ちだけ伝えられても困るということか! なら……なら? つ、付き合ってくださいとか? お返事くださいって書けばいいのか?!」
微妙にズレてる気はするけど、確かにそれは大事かも! さっきまでの恋文だと、『……で?』ってなるもんね!
「いいわけないよね~面倒くさい。なんでぼ……もらった側がわざわざ返事出さなきゃいけないわけ~?」
あっ、ついに面倒くさいって言った。オレたちがこんなに送る側スタンスなのに、ラキ、めちゃくちゃもらう側の立場で言ってるよね?!
「お、俺も面倒くさいとか言ってみてえ……!」
タクトはね、うん、多分手紙を読むとか返す人種だと思われてないから。だから手紙では来ないような気がするよ。
「じゃ、じゃあ……何を書けば……」
項垂れたチワワさんに、ラキはため息をついて続けた。
「そもそも、相手と知り合いなわけ~? 認知されてるの~? 一方的に見知らぬ人から手紙もらっても、気持ち悪いでしょ~」
「気持ち悪……?! い、いや、その、毎日通ってるから認知はされているはず!」
「通りのパン屋だったら、毎日パン買ってる人も結構いると思うけど~? 逆に、毎日顔合わせるだろう他の客のことって覚えてる~?」
「え。あー……た、ぶん」
大分歯切れの悪い回答に、ラキはにっこり笑った。
「OKもらえるかどうかってさ~、結局相手によるわけでしょ~? 恋文渡す前から結果は決まってるわけ~。つまり、その紙に何を書くかなんて、どうでもいい~」
オレたちは、顔を見合わせた。
そう……なのか。確かに……確かに、最初の犯罪臭漂う手紙だって、カロルス様が渡せば成功率は9割を超えそうだ。
「そんな……身も蓋もない……」
がっくり項垂れたチワワさんは、いたって普通の男性だ。だけどそれは、可はないかもしれないけど不可もないってことで!!
『それも大概失礼よ』
モモの柔らかボディが、まふっと頬に当たった。だって……見た目が全てみたいな話でしょう? もう少し、慈悲があってもいいんじゃないだろうか。
「だから、一般人は仲を深めてから告白するわけ~。その手順を省いていいのは、見た目がいい人種だけ~」
「くっ……! 卑怯だぞ!」
「顔なんて目鼻口があれば足りるのに……! 配置がどこでも機能に問題ないでしょう!」
ぎりぎりと歯噛みするオレたちに、ラキがじっとりした視線を向けてくる。
「二人がソッチ側だって言い出したら、それこそ袋だたきに合うと思うよ~」
……今、もしかして褒められただろうか。
顔を見合わせたタクトと二人、ちょっぴりはにかんでもじもじしてしまう。
「そうだったのか……!! 僕はなんてことを! 手順をサボって楽をしようだなんて、この想いが伝わるはずはない! 教えてくれ、その手順を、極意を!」
「…………それ、僕に聞くの~?」
そ、そうだね。まだ人生経験10年弱。いくら大人っぽいと言えども、さすがにね。
だけどチワワさんは引かない。
「いや、僕は今天啓を得た。ぜひとも、君から聞きたい!」
本気だ……この人は、本気で子どもから恋愛の極意を指南してもらう気だ。
ただ、ラキの顔が本気で面倒くさいときのそれなのが、気になる。とても、気になる。
「じゃあまずは~」
渋々口を開いたラキの極意を、オレたちはしっかりメモを取りながら聞いたのだった。
「なんかさ、俺お前をみくびってたぜ! 徐々に言葉を交わしていくあの作戦! 完璧じゃねえか!」
「うんうん、自然を装ってのきっかけ作り、そこからあくまで一歩引くスタンス……完璧だよ」
恋文事件からしばらく、秘密基地で寛ぎながら、オレたちの話題はもっぱらそれだ。
なぜって、久々に男性から経過報告の定期連絡が来たらしいから。
ラキの綿密な計画を、あの生真面目な男性ならば必ずやり遂げるだろう。
「特にさ、告白は4回ってとこ、目から鱗だったぜ!」
「本当に! 意識させるための断らせる一回目、諦めてないですよの二回目、誠実と揺るぎない愛情を示す三回目! そして……真実の告白!!」
告白とは、こんなに長期プランだったのか。もはや年間計画。告白と告白の間は、少なくとも1ヶ月以上は開けるべし、だもんね。
断られるための告白なんだから、本番に向けた予行練習の側面もあるのだとか。そして、気負いがない。
実は一回目だけ木陰から見ていたのだけど、実に爽やかだった。素直な男性は無事断られると、安堵したように微笑んで『困らせてごめんね、ありがとう』までちゃんと言い切っていた。
確か前回の報告では順調に計画を進め、二回目も終わったあたりだったか。
もちろん、パン屋にはかかさず通い続け、敢えて一歩引いた立ち位置をキープしているらしい。ここが、大人の余裕と懐の広さポイントなのだとか! フッた相手が変わらずにこやかに接してくる……ただし、わきまえて一歩引く。ここが重要、とオレのメモにもしっかり赤ラインが引かれている。
「けどお前はその極意、どこで学んだんだよ?」
「本当だ、ラキって実はそういうこと、研究熱心だったんだね!」
揃ってラキに視線を向けると、手紙に目を走らせながら、くすっと笑った。
「あんなの、適当に決まってるじゃない~。仲良くなれば成功するだろうし~、まあ仲いい人から4回くらい告白されたらどっかで満更でもなくなるんじゃない~?」
あんなに……あんなにパーフェクトで根拠に基づいた雰囲気だったのに?
あれが? あの全てが……適当? 愕然としたオレたちは、聖書として大人になるまで保管する予定だった極意メモを見つめた。
「……だけど、ほら~」
ひらり、とテーブルに落とされた手紙を食い入るように見つめ、オレたちはますます愕然とした。
チワワさんからの手紙は、いつもの定期連絡とは違った。
計画に問題が発生したとのこと。
「え……?! 嘘だろ?!」
「な、なんで?! ヒラリーちゃんの方からってどういうこと?!」
多分、問題が発生した直後に書いたのだろう。小さい綺麗な字だったチワワさんとは思えないような乱筆が踊り狂っていた。
3回目の前に、ヒラリーちゃんから告白を受けた。どうしたらいい? ……なんて。
「ま、そういうことだよね~。結果は出たからいいでしょ~」
ふふっと余裕の笑みを浮かべたラキに、オレたちは揃って大切に聖書を懐にしまい込んだのだった。
そして、その後なぜか『白犬の配達屋さんで恋文を送ると成功する』なんて間違った噂が流れて、大層迷惑する羽目になったのだった。
ラキの言うことはどれも信じちゃダメですよ!!(笑)
大体の人は恋文、嬉しいですよね?! さすがに前話の恋文はアレだけど。